第91話 誘惑と傷痕
目の前の人物を見た瞬間、様々な疑問が頭を巡った。
ただ、とりあえず何でもいいから情報を教えてもらいたかった。
「えっと、あなたは?」
俺が尋ねると、女性は微笑みながらお辞儀をする。
「初めまして。
私は、ウィリアム様に仕えているアネッタと申します」
「アネッタさん、ですか。
とりあえず立ち話もなんですから中へどうぞ」
「ありがとうございます。
それでは、失礼します」
俺はアネッタを部屋へと上げた。
遠慮しているのか、椅子に座ろうとしないアネットの目の前で俺は自分のベッドに腰を下ろしてアネッタを見た。
メイド服を着て黒髪ロングのストレートに、大きな胸でボンキュッボンだ。
お姉さんって言葉で片付けていいのかってくらい、なんか色気があるんだよな。
「それで、ウィリアムさんに仕えている方がどうして僕の所に?」
「はい、私はある指示を受けてこちらへ来ました」
「ある指示?」
「ガルファット様は、獣人族がお好きだとか」
「え?」
アネッタの言葉に、俺は首を傾げた。
獣人族は嫌いじゃないけど何でそんなことをアネッタが?
「えっと、それはいったいどこからの情報ですか?」
「ウィリアム様から教えていただきました」
ん?何だろう状況がよくわからないな。
ていうか、何であの無愛想イケメンがそんなことをアネッタに?
そしてウィリアムはどこで俺が獣人族好きって情報を手に入れたんだ?
「とりあえず、あなたがウィリアムさんに僕が獣人族好きって聞いてきたのはわかりました。
でも、それで何故僕の所に?
というか、男子寮には基本女性は立ち入ってはいけないはずですが」
男子寮に女子は入ってはいけないし、女子寮に男子は入ってはいけない。
これは学校側で決められているルールだ。
それがあるから、普段ロミアだってこの部屋に来たいと思ってはいるが来ることが出来ないんだし。
「貴族の方は許可さえとれば、それぞれのご自分の部屋にメイドや執事を連れ込むのは可能となっています。
私の場合は、ウィリアム様から男子寮へ入る許可をしていただきました」
「あー、そういえばメイドを連れ歩いている人を何人か見たことありますね。
なるほど、許可さえとれば可能なんですね」
俺がそう言うと、アネッタは微笑みながら「はい」と頷いた。
「それで、本題ですけどどうして僕の部屋に?」
「・・・ガルファット様、私の耳や尻尾を触ってみませんか?」
「は!?いや、は!?」
俺は自分の耳を疑った。
「いや、その、獣人族の人の耳や尻尾って敏感な所なんですよね?
何でそんな大事な所を僕に?」
俺がそう言うと、アネッタはゆっくりとこちらに近づいてきて・・・俺を押し倒した。
「そのような事は些細な事です。
ガルファット様は獣人族の耳や尻尾に興味がおありなんですよね?
どうぞ、私のような者のでよければいくらでもお触りください」
そう言うと、アネッタは俺に顔を近づけて目を閉じた。
いや、急にお触りくださいと言われても。
しかし、俺は戸惑いながらも迷っていた。
確かに色々とわからない状況ではあるが、アネッタの耳や尻尾を触るチャンスではある。
この機会を逃せば、次にそういう機会がいつ訪れるかは分からない。
アネッタの耳を見る。
少しピクピクと動いている。
はっきり言って、めちゃくちゃ可愛い。
そうだ、これは絶好の機会だ。
しかも、相手から触って良いと言われたんだ。
触っても何の問題はない。
俺は、アネッタの耳に向かって手を伸ばす。
・・・ダメだ。
俺は伸ばしていた右手を止めた。
アネッタは俺に悟られないように隠したいたのだろう。
しかし、俺は気付いてしまった。
アネッタが無理をしていることを、俺に触られるのを恐れている事を。
俺は、止めていた右手を再度伸ばしアネッタの耳に触れないようにその頭を優しく撫でた。
「ガルファット、様?」
アネッタが目を開けて、戸惑った様子で俺を見た。
「たしかに僕は獣人族の耳や尻尾には興味はあります。
ですが、だからと言って無理矢理触るなんて事はできません」
「そんな無理矢理などということは!
私はガルファット様に触っていただきたくて・・・」
「自分から触ってほしいって言っている人は、震えたりしませんよ」
俺が指摘すると、アネッタは俺から目を逸らしてバツの悪い顔をした。
「アネッタさんが何の目的でここに来たかは分かりませんけど、もう少し自分を大事にした方が良いですよ」
「・・・」
アネッタはどこか悲しそうな顔をしながら、俺の上から体をどかした。
「自分を大事にしたところで、私は・・・」
「ん?何か言いました?」
俺が尋ねると、アネッタは首を横に振った。
「いえ、何でもございません。
今日は、これで失礼いたします」
そう言うと、アネッタは俺のほうに頭を下げて部屋を出た。
・・・何だったんだ、いったい。
その後、俺は帰ってきたシガラにアネッタの事は伝えなかった。
突然のアネッタ訪問の次の日、俺は自室で本を読んでいた。
内容はバーデン・アリソンの話だ。
やっぱり英雄はすごいな、町や村を軽く救ってるんだから。
しかも、それが全部実話を元にしてるっていうんだから驚きだ。
まさに生きる伝説って感じだな。
”コンコン“
俺が本を読んでいると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
誰だ?シガラなら今日もヘレナと個人レッスン中だし、イヴァンかな?
俺が訪問者を想像しながら扉を開けると、そこには昨日見た顔がいた。
「アネッタさん、今日はどうしたんですか?」
俺が尋ても、アネッタは俯いたまま何も言わなかった。
「どうしたんですか?
また、耳とか尻尾を触ってほしいってお願いですか?」
俺は冗談言ったつもりだった、顔も笑っていたと思う。
しかし、アネッタは突然顔を上げたかと思うと部屋の中に入り扉を閉めた。
「ちょっ、アネッタさん!?」
俺がそれに驚いて固まっていると、アネッタはメイド服を脱ぎ捨て下着姿になった。
いや、というか、は!?
なに!?これどういう状況!?
「ガルファット様!」
アネッタは俺の名前を呼ぶと、昨日と同じように俺をベッドへと押し倒した。
「アネッタさん!?
なにやってるんですか!?」
俺が尋ねると、アネッタは今にも泣き出しそうな顔で俺に言ってきた。
「ガルファット様・・・」
「な、何でしょうか?」
「私を、抱いてはくださいませんか?」
「・・・はぁ!?」
いやいやいやいや!
何で!?耳と尻尾触るだけで良かったんじゃないの!?
何で抱くことになったの!?
唐突すぎて頭の中に!?しか浮かばないんだけど!
「急にどうしたんですか!?」
「・・・お願いします」
アネッタは、その瞳から涙を流していた。
「私を、抱いてください。
でなければ、私の価値が無くなってしまう」
その言葉はもはや、アネッタからの悲痛な願いだった。
しかし、それでも俺は首を横に振った。
「それは出来ません」
俺がそう言うと、アネッタは絶望に満ちたような顔で俺の前からどいてポツリと言った。
「やはり私には、魅力が無いのでしょうか」
「そういう意味じゃありませんよ」
俺はベッドの上で半身を起こして、アネッタを見た。
アネッタは俺から目を剃らすように、ベッドの上に座っていた。
「たしかにあなたは魅力的な方ですけど、さっきのあなたは明らかにおかしかった。
何をそんなに焦っているんですか?」
「それは・・・」
アネッタは、思い詰めた顔をしながら俺に背を向けた。
俺は、視界に入ったアネッタの背中に思わず声が出た。
「なんだ、それ・・・」
アネッタの背中には、無数の痣と怪我をした跡があった。
俺がそれを見たことに気付いたのだろう、アネッタが慌てて背中を隠す。
「アネッタさん、それは・・・」
「み、見ないでください!」
アネッタが取り乱したように俺に向かって叫んだ。
「いや、見ないでくださいって言われても・・・」
アネッタはあの体勢のまま動かないし・・・仕方ない。
俺はアネッタへと近づいた。
「こ、来ないでください」
俺は拒絶するアネッタに構わず、近付きその背中に手をあてた。
「・・・ッ」
アネッタの表情が一瞬だけ変わった。
背中の半分以上は変色してるからな、痛いのは当たり前か。
それに、ものすごい熱をもってるな。
俺はアネッタの背中に触れている手に魔力を注入した。
属性は治癒だ。
ひとまず、これは治してあげないとな。
「よし、癒せ」
俺が魔法を使うと、アネッタの背中の痣や怪我の跡は少しずつ消えていった。
そして、少し時間はかかったけどアネッタの背中は綺麗な傷も痣もない背中になった。
「とりあえず、背中の傷は治しました。
他に、痛むところはありますか?」
「・・・」
アネッタの顔を見ながら尋ねた。
しかし、アネッタはこちらを見ない。
「・・・なぜですか」
「え?」
「なぜ、私の背中を治してくださったんですか?」
「何故って言われても、さすがにあのまま放っておく事はできませんよ」
俺がそう言うと、アネッタは俺を見て少し寂しそうに笑った。
「ガルファット様は、お優しいんですね」
俺はアネッタの言葉に首を横に振った。
「別に優しくはありませんよ。
それより、さっきのいったい誰にやられたんですか?」
俺が尋ねると、アネッタはまた俺から顔を背けた。
「あ、あれは自分でやりました」
「そんなバカな。
あれは自分でやったとかっていうレベルではありませんよ」
「・・・」
「たしか、アネッタさんはウィリアムさんに仕えてるんですよね?
もしかして、さっきのはウィリアムさんに?」
アネッタは言葉を発しなかった。
しかし、その顔はその通りだと言わんばかりの顔だった。
「・・・」
「・・・」
お互いに言葉を発しないまま沈黙が漂う。
どうしようか、とりあえず何はともあれ服を着てほしいんだが。
このままだと俺、他の人に現場を見られたら変な誤解をされそうなんだよな。
でも、この空気じゃ言いづらいしな。
困ったな。
俺が色々と困っていると、アネッタがボソリと呟いた。
「ガルファット様は、好きな方はいらっしゃいますか?」
アネッタの唐突な質問に、俺は首を傾げた。
「好きな人、ですか?
異性としてでなく、友達とか家族で好きな人ならいますけど」
俺がそう言うと、アネッタは力なく返してきた。
「そうですか、羨ましいです。
・・・私には誰一人私を見てくれる方はいませんから」




