第35話 会議
これは、ロミアとの手合わせより少し前の話である。
「それでシルビア、どうして俺達を呼んだんだ?」
ジークが私に尋ねてきた。
部屋を見渡すと、ジークの他にフィーネとクレアもいる。
私とジークの寝室に、4人でいるのは何か不思議な感じがする。
「本当は前にガルから言われていたんだけど・・・」
「ガルファット様がどうかされたんですか?」
首を傾げながら尋ねてくるフィーネに、私は少し苦笑いしながら言った。
「ガル、魔法学校に行きたいらしいのよ。
そう遠くない日に」
『・・・え?』
フィーネとクレアが口を開けたまま固まっている。
ただジークだけは、黙ったままで聞いている。
「あの子が5歳の頃に言われたのよ。
ただ入学できる年齢が7歳からだから、7歳になったら説得してあげるってその時はいったのたけど・・・この前やっぱり行きたいって言われたのよ」
「それで、ガルファット様はすぐに家を出られるんですか?」
フィーネの問いかけに、私は首を横に振った。
「あの子にもその辺は私から釘を刺しておいたわ。
私から皆に話すから、出発まで日は開けるようにって。
そうでもしないと、あの子すぐにでも行きそうだから・・・」
私は溜め息をついた。
釘を刺さなかった時の、荷物をまとめて出かけようとするガルの顔が目に浮かぶ。
・・・誰に似たのかしらああいうところ。
「ところであなた、ずっと黙っているけどどうかしたの?」
私が尋ねると、ジークは私の方を向いた。
「ん?いや、どうせ止めたところであいつは行くだろうからな。
止める気はないが、最初から選択肢が行く、だけなら別に言うことは何もないだろ?」
「そうですね」
当然のように言うジークに、私は笑って返した。
「と言っても、俺みたいに納得しきれてない奴らもいるらしいぞ?」
ジークはそう言って、フィーネとクレアの方を見た。
すると、クレアが苦笑いしながら答えた。
「ガルファット君が一時的に家を離れるなら、僕の家庭教師としての仕事は終わりですからね。
そこまで長い時間ではなかったけど、この家で過ごした時間はとても楽しかったですから・・・」
言い終わると、クレアは苦笑いした顔のまま俯いた。
クレアの言うとおり、ガルが魔法学校に行くならクレアが家庭教師をする理由はない。
すると、クレアがこの家にいる理由はなくなってしまう。
・・・この人はそんなこと気にしないでしょうけど。
「クレア、お前はガルが魔法学校に行った後どうするんだ?
また、旅を始めるのか?」
ジークが質問すると、クレアは顔をあげてジークを見た。
「まだ決めてないですけど、多分そうなると思います。
元々、僕には帰る家もありませんし」
クレアは苦笑いしながら答えたが、その表情には少し悲しさを感じた。
「・・・そういえばお前とフィーネ、最初と比べるとすごい仲が良くなったよな」
「え!?は、はい」
突然ジークが思い出したように呟いて、その言葉にクレアは驚きながらも答えた。
「別に良いんじゃないか?
友達に会いに来るくらい、好きにしたって」
「え・・・」
「お前、変なところで律儀なところがあるからな。
どうせ、ガルの家庭教師じゃなくなったらこの家に来れなくなるとか思ってるだろ?」
ジークの言葉に、クレアは固まっていた。
どうやら図星のようね、そんな風に考えなくて良いのに。
「あのな、俺を含めて皆はお前を家庭教師としてだけ見てたわけじゃないんだよ。
お前をクレアっていう1人の人間として見てるんだよ。
それに、娘の友達が来たのに家に入れない親っていうのも嫌だろ?」
笑いながら言うジークに、クレアの顔が徐々に笑顔に変わっていくのが分かった。
「クレア私も同じよ。
あなたなら、遊びに来てくれてるだけでも大歓迎よ」
私が言うと、クレアはジークと私に頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「それで、もう一人の納得しきれてない奴はどうなんだ?」
ジークはフィーネの方を見た。
フィーネは先ほどから、ずっと悲しそうな表情で俯いたままだ。
「・・・シルビア様、私も魔法学校の存在は知っていました。
そしてガルファット様がその存在を知ったら、多分行きたいと言われるんだろうと予想してました」
フィーネは俯いたまま話していたが、パッと顔を上げて私を見た。
「そのうえでお訊きしたいんです。
ガルファット様が魔法学校へ行かれるのは、私も止めようとは思いません。
ただ、行く時期を遅らせる事はできないのでしょうか?
クレアとも仲良くなれましたし、私のワガママだというのは承知なのですけど・・・お二人と離れるって事が想像できないんです」
フィーネが真剣な顔で私に言ってきた。
珍しいわね、この子がここまで自分の意見を言うなんて。
いつも周りの意見を優先して、自分の意見を言わない子だから私は少し驚いたけど、それと同時に嬉しかった。
「フィーネ、おかしな話しかもしれないけど私は今のあなたを見れて嬉しいわ」
「・・・え?」
私の言葉に、フィーネが固まっている。
「昔のあなたを知っているから、私とジーク以外の人には心を開かないんじゃないんかって心配してたのよ。
いえ、もしかしたら私とジークにさえ本当の意味で心を開いてくれないかもって思っていたわ。
でも、あなたは今ちゃんと自分の意志を言ってくれた。
ガルともクレアとも仲良くなれた、もちろん他の人たちともね。
それが私は本当に嬉しいわ」
フィーネは、そのまま私の言葉は聞き続けている。
「ただ、そんなあなただから分かっているんじゃない?
多分ガルは、止めたところで行く時期はずらせないって」
フィーネは小さく頷くと、また俯いた。
「あの子誰に似たのか、自分でやりたいって思ったことは大至急試すわよね。
ジークに剣術を教わるときも、ジークに剣術の話しを聞いたその日に教えてくれって言ってたらしいわ。
そうでしょ?」
「あぁ、2才くらいですぐに習いたいって言われたときはさすがに驚いたけどな」
私がジークの方を見ると、ジークは笑いながら頷いた。
「クレアと初めて手合わせした時も、魔法を使ったそれまでやったことのない事をしてたな」
「そうですね。
ガルファット君の家庭教師をやってて僕もいっぱい驚かされました」
「それに、フィーネが誘拐された時も真っ先に探しに行ったしな」
それまで皆の話を俯いて聞いていたフィーネが、ジークの言葉を聞いて何かを思い出したようにハッという顔をした。
「フィーネ、もしガルに言えてないことがあったら、あの子が家を出る前に言っておいたほうがいいわよ」
私はそう言った後、フィーネの耳元に顔を近づけた。
「家族としても、1人の女としても、どちらでも言いたいことは言っちゃいなさい。
ガルが失礼な事言ったら、私がお説教するから」
私が顔を離すと、フィーネが少し涙目になりながら私を見ていた。
「・・・気付いて、いらっしゃったのですか?」
「何となく、だけどね。
それに関してあなたがどんなこと考えているかも、大体は分かるわ」
「何と言いましょうか、その・・・すみません」
フィーネが申し訳なさそうに謝ってきた。
そんなフィーネに、私は笑顔を向けた。
「謝らなくていいのよ、いざとなったら私は応援するわ」
「でも、その・・・」
「後で詳しく話すわね」
「・・・はい」
「なぁ、なんの話しだ?」
ジークが不思議そうに尋ねてきた。
「女同士の話し」
「そうか」
私が言うと、ジークは納得してくれたようで引き下がった。
「そういえば、ガルファット君が行くって事はロミアちゃんも・・・」
「一緒に行くわね。
近々、カリアとレオナルドさんに言うらしいわ」
「レオの奴、泣いて止めそうだな」
「そんなレオナルドさんをカリアが説得するのが想像できるわね」
泣いてロミアちゃんを止めるレオナルドさんと、それを慰めながら説得するカリア。
まぁ、ロミアちゃんならガルが行くなら止められても行くでしょうけど。
「あ、それとクレア、あなたにお願い事があるの」
「ん?何ですか?」
私が言うと、クレアは首を傾げて尋ねてきた。
「実はね、ガルとロミアちゃんが無事に魔法学校に行けるように、道中の護衛を頼みたいの」
「・・・分かりました。
命に換えても、ガルとロミアちゃんを魔法学校まで送り届けます」
クレアが真剣な眼差しで私に言った。
この子になら2人を任せて大丈夫だし、2人も知らない人よりもクレアなら旅の道中も安心できると思うわ。
「ありがとう、クレア。
じゃあ、これでこの会議は終了で良いかしら?」
私の問いかけに、3人は反応しなかった。
これは、このまま終わって良いという事だろう。
「それじゃあ、これで解散ね。
フィーネは、後で少し残ってね」
「よーし、じゃあシルビア俺先に風呂行くからなぁ」
ジークは伸びをしながら、そう言い残して部屋を出た。
「僕も自分の部屋に戻ります、おやすみなさい」
クレアも私たちにお辞儀をして、部屋を出た。
この部屋には、私とフィーネの2人きりになった。
「それじゃあフィーネ、さっきの話しの続きをしましょうか」
私はイスに座るフィーネの目の前で、片膝をついた。
「シルビア様、その・・・」
「好きになったきっかけは、やっぱりあの誘拐された時?」
何かを言おうとしたフィーネの言葉を遮って、私は笑顔で尋ねた。
「確かにあの日の事で、ガルファット様への気持ちが強くなったのは確かです。
ですが、私がガルファット様を好きだと気づいたのはそれよりも前からなんです」
「いつ、かしら?」
「シルビア様に言われて、ガルファット様と一緒にお風呂に入った時です。
実はあの時、ガルファット様の頬にキスをさせてもらったんです。
そしてキスした後、脱衣所に行ったのですが・・・胸がとてもドキドキしていました」
フィーネが顔を赤くしながら、自分の胸に手を当てている。
その顔は紛れもなく、恋をした1人の女の子の顔。
「その時からです。
私がガルファット様を家族や身内とはまた違う存在だと思い始めたのは」
「そうだったの・・・その事ガルには?」
私が尋ねると、フィーネは苦笑いをした。
「話していません。
ガルファット様には、ロミアちゃんというガルファット様を思ってくださっている女の子がいらっしゃいます。
それを邪魔するわけにはいきませんから。
それに・・・」
フィーネは、悲しそうな笑いをして俯いた。
「私の中では、未だにガルファット様を異性として好きなのか家族として好きなのかは分からないですから」
フィーネの気持ちは、何となくだけど分かる。
異性としてガルを好きだけど、それを様々な理由が理性や歯止めになっているのね。
「フィーネ、あなたとガルは年が10歳くらい離れているけどそれも気になる?」
「・・・そうですね。
ガルファット様が成人される時に私は25歳です。
そんな売れ残った女をガルファット様の妻になんて・・・あの方なら私なんかよりもっと相応しい人がたくさんいらっしゃると思いますし」
「ロミアちゃんとか?」
「はい。
ロミアちゃんは、ガルファット様に料理もたくさん練習してました。
失敗しても諦めないで頑張っていました。
ですがそれよりも、私はロミアちゃんの何があってもガルファット様を信じる姿を見たときに完敗でした。
あの年であそこまで信じられる、結ばれる運命としか言いようがありません」
話しているフィーネの顔を私は見つめた。
多分、フィーネの言ったことは本心だと思う。
だけど、やっぱり諦めきれていないのね。
「フィーネ、改めて訊くけどガルの事好き?」
「え?あ、その」
「ガルの事、好き?」
「・・・大好きです。
多分、この先異性の方をここまで好きになるのは無いと思います」
フィーネは真剣な目で答えた。
「・・・ロミアちゃんとライバルになる覚悟はある?」
「え?それはどういう・・・」
「これから先、ロミアちゃんとガルを取り合う事になるでしょ?
確かにガルと離れる期間はあるけど、そこは工夫してカバーしなさい」
「ま、待ってください!シルビア様!
私はロミアちゃんとライバルなんて・・・」
「じゃあ、ガルの事を諦めきれるの?」
私が尋ねると、フィーネは言葉を詰まらせて答えなかった。
「年上だからとか、メイドだからとか、気にしなくていいのよ?
それに女が好きな男にアピールするのよ?
年なんて関係ないでしょ?」
「それは、そうですが・・・」
「私はフィーネとロミアちゃん、どちらがガルと結ばれてもガルは幸せになれると思うわ。
だからフィーネ、悔いの残らないくらい頑張りなさい」
「・・・良いのですか?
私がガルファット様を男性として、好きでも」
「人が人を好きになるのに、許可はいらないでしょ?」
「・・・ありがとうございます!」
私が言うと、フィーネは涙を流しながら頭を下げた。
私はそんなフィーネの頭を優しく撫でた。




