第36話 荷物と気持ち
「さて、と・・・」
俺は自室で荷物をカバンに詰めていた。
つい先日だが、皆が食卓にいる時に近いうちに家を出ることを明かした。
元々クレアには道案内をしてもらうことになったとシルビアに聞いていたので、クレアとロミアと俺の3人で日程などを話し合って日にちを決めた。
シルビアが説得してくれていたからか、ジークはすんなりと了承した。
フィーネのほうは、少し驚いた顔をしていたがこちらも了承してくれた。
魔法学校の入学試験の日まではまだあるようだけど、出発してから着くまでの事を考えると近いうちに出たほうがいいらしい。
これはクレアが提案してくれたことだ。
流石経験者と言うべきか、俺の師匠だからと言うべきか。
ということで、今日は俺を含めた3人は荷物作りをしている。
ロミアは楽しみなようで、俺とクレアよりも少し前から始めていたらしい。
本人に理由を聞いたところ、「女の子は必要な物が多いの!」と言っていた。
それを隣で聞いていたクレアが、「一応女の子なのに荷物が少ない僕は・・・」と少ししょんぼりしていた。
それを聞いて俺はすかさず、「良いじゃないですか、機能的で」とフォローをしておいたが、これがフォローになっているのかは俺にも分からない。
「ガル、お邪魔しても良いかしら?」
扉をノックされ振り向くと、シルビアの声がした。
「はい、大丈夫です」
俺が返事をすると、シルビアがドアを開けて入ってきた。
「荷物の準備は進んでいる?」
「はい、必要そうな物はとりあえず用意しました。
母さんに言われたとおり、衣類は必要最低限でその他のタオル類や使えそうな物を用意しました」
俺がそう答えると、シルビアは近づいてきて俺のカバンの中身を確認した。
「・・・これなら大丈夫そうね。
初めての事だから少し不安だったけど、ガル何だか慣れてるわね」
「そうですか?」
シルビアの言葉に、俺は苦笑いしながら返した。
前の世界じゃ旅行用の荷物の用意なんて何回か経験あるから、その癖だろうなぁ。
元々、あまり荷物を多くしないで必要になったら現地で買うタイプだし。
「あ、そうだわ。
ガル、これを持っていきなさい」
そう言うと、シルビアは俺に1冊の本と指輪を渡してきた。
「これは?」
「本は魔法学校の図書室の本よ。
私の代わりに、返してきて欲しいの。
それでこっちの指輪は、魔法学校に到着したらずっと身に付けておきなさい。
何かあった時に、もしかしたら役にたつかもしれないから」
俺はシルビアに渡された指輪を観察した。
特に豪華な装飾がある訳ではないが、金色でキレイな指輪だ。
宝石のような紫の石が真ん中にはめられており、そこには片翼の羽が描かれている。
「分かりました。
無くさないように、大切に持っておきますね」
俺が言うと、シルビアは笑顔で頷いた。
「そういえば私は見てないから分からないけど、ロミアちゃんのほうは作業は進んでいるのかしら?」
「どうなんでしょうね?
僕や師匠より早めに準備に取りかかってましたけど」
「うーん、明日ロミアちゃんの家に行ってみようかしら。
カリアがいるから心配ないとは思うけど・・・」
「そういえば僕は母さんが旅の経験があるからこうやって教えてもらえてますが、カリアさんってそういう経験あるんですか?」
唸りながら悩むシルビアに俺は尋ねた。
「一応カリアもレオナルドさんと一緒に旅してここまで来たんだけど、本人の性格が性格だから・・・」
「あ、なるほど・・・」
カリアは決して細かい事とかを気にするせいかくじゃないからなぁ、それが変なところで作用しないかシルビアは気にしてるんだな。
「まぁ、カリアさんも大事なロミアの事だしそこらへんはちゃんと考えるんじゃないんですか?」
「そ、そうね、いくらカリアでもロミアちゃんの事ならしっかり考えるわよね」
俺とシルビアはお互い苦笑いをするが、変な空気が流れている。
「・・・明日、ロミアに頼んでどんな感じか見せてもらいますね」
「私も一緒に行くわ」
俺とシルビアがそんな約束をした後、シルビアは部屋を後にした。
「おーいガル、今良いか?」
シルビアが部屋を後にしてから少し経って、また扉がノックされた。
扉の向こうからは、ジークの声がした。
「はい、大丈夫です」
俺が言うと、ジークが扉を開けて入ってきた。
「よぉ、準備のほうはどうだ?」
「とりあえず、必要なものは用意できました。
さっき、母さんも同じ事聞きに来てましたよ」
俺が笑いながら言うと、ジークも笑った。
「あいつ、何だかんだ言って心配してるからな。
さっき廊下で会ったときに、”ガルの手際が良すぎる“ってしょんぼりしてたぞ」
「手際が良くてしょんぼりされたら、どうしようもできませんよ」
「そうだよな?」
俺とジークはお互い笑いあった。
「そうだ、お前にこれを渡しておく」
そう言って、ジークは懐から1本の短刀を取り出して俺に渡した。
「これは?」
「いざって時の護身用だ。
普通の大きさの両手剣だと、没収される時もあるだろうからな。
これなら、バレないように隠して持ち歩けるだろ」
「なるほど、ありがとうございます」
俺はジークから受け取った短刀をカバンに入れた。
「そうだガル、お前に確認しておきたいことがある」
「ん?なんですか?」
「お前、魔法学校卒業した後どうするんだ?」
「え・・・?」
俺はジークの言葉に首を傾げた。
「卒業した後ですか・・・とりあえず、1度は家に帰ってこようとは思っていますが」
「そうか、お前の事だからてっきりそのままバルファンクやモンコイストに行くのかと思ってな」
「あー、確かに行ってみたい気はしますけど、行くにしてもまずはここに帰ってくると思います」
「済まないがそうしてやってくれ。
そうじゃないと、多分フィーネが泣く」
「なんて事言うんですか!ジーク様!」
声のした方を俺とジークは見た。
そこには、いつからいたのか分からないフィーネが顔を真っ赤にしながら立っていた。
「フィーネ!?
お前いつからそこにいた!?」
「ジーク様とガルファット様がお話しされていた時には、ここにいましたよ?」
フィーネが笑顔でジークに返す。
笑顔で返してはいるんだが・・・ものすごく怖い笑顔なんだよな。
「・・・ガル!そういうことだから!
俺はこれで!」
そう言ってジークは出口と反対方向に走り、窓を開けてそこから飛び降りた。
「あっ!ジーク様!」
フィーネが窓に駆け寄ったので、俺も窓の前まで行った。
窓から下を見ると、ジークの姿はない。
多分、俺とフィーネが目を離した隙にどこかに隠れたのだろう。
・・・ここ2階なんだが、よくあんな芸当できるな。
「・・・逃げられてしまいましたか」
フィーネがタメ息をついて言った。
俺はそんなフィーネの顔を見る。
フィーネも俺の視線に気づいたのか、俺の顔を見てお互いの視線が交わる。
そして、なんともいえない沈黙が生まれた。
「・・・え、えっと、ガルファット様は荷物の準備をされていたんですか?」
沈黙に耐えられなくなったのか、フィーネが俺に尋ねてきた。
「はい、大体の物は準備できてるんですけどね」
「そ、そうなんですか・・・」
俺の返答を聞いて、フィーネはぎこちない笑顔で返したがすぐに暗い顔をして俯いた。
「どうしたんですか?」
「あっ!いえ、何でもないです!」
俺が尋ねると、フィーネは苦笑いをして首を横に振った。
「本当ですか?」
「はい、本当です」
「じゃあ、さっき父さんが言っていたこと詳しく訊いてきますね」
「それはダメです!」
俺がその場を立ち去ろうとしたら、フィーネが両手を広げて俺の前に立ちはだかった。
「えー、じゃあフィーネさんが教えてくれますか?」
「そ、それは、その・・・できません」
フィーネは顔を赤くして、広げた腕を戻してモジモジしている。
ヤバイ、誰かカメラをくれ。
これは永久保存レベルの可愛さだ。
部屋の壁に写真を貼って、毎日拝んでもいいくらいのレベルだ。
「・・・すみません、少し意地悪でしたね」
俺は笑いながら、フィーネに言った。
「え・・・?」
「本当はフィーネさんが現れた時のインパクトが強くて、父さんが何を言っていたかよく覚えてないんですよ」
「そ、そうだったのですね」
「はい。
・・・さて、気分転換に外に行ってきますね。
ずっと部屋で荷物の準備してると、外の空気が吸いたくなりますね」
そう言って、俺はフィーネの脇を通った。
「ガルファット様!」
自分の名前を呼ばれたかと思うと、突然フィーネが後ろから抱きついてきた。
「すみません。
本音を言ってしまえば、ガルファット様には魔法学校へ行ってほしくはないんです。
その、決して魔法学校を否定するわけではないんです。
・・・ただ、できることならもう少し出発までの時間を延ばしてもらいたいんです。
これは私のワガママです、ちゃんと心の準備をできない私自身が悪いんです。
なので、ここで聞いたことは聞かなかったことにして気にしないでください」
そう言うと、フィーネは俺の肩に顔を乗せて消え入りそうな声で言った。
「ガル・・・行かないで」
聞かなかったことにしろ、気にするな、か。
できそうにないよな、こんなこと言われちまったら。
俺には、このフィーネの言葉にちゃんと答えなきゃいけない責任がある。
「悪いな、フィーネ。
どんな事言われても、俺は行くよ」
「分かってる。
ガルは誰が止めたって行くのをやめないって、シルビア様も言ってた」
「さすが母さんだな、フィーネもそれは分かってるんだろ?」
「分かってるよ、それはちゃんと分かってる。
分かってるけど、頭じゃちゃんと分かってるけど・・・」
「理屈じゃないよな、こういうのって」
俺が言うと、肩に乗っていたものが上下にに動いた。
多分、フィーネが頷いたのだろう。
「それでも、俺は行きたいんだ。
人間ある程度の寿命は決まってて、尚且ついつ死ぬか分からない。
だから俺は、できる時にできることをしたいんだ」
前の世界じゃ、自分があの時死ぬなんて想像もしてなかった。
今言ったのは、俺の実体験から思った事だ。
こっちの世界だっていつ死ぬか分からないんだ。
先延ばしにして、やる前に死んだなんて笑えないしな。
「それに、卒業したらちゃんとここには帰ってくるよ。
最短で2年で卒業できるって話しだから、学べること学び終わったら、なるべく早く卒業するように約束するよ」
俺は、ゆっくりと後ろを振り向いた。
そこには、涙でくしゃくしゃになった顔でこちらを見ているフィーネがいた。
・・・そんな顔しないでくれよ、罪悪感出てきちまうよ。
「・・・さっきの約束、守ってね」
「え?」
俺が尋ねると、フィーネは服の袖で顔を拭って俺の顔をじっと見つめた。
「年頃の女性をあまり待たせてはダメだよ?
私が婚期逃したら、ガルが責任とってね?」
フィーネは笑顔で言って、俺から離れて扉の方へ歩いていく。
「フィーネ、今のってどういう・・・」
俺が言うと、フィーネはこちらを振り向いた。
「言ったでしょ?
ここで聞いたことは聞かなかったことにして、気にしなくていいよ?」
そう言うと、フィーネは俺の部屋を後にした。
「はぁ・・・」
俺は、自分のベッドに仰向けにダイブした。
先ほどのフィーネの顔を思い出した。
「・・・あいつが婚期逃すなんて事絶対無いだろ」
俺は、先ほどと違って外に行くのを今はやめようと思った。
こんな顔、他の人に見られてたまるか。
結局そのあとは、しばらくベッドで仰向けになったままでいた。




