233プレイ目 アンセム?
騎獣がいない不便さを実感しながら、椛たちはアンセムの街に向かっていた。
1ヶ月限定のワールドリセット体験みたいな周年直前イベントのようなものだが、フレンドリスト以外は初期化されてしまったので、レベル1からの再スタートだ。
「そろそろ主どんの森だ。ここまで来て荒野に死に戻ったら、なおさらツラい」
「もう集中力ないからやらねえ…」
「飽きてもう寝たい」
「宿まで耐えろ」
ぐだぐだ話していたが、歩いているだけは飽きるのだ。街道にはほとんど魔物が出ないが、わざわざ魔物のいるフィールドを歩く気もなかった。
椛もだいぶ眠くなっていた。
だが街道から夜香花の群生地が見えるあたりに差し掛かると「みゅうー!」と聞き慣れた鳴き声が聞こえて来た。
「アイドル様の声が聞こえる…」
「お前もか?幻聴じゃない?」
「掲示板もリセットされて、公式PVも全て消えて、どこにもないはずの声…」
「ホラーか?」
椛以外にも聞こえたようで、足を止めて周囲を見回した。
誰かが「あ」と言うのと「みゅーっ!」と小動物が森から現われるのはほぼ同時だった。
《メモリアル・リンク発動》
「は?」
「みゅうみゅう!」
そしてアナウンスが流れ、勝手にメニュー画面が開き、召喚獣リストが増えていた。名付けていないのに、月詠の名前がある。
「おお?メモリアル・リンク、それは彼方での出会い。絆。思い出して、大切な日々」
「どうした、いきなり」
「ポエムか?」
「なんか、召喚契約が勝手にされて、そんな曖昧な説明しかないんだけど」
良く分からないが、どうやら運営の仕込みのようだ。そういうのいらないからリセットすんな!と言いたい。
「わたし、アンセムに着いたら…馬車でドゥナンに行くわ…お金足りるかな」
「オレも行く。夜香花を採るしか」
「確かに」
馬車の代金なんて覚えていなかったが、騎獣平原に行くなら、何日かかけて夜香花を採取して売ったほうが、結果的に早く着きそうだ。
眠気もふっ飛んだので、椛は拳を突き上げた。
「待ってろ、流星、月牙!」
「みゅー!」
他の仲間たちも集めたい。
転職費用も必要だ。
いきなり忙しくなったのだった。
アンセムの街に着いて門番にマップを貰い、門前広場にある乗り合い馬車の受付事務所で代金を確かめた。
騎獣を手に入れてから全く利用していなかったが、それなりのお値段だった。
転移代よりはだいぶ安いけど。
「うーん、転職費用込みで5日くらいかな」
「転職しないなら4日で行けるな」
「でも召喚獣だけの可能性…」
「そ、それこそ絆を信じるんだ!」
さすがに召喚獣だけではないだろう。従魔は対象外と言われたら、魔物を仲間にしていたプレイヤーたちが怒る。
特にキャットテイルの持ち主。
「あ、王都で先に仲間集め…でも闘技場行きたい…救援クエストで仲間にした子たち…」
「仲間が多いと大変だなー、サンダー・エレメントは外せないけど」
「好感度が足りなかったらメモリアル・リンクとかいうのが発動しないのか?」
「しなかったらショックなんだけど」
説明不足なので悪い想像をしてしまう。
西の大陸にいるからきっと1ヶ月では会えないが、契約して間もない召喚獣が怪しいところだ。パンダとか。
「先に神殿で転移門の登録しておこう。荒野に戻されるのは嫌」
「組合も寄らないと」
「買う物は特にない…いや、防具?」
「防具より服だろ」
お互いの服を見て全員がうなづいた。
土色の作業服みたいな上下はいつ見てもダサい。誰が着てもダサいのだ。
「クモ糸の代金でたぶん買える」
「商業組合のほうが高く買い取りするんだっけ」
まずは軍資金だ、と商業組合に向かったのだった。
余所余所しいNPCの好感度を再度上げる気が起きなくて、椛は神殿前広場のベンチに座って1人でメニュー画面を見ていた。
イベント3日目である。
おやつの焼き芋は買ったが、今はあまり散財できない。
服も買ったが、1番安上がりな物である。
「闘技場に行くなら、ログアウト中は馬車を利用したほうが早いのでは…?いくら稼いで行けば良いんだ」
メモに計算しながら書き込む。途中でまたアンセムを通るので、その時に船代なども改めて稼ぐ必要がある。
ワールドリセット状態でも主どんはズッ友だった。
主どんと仲良くしていなかった連中以外は少しずつアンセムに到着しているようで、広場でぐだぐだ過ごしていてもダサ…初期服のプレイヤーたちの姿を良く見かけた。
《メモリアル・リンク》の話も掲示板で話題になっていた。配布の魔物のタマゴから仲間にした従魔は、アンセムの入口で唐突に《メモリアル・リンク》発動で出現するらしい。
タマゴを孵していても、手放した従魔は現われないそうだ。ロクに世話をしていなかった人も現われなかったらしい。
絆という名の好感度不足だろう。
「1週間かけてお金貯めて、うちの子たちと過ごせるのが3週間弱…く、金くらいばら撒いておけよ、運営…!」
金策で足止めされている現状にストレスを感じるだけだった。
掲示板を覗いても、攻略する目的がないのでダレているプレイヤーも多く見受けられた。
《メモリアル・リンク》がイベントの鍵ではないのかと推察している者もいたが、ヒントが無さすぎである。
お金がないから美味しい物を買い込めないし、可愛いものを見て癒されたいのに召喚獣自慢スレは消えているし、プレイヤーが2万人に増えた恩恵なんて何もないし。
「あ、枇杷を取りに行こう。金策期間が減ると良いなあ…」
秘境ハンターに発見報酬を貰えたかどうか尋ねるメッセージを送ってみたら、気配遮断とかのスキルを買わないとキツいぞと返された。
すでに何敗かした後だった。
椛はスキル欄を見て、たくさん覚えたはずのスキルが消え去っている状態にため息をこぼしそうだ。
「先に転職しようと思ったけど、どうせ街で召喚できないし…スキル買うか」
アイドル様を街で召喚なんて出来る訳がなかった。街の外なら常時召喚枠を使って連れ歩きたかったのだが。
幻の果物の代金で元が取れる、はずだった。
枇杷の木までのルートはだいたい覚えていたのだが、レベルもスキルレベルも低いので以前より難しくなっていた。
秘境ハンターに先を越されたが、椛の目的はあくまで高値で売れるハズの果物だ。
枇杷の木周辺をうろつく怪物級の魔物の隙をついて、いくつかの採取に成功した。
途中で怪物に見つかって死に戻ったが、椛の勝利と言えよう。
「1個10万R!勝った!」
「転移代だって払えるな」
「ランクCだったらな」
3日かかったが、金策の大幅な短縮になった。
同じくスニークミッションに挑んで遊んでいた連中が、もう少しだったのにとか、1個でも取れていればと悔しがっていた。
惜しいところまでは行ったらしい。
椛は1個分でも充分なのだが、自分で取りたい派ばかりなので余計なことは言わない。
今はなきクランのメンバーたち以外のプレイヤーには、何故か睨まれているが。
商業組合のほうで査定してもらっていただけなのに、何故かプレイヤーたちが組合内に集まっていたのだ。
夜香花でも売りに来ていたのだろうか。
「そういえばクランで思い出したけど、頼闇は?」
「なんでクランなのか分からんが、頼闇ならバニーちゃんがどうこうって泣き叫んでたのは見た…」
「荒野で絶望の雄叫びを上げてたらしいな…」
近寄りがたかったので、そのままそっとしておいたそうだ。椛でも同じことをするだろう。
初日のチャットは頼闇にも送ったはずだし、反応がなかったのだから仕方がない。
「カジノのバニーちゃんじゃ駄目なのかな」
「兎の国で何があったんだろうな」
半年くらい会っていないので、バニーちゃん狂のことはさっぱり分からなかった。
3日目から始めて3日かかったということは、まだ5日目…のハズ




