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第18話 師匠の背中

俺が風呂場で土下座をした次の日、さっそくクレアとの授業が始まった。


「じゃあ、改めてよろしくねガルファット君」


庭でお互いに向き合う、俺とクレア。


「はい!よろしくお願いします!」


俺は、クレアに対してお辞儀して言った。


「それと、昨日はすみませんでした!」


「ん?昨日?」


俺の謝罪にクレアは、首をかしげた。


「はい、女性だって分かっていればさっさと治癒魔法をかけて、キズを消しておけば良かったと思って」


「・・・女性とだって分かっていれば、か」


クレアは、何かを察したように言うと俺に聞いてきた。


「ガルファット君は、女性と手合わせをするのは初めてだった?」


クレアの質問に、俺は少し考えた。


ロミアとは、魔法の撃ち合いを何度もしているけど手合わせっていうのとは何か違う気がする。


となると、クレアとの手合わせが実質初めてか。


「はい、師匠との手合わせが初めてです」


クレアは師匠と呼ぶべき人だと、俺は直感的に感じていた。


昨日から呼んでいたが、ジークには何も言われなかったので、多分ジークもそう思っているのだろう。


「そっか、なら授業を始める前に君に1つ教えといてあげるね」


そう言うと、クレアは片膝を地面につけて俺の方を見た。


「いいかい?魔法使いの人達はどうか分からないけど、剣術使いや武術使いで手合わせや戦場に出ている人達は、お互いに傷つき傷つける事を覚悟した人達だ。

だからこそ、全力を出して頑張るんだ。

だから、その相手が女性だったとしても、決して謝ったりしないで。

その人だって、覚悟を決めて自ら選んでやったことなんだから。

もちろん、日常生活で女性に優しくすることは良いことだからそれはしてあげてね。

ただし、手合わせや戦場でのそういう優しさは相手に対する侮辱になる。

だから、そういうときは謝罪ではなく敬意を払ってあげて。

約束できる?」


謝罪ではなく敬意、か。


言われてみればそうだよな、女性と言ってもクレアは俺なんかよりよっぽど強い人だ。


なら俺は、敬意をはらってこの人の弟子だって胸を張って言えるように、ならなきゃいけないな。


俺は、真剣に話すクレアの目を見た。


「・・・はい!」


俺の返事を聞いて、クレアは笑顔で俺の頭を撫でた。


「それに、あの時言ったでしょ?

この傷は、戒めだよ。

この先、絶対に忘れちゃいけない事なんだよ」


クレアは笑顔のまま、しかし力強く言った。


「さてと、じゃあ授業始めよっか」


クレアが立ち上がって言った。


「はい!」


こうして、俺とクレアの授業が始まった。


「とは言ったものの、何から教えようかな」


クレアが苦笑いしながら言った。


「師匠、誰かに教えるのは初めてなんですか?」


「うん、ガルファット君が初めての弟子なんだよ。

だから、何から教えればいいか正直分からないんだよね。

逆に、何か教わり事はある?」


教わりたいこと、か。


今まで、そういう風に考えたことなかったからなぁ。


俺は、クレアに聞かれて少し考えた。


俺の頭の中で、昨日のクレアとの手合わせの記憶が流れた。


あの時はどう攻撃を当てるかに必死だったからなぁ。


何てたって、素手で戦う人とは初めてだったからなぁ。


・・・初めて、か。


「師匠、僕に武術を教えてください」


俺は、クレアの目を見て真剣な声で言った。


「・・・理由を聞いてもいいかな?」


クレアは、少し嬉しそうに聞いてきた。


「この世には、まだまだ僕の知らない戦い方があるんですよね。

昨日、それを知りました。

・・・僕は、知りたいんです!ワクワクするんです!

お願いします!僕に、まだ見たことない世界を見させてください!」


俺は、クレアにお辞儀をした。


クレアの武術は、まだまだ俺の見たことがない戦い方がいっぱいあるはずだ。


・・・見たい、覚えたい。


それが、俺から出てきた純粋な気持ちだ。


「いいよ、僕の知る限りの武術を君に教える。

ただし、剣術とはまた違う大変さがあると思うけどそれでも良いかい?」


クレアの真剣な目での質問に、俺はその目を見ながら答えた。


「はい!お願いします!」


「・・・良い目だね。

分かった、なら傷だらけになることは覚悟してね」


その言葉をきっかけに、クレアによる地獄のような特訓が始まった。






「ガルファット君、立てる?」


地面に尻を着いた状態の俺に、クレアが手を差し伸べた。


「はい、ありがとうございます」


俺は、その手を握って引き上げられる状態で立ち上がった。


まず、授業が再開してからクレアには型を教えてもらった。


腰を落とさず、ステップを踏みながら相手の隙を伺い一撃必殺の攻撃を浴びせる、前世でいうアウトボクサー型。


ガードを固め、姿勢を低くして相手の懐に入りながら相手に打撃を当てていく、インファイター型。


そして、あえて型にはまらず相手に合わせて戦い方を替える、いわゆる天才型。


ジークみたいに剣術を使う人には、インファイター型が有利になる。


重量があって、隙のできやすい両手剣にはすごく相性が良い。


懐に入ってしまえば、相手は剣を使いにくし。


双剣が相手でも決して不利になることはない。


相手は2本の剣を使う。


ただこっちは腕2本、足2本、頭、体のすべてが武器になる。


手数だけでもこっちが多いし、いざとなれば相手の手を攻撃して剣を離させれば良い。


そういう点では、こっちが有利と言える。


最後に短剣を使う相手だけど、クレアに言わせればむしろ短剣使いは怖くないらしい。


「短剣は、急所への一撃必殺で相手を殺す。

だったら、急所の攻撃はすべて防ぐか避ければ良い。

そうしたら、何も怖くないよ」


とは、クレアの言葉だ。


まぁ理屈は分かるんだけど、これがなかなか難しい。


相手へ突っ込むのは単純に怖い。


武器があると分かれば尚更だ。


一歩間違えればその先にあるのは、死だ。


だからついさきほどから、恐怖心の克服をしている。


クレアの攻撃を、まずはインファイター型で防ぐと避けるをしている。


防ぐは何とかできるんだけど、問題は避けるなんだよね。


明らかに、剣での攻撃より速いから体が追いつかない。


パンチも蹴りも、来たって頭で認識してからじゃ避けきれない。


そうなると、どうしても防ぐになってしまう。


だけど、男女関係なく俺とクレアでは体格差は明らかにクレアの方が分がある。


防いでも、何発か連続でもらうとガードでも弾かれたり、ガードの上からの衝撃でもダメージは来る。


「癒せ《ヒール》」


俺は、自分の体に治癒魔法をかけた。


まぁ、ケガは治せても痛みはあるんだけどね。


その痛みだけでも、足が止まる理由には充分だ。


「もう一度、お願いします」


俺は、両手の拳を握り手のひらを内側にして腕と脇を締めて体を前傾にして構えた。


このスタイルが、今の体の小さい俺が相手の懐へ入るのに適したものだ。


「分かった、行くよ!」


クレアが拳を握り、目線の高さに持ってきた。


クレアの左拳が俺の顔面めがけて飛んで来る。


いや、もう頭が理解している間に


”ドン!“


クレアの拳が俺のガードをした腕に当たる。


そう、もう気付いた時には当たってるんだ。


こんなんじゃ、避けるもくそもない。


だったら!


俺は、クレアのジャブの雨の中で一歩、また一歩と徐々に足を前に進めていく。


地味でも良い、ちょっとずつでいいんだ。


耐えろ!耐えて近づけ!


俺の必死さが功をそうしたおかげか、俺の攻撃を当てるには充分な距離まで近づけた。


どうせ避けられないのは分かってるんだ。


クレアのジャブが俺に当たる・・・今だ!


どうせ、クレアのパンチは早くて見えない。


それなら、当たって拳が下がるタイミングに合わせて渾身の一撃を入れる。


俺は、前世で小説のネタ用に見たボクシングアニメを思い出した。


右拳を後ろに引いて振りかぶり、腰を左に捻る勢いを利用して右拳を一気に前に突き出す。


付け焼き刃のパンチでも、今の俺にはこれぐらいしかできないんだ!


俺の右拳が前に出るのと同時に、クレアの左拳が俺の顔面に向かってくる。


いわゆるカウンターか!?


クレアの拳が俺の頬に触り、深く突き刺さ・・・らせるわけにはいかない!


クレアの拳が深く突き刺さる前に、俺は後ろの右足で地面を蹴った。


クレアの拳が俺の頬を擦れる。


だが、俺の拳は止まらない!


「当たれぇー!」


クレアの驚いた顔が見えた。


あれなら、ガードも回避もできない!


・・・イケる!


俺の右拳がクレアの頬に当たる感触が体に来た。


そして、俺のパンチの勢いでクレアの首が左に捻れた。


よっ・・・しゃ?


おかしい、確かに当たったはずだ!


なのに、なぜ手応えがない!?


なんでだ!?


俺は何が起きたか分からず、体が固まった。


そんな俺の顔面に、クレアの右拳が刺さった。


俺の体は宙に浮かび、そのまま後ろに飛んだ。






「・・・うぅ」


次に目を覚ました時に、目の前には大きく広がる空が見えた。


・・・そうか、俺は負けたのか。


「大丈夫?ガルファット君」


声が聞こえて、左に目をやるとしゃがみこんでこちらを見るクレアの姿があった。


「はい、僕は気絶してたんですね」


俺が言うと、クレアは苦笑いした。


「良いパンチが来たから、つい力を抜くのを忘れちゃったよ」


この授業中、クレアは手を抜いていた。


だけど、決して俺をなめていた訳じゃない。


そうしないと、練習にならないんだ。


それくらい、クレアは強い。


って、分かってはいるものの・・・


「悔しいですね、当てはできたのに」


俺の言葉に、クレアは俺の目を見て言った。


「そう、君の攻撃は当たったよ。

僕が小技を使って威力を殺しただけで、君のパンチは確かに当たったんだよ。

正直、一瞬ヒヤッとした」


クレアの言葉を聞いて、俺は笑いながらゆっくりと立ち上がった。


クレアも、俺を見て立ち上がった。


俺は、クレアに背を向けている状態だ。


「師匠!」


俺は、クレアの方に振り返った。


「次は、ダウンとってみせますよ」


俺の言葉に、クレアは笑って返した。


「まだまだ負けるわけにはいかないさ。

しばらくは、師匠でいさせてもらうよ」


その言葉を最後に、今日の授業は終わった。


「じゃあ、フィーネさんがお昼ご飯作ってくれてるだろうから行こっか」


クレアは俺にそう言って、家に向かって行った。


クレアの背中を見ながら、俺の頭の中にはクレアの言葉が流れていた。


“しばらくは、師匠でいさせてもらうよ”か。


・・・何言ってるんですか。


俺の目には、あんたの背中が“師匠”として忘れられないくらい焼き付いていますよ。

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