第102話 結果と本腰
ドラグバルガを鍛冶屋のおじさんに預けた日、俺は久しぶりに眠れない夜を過ごしていた。
俺はベッドから起き上がり、窓の近くに行って空で光輝いている月を見た。
すぐ近くのベッドではシガラが熟睡しており、俺が先程までいたベッドにはアネッタが寝ている。
俺は二人を起こさないようになるべく音を立てないようにしながら、椅子に腰を降ろした。
(お前が死んで悲しむのは、お前が死んでも守りたい人達だって事を忘れるなよ)
おじさんに言われた言葉が、頭の中で響く。
俺は、この言葉の意味を知っている。
いや、正確にいえば経験したことがある、か。
死んでも守りたかった、自分はどうなってもいいからアイツだけは。
よく聞く言葉だ。
しかし、それはその人本人の自己満足ではないのだろうか。
もしそうだとしたら、あの二人も・・・
「ガルファット様、どうかされたのですか?」
俺がそんな事を考えていると、後ろから小声で話しかけられた。
振り向くと、そこには先程まで寝ていたはずのアネッタが立っていた。
「アネッタさん、すみません起こしてしまいましたか」
「いえ、自然と目が覚めてしまったもので。
ガルファット様は、お眠りになられないのですか?」
アネッタに尋ねられて、俺は苦笑いしながら返した。
「少し考え事をしていたもので」
俺がそう言うと、アネッタがこちらに向かって頭を下げた。
「それは申し訳ございませんでした。
考え事の邪魔をしてしまいまして」
「そんな頭を下げるほどの事じゃないですよ。
・・・アネッタさん、1つ教えてもらえますか?」
俺が尋ねると、アネッタは頭を上げてこちらを見た。
「はい、何でしょうか?」
「僕がウィリアムさんと決闘した日、どうして僕を庇ってくれたんですか?」
俺が尋ねると、アネッタは少し考え込んで困ったように笑った。
「あの時は、気付いたら体が勝手に動いていました」
「体が勝手に、ですか」
「はい。
何か気になる事でもおありでしたか?」
質問の答えを聞いても、難しい表情をしている俺にアネッタが尋ねてきた。
俺はアネッタの顔を見ながら返した。
「今日、知り合いの人に言われたんです。
”お前が死んで悲しむのは、お前が死んでも守りたい人達だって事を忘れるなよ“って」
俺は窓の外を見た。
「確かにその通りだなって思いました。
ですが、だったら誰かを守って死んだ人達は何でその人を守ったんだろうって考えたんです。
守る側の人が死んで悲しむのが守られた側なら、守った側は自己満足で守ったのだろうか、とか」
俺がそう言うと、少し間を置いてアネッタが返してきた。
「・・・ガルファット様」
「ん?はい」
名前を呼ばれてアネッタの方を見ると、アネッタは笑顔で俺の事を見ていた。
「私は今、とっても幸せです」
それは、俺が予想もしていない言葉だった。
「もしあの時私がガルファット様を庇っていなかったら、今のような幸せは手に入れられていないと思います。
もしあの時私が庇う側ではなくガルファット様が庇う側だったら、違う結果が待っていたかもしれません。
すべては結果論かもしれません。
ですが、今の私が幸せなのはその結果のおかげです」
すべては結果論、か。
たしかにそうかもしれない。
俺が生き残って、2人が死んだのも結果だ
「私も先程ガルファット様の言われていた知人の方の言葉は、その通りだと思いました。
しかし、人とはワガママな生き物です。
自分は死んでもいいけど、周りが死ぬのは嫌だという人もいます。
ですがあまり色々考えると、いざという時動けないと思いますから。
助けたいから助けた、守りたいから守った。
そういうシンプルなのが一番かと思います」
シンプルが一番、たしかにそうだな。
俺は何をごちゃごちゃと考えていたんだろうな。
そうだよな、いざって時人が人を助ける理由なんて単純なものだよな。
俺がそう思っていると、アネッタが何かに気付いたのかハッという顔をした後すぐに俺に向かって頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした!
私ごときがガルファット様に意見するなんて・・・」
「しー」
急に大きな声で謝ったアネッタに向かって、俺は唇の前に人差し指を立てた。
すると、アネッタは慌てて自分の口を手で覆った。
「も、申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。
むしろアネッタさんの意見を聞いて、モヤモヤしていたのがスッキリしました」
「そ、それでしたら良いのですが」
「そういえばアネッタさん。
さっき、今は幸せって言ってましたよね?」
「は、はい、言いましたが」
「それなら良かった。
会ったばかりの頃のアネッタさんだったら、絶対に言わない言葉でしょうから」
俺はアネッタに向かって笑顔でそう言って、椅子を降りて自分の寝ていたベッドに腰を降ろした。
「そうだアネッタさん、明日一緒に出掛けませんか?」
「え?はい、私はお供致しますがいったいどちらへ?」
「大した事じゃありません。
ただ、僕も本腰を入れて修行しようかと思いまして」
次の日、エミリアの家庭教師が休みの俺はアネッタと一緒にオリビアの屋敷を訪れていた。
「あら、久しぶりねガルファット。
元気にしていたかしら?」
目の前で椅子に座っているオリビアが笑顔で俺に尋ねてきた。
そんなオリビアに対して、俺も笑顔で頷いた。
「はい、まぁぼちぼちとですが」
「そう、それは良かったわ。
ところで、その後ろのメイドは?」
そう言ってオリビアが視線を向けた先、俺の後ろにはアネッタが立っていた。
「この人はアネッタさんと言って、色々あって今は僕のメイドをしてもらっています」
「へぇ、あなたがメイドを。
少し意外ね、あなたはメイドとか執事は雇わないと思っていたわ」
「まぁ、僕も出来ることならメイドとしてではなく、普通の女性の一人として生活させてあげたい気持ちはあるんですけどね。
アネッタさんには今、僕と同じ部屋に住んでもらっているんですが魔法学校だとメイド以外は基本女性は男子寮に入れないもので」
「そういえばそんな規約があったわね。
それで、今日はどうしたの?」
「実は、二つほどお話ししたい事がありまして」
俺がそう言うと、オリビアは楽しそうな笑顔になった。
「あら、あなたから私に話なんて珍しいわね。
その話というのは?」
「まず1つ目ですが、エマ・ダルネシアさんをご存知ですか?
リカルドさんの妹で第2王女の」
「えぇ、直接会話はしたことないけれど名前と容姿は分かるわ」
「実は学校が長期休みに入る前、僕はエマさんの部下であるウィリアムという人と決闘したんです」
俺がそう言うと、オリビアが少し驚いた表情をした。
「・・・あなたも、姉さんに似てなかなかヤンチャなのね。
何か喧嘩になるような事でもあったのかしら?」
「僕には無かったんですけど、少し許せない事があって」
「つまり、人の為に決闘したのね。
まったく、姉さんといいあなたといい大抵人の為に体を張るんだから」
オリビアはどこか呆れたように、しかし少し嬉しそうな表情で言った。
「それで、オリビアさんに伝えておきたいのは・・・」
俺はウィリアムとの決闘の内容、その後の事も隠さずオリビアに話した。
「なるほど、つまりそのウィリアムというのが貴族だからあなたではなく私に仕返しが来るかもしれないということね」
オリビアの言葉に、俺は頷いた。
「はい、僕がボニータ家の人間だという事はあちらも知っていますし」
しかし、俺の心配と裏腹にオリビアは当たり前のように言った。
「安心しなさい、仮にあちらが何か仕掛けてきても向こうの家を潰すくらい余裕です」
・・・そうだ、時々忘れそうになるがボニータ家は国のNo.2なんだよな。
「どうやら、いらぬ心配だったみたいですね」
俺がそう言うと、オリビアは笑いながら頷いた。
「それで、2つ目の話というのは?」
「あ、そうでした。
今日、ヘラクさんはいますか?」
俺が尋ねると、オリビアは首を傾げた。
「ヘラク?ヘラクだったら、今はメイドに護身術を教えている時間だと思うけど何か用でも?」
「まぁ、少し野暮用が」
「分かったわ。
一応庭にいるとは思うけど、もしいなかったら近くのメイドや執事に確認しなさい」
「はい。
じゃあ、僕はヘラクさんの所へ行ってきます」
俺はそう言って、オリビアの部屋を後にした。




