178プレイ目 ダースティン
宿屋まで行くのが面倒になって、ゼロイスのクランハウス建設予定地でテント泊した翌日。
現実の時間感覚で翌日と言ってしまうが、ゲーム内では4日後だ。NPCと話す時に混乱するが、そこまで時間が重要になることは少ない。
椛はテントから出て、近くに設置してある転移プレートで西の大陸のイズダス帝国に移動した。
やはりこのアイテムはチート級に便利である。
帝都ダースティンの聖堂の転移門に一瞬で移動したので、そのまま聖堂前広場に出た。満腹ゲージを確認して、店には行かずに近くの空いていたベンチに座ってサンドイッチを食べる。
どこで買った物か忘れたが、賞味期限がないのでいつまで経っても出来たての美味しさだ。
淹れてもらったお茶を飲もうか迷ったが、もったいない気がして適当な果物を出す。
美味しいお茶やコーヒーは落ち着ける場所でゆったりと楽しみたいものだ。
「こうして見ていても他の街と変わらないけどなあ」
食事を済ませ、今日の予定を考えながら思い出したことがあったので、ベンチに座ったまま掲示板のチェックをした。
ついでにタグから「今カボチャの苗買って来た」というメッセージが入っていることに気付く。
やっぱり忘れてたんだなあとか、次は受け渡しを忘れそうだなお互いに、とか思う。きっといつかカボチャの苗が椛のところに来てくれるだろう。
カボチャはともかく、掲示板でチェックしたのは、椛が聞き出した情報を勝手に使った連中のことだ。
あんまり見たくなかったが、勇者に面会できるというネタで話題になっているところがあった。
申請したぜとドヤる内容から始まって、役人に待たされてる、もう一度行ったら法外な賄賂を要求された、断ったら申請を握り潰された。以下口汚く罵る内容が続く。
後追い連中も同じような内容だったらしく、だいぶ荒れていた。
予想通りだ。
「紹介状、効果あるのかな…」
役人たちの要求もかなりエグい。
100万R要求された。持ってねえよ!
オークションにかけられるボスのレアドロを狙って来やがった!ふざけんな!
口汚く罵る気持ちも分かってしまったものだ。
役所に行くと、役人が貴族を呼び出した。
他のプレイヤーは役人止まりだったらしいが、こちらの要求は『神の匠』の作品だった。
商人どもから聞いたらしい。
所有権はアンセムの領主にあると証明書を出してもニヤニヤ笑って取り合わなかった。
だが聖女様の紹介状を出したら青くなっていた。他国の領主は軽んじられるんだなあ、と領主様に同情してしまった。
「ついでにコレ、エルフの英雄に認められた証の腕章でーす」
「ヒィッ!?」
エルスティ王国の外では外していた腕章を少しだけ見せびらかしてから、また外す。特に転売屋どもに狙われるので、外しておいたほうが安全なのだ。
「で、なんでしたっけ?何をよこせって?ああ、お名前をまだ聞いてませんでしたねえ」
そうだ、まだバレてない!と思ったようで貴族の老人は逃げて行った。
貴族を連れて来た役人は青くなったまま震えている。
「で、面会申請はどうなったの?」
「ご、ご案内いたします!」
「勇者様に確認しないの?」
「申請があればいつでも通せと言われてますので!」
「ほうほう、待たされたのは何だったの?」
分かっていて聞いているので、役人はしどろもどろになって「こちらへどうぞ」と言った。とにかく椛を皇帝である勇者に引き渡して逃げるつもりのようだった。競歩のような速度で廊下を歩き出す。
役所から城に続く裏道があって、そこを通って正面の城門とは違う通用門に向かった。
門番たちは皇帝に面会する冒険者と聞いて「対価に何を巻き上げられたんだろう」と憐れみを浮かべていたが、何も言わずに通してくれた。
城内も競歩で進む役人を追って小走りになったが、誰にも咎められることなく皇帝の執務室にたどり着いた。
役人が「こちらです」と言って逃げようとしたので、腕を掴んで扉を叩いた。
「勇者様に面会希望した冒険者です。案内してくれたお役人さんも一緒です」
「入れ」
PVで聴いたイケボだ!と一瞬テンションが上がったが、そんな場合ではなかった。ジタバタする役人を連行して部屋に入る。
中にいたのもPVで見た勇者だった。
エルフの英雄のような美貌ではないが、落ち着きのある、いやちょっと陰のある初老のイケオジだ。
ヒューマンで並みよりちょっと格好いいレベルの顔立ちなのに、雰囲気があって格好いいタイプである。
「それは?」
「勇者様に面会申請したらしばらく待てとか言ってわたしの身辺調査した挙句、貴族のクソ老人を連れて来て『神の匠』の作品を巻き上げようとしやがったから、とりあえず勇者様に犯人の名前を教えておこうと思って!」
「ひいっ」
椛が聞いても知らない名前なのでその日のうちに忘れるだろうが、勇者の耳に入れておけば何かの役に立つ日が来るかもしれない。
来なくてもいいから、告白させられた役人と告げ口された貴族が報復を恐れて震えれば良い。
必死に抵抗していた役人だが、勇者に「聞こう」と言われて崩れ落ちた。ぼそぼそと答えて「聞こえねえよ」と椛が言えば、やけになって叫ぶように名前を告げた。
用は済んだので、役人は開放してやった。
「『神の匠』の作品を手に入れたのか?」
「ちょっと幻の果物を発見したご褒美で…見たいなら出しますけど、アンセムの領主様に所有権があって借りてるだけですよ」
「それを知った上で取り上げようとしたのか、あの老いぼれ」
椛はメニュー画面から玄幽の装備を外し、アイテムポーチからカタナを取り出す。あとで忘れずに装備を戻せば大丈夫だ。
カタナを鑑定したようで、勇者は意外そうにしたが、鞘から抜けばその美しさに息をついた。
玄幽が使っているので細かい傷はあるが、元の美しさは損なわれていない。
「武器は使われてこそだとおっしゃっていたが、確かに屋敷の奥に飾られた物にはない良さがあるな」
「そうですかね。手入れしてもらうたびに、もっと大切にしろって鍛冶師は怒りますけど」
「匠は怒らないだろう」
確かに『神の匠』は怒らないし、使い込んでいるようだと満足そうにしていた。
椛は「わたしが使ったんじゃないし!」と思い込むことで乗り越えている。
良いものを見せてもらった、と勇者が返して来たのでアイテムポーチにしまい、ササッと玄幽に装備する。たぶんバレてない。
「それで何の用だ?」
「…え?用事?」
問われて椛も気付いた。
用などなかったことに。
「会ってみたいなあって素朴な感情をこぼしたら、面会申請したら会えるよって言うからついノリで申請したけど、顔を見る以外の用などなかった…!」
「では満足したのか?私はどうやってここに来たのか聞きたいが」
「それは聖女様の紹介状が…あ、わたしにはないけど聖女様から頼まれたことがあった!」
ルイーズ?と勇者の表情が動く。陰のあるイケオジが陰気なオッサンに変わったような変化だったが、どういう感情なのかは不明だ。
そしてすぐに元の表情に戻っていた。
「ブローゼスト王国の王都の鬼女…じゃなくて、集団発狂事件というか」
椛は勇者の反応は気にしないことにして、知っている範囲の情報を伝えた。ついでに聖女様の紹介状も渡しておく。
今はジークという騎士が標的だが、始まりはランクSSのロイドが騎士団に入った頃だったらしいこと。
王妃と王女は影響がないが、王都の女性がほぼ全て同じ症状で発狂すること。
しかも椛を見た時が特に酷いこと。
確かに椛とジークが一緒に行動したことはあるが、あれは仕事の関係だったし何があった訳でもない。
それからタグが王城で会ったオバサ…女の人の事も伝えた。
「…なるほど。話だけでは分からないが、似ていると思うのは分かる」
「あ、治す手段がないってやつですか」
「どちらにしろ、ブローゼスト王国から依頼がなければ私は動けない。最悪の予想が当たっていたら、そのうち依頼が来るだろうさ」
今は一国の皇帝だからな、と勇者は視線を落とした。立場があるので勝手に動けないということだろう。
「家臣どもは好き勝手やってるのに…」
「全くだな」
鬼女の件はブローゼスト王国の王族が勇者に依頼しないと進まないのかもしれない。
どうやって王族に働きかけるのか分からないが。
椛は早く解決して欲しい。
「あ、そうだ。勇者様への手土産は何がおすすめか聖女様に尋ねて持って来ました。昔は好きだったはずだって」
「なるほど。懐かしい」
椛のレンタル畑でも採れるので余っていた梨である。意外と地域限定で、西の大陸では手に入りにくい果物らしい。オマケで畑で採れるほうの朽梨もつけておいた。
「生でもイケますよ」
「…タギが鑑定もせずにかぶりついて叫んでいた覚えがあるのだが…」
「鑑定すれば甘さ控えめでそのままでも食べられるって出るので…タギって雷鳴ベリーも鑑定もせずに食べたっていう虎人の」
「そうだ。灼熱ベリーの時は酷かったな…」
しかも砂漠ではなく屋台で売っていたのを「美味そう!」と買って食べたらしい。屋台の人が止める間もなかったとか。
学習能力がないのか、そういうキャラ付けなのか。
聖女様も思い出し笑いをしていたが、勇者様も思い出したら笑えたらしく肩を震わせていた。
勇者パーティのムードメーカーだったのかもしれない。
自分がその虎人の英雄に似てると言われたらしい件を忘れて、椛はそんなことを思ったのだった。
□わざわざ聖女様に紹介状を書いてもらわなくても、勇者に面会するだけならエルフの英雄に認められた証だけでも効果抜群です
□虎人の英雄タギは第二サーバーのPV以外ではまだ発見報告がない存在




