第101話 手入れと認定
それは、エミリアの家庭教師をして一週間が経った頃だった。
その日は、ボルグはいなくて俺とエミリアの二人で授業をしていた。
「2分はもつようになりましたね。
走り込みの成果が出てきているようです」
俺がそう言うと、目の前で膝に手をついて肩で息をしているエミリアがそのままこちらを見てきた。
「も、もう一度お願いしますわ」
毎回思うが、エミリアの食らいつく根性は本当にすごいな。
だが、俺はそんなエミリアに向かって首を横に振った。
「いえ、今日はこれで終わりにしましょう」
「何でですの!?
まだ時間はありますのに!」
「安心してください。
終わりにすると言ったのは、あくまでさっきの遊びをです。
エミリアさんには、このあと僕の用事に付き合ってもらいますが、その間にやってもらいたいことがあります」
「やって、ほしいこと」
そう呟くように言ったエミリアに向かって、俺は頷いた。
「やることは自体は複雑じゃありません。
エミリアさんには、歩いている間や立ち止まっている間常にある行動をしてほしいのです」
「それで、その行動というのは何なのですか?」
エミリアに尋ねられて、俺は右腕を前に伸ばして手のひらを上に向けた。
そして、手のひらに火の属性の魔力を注入した。
「炎弾」
俺が名前を言うと、手のひらの上にサッカーボールと同じくらいの大きさの炎の弾が出現した。
「この大きさを大としましょう。
次にこれが中で、これが小」
俺はそう言って、エミリアに向かってソフトボールくらいの大きさと小さめの野球ボールくらいの大きさの炎弾を見せた。
「今のを大・中・小、そして基本4属性で順番にやっていってください。
順番は特に決めていないので、エミリアさんの得意な属性でも苦手な属性でも好きな順番でやってもらって構いません」
これは、俺が前からやっていた修行の一つだ。
この修行は、見た目に反してかなり難しいと俺は考えている。
端から見れば遊んでいるように見えるかもしれないが、実際はかなりの集中力が必要だからな。
「さてと、それじゃあ出発しましょうか」
俺がそう言うと、エミリアが頷いた後尋ねてきた。
「それで、どこに行きますの?」
俺は自分の腰に目を落とし、そこに装備されている剣の柄をトントンと軽く叩いた。
「これの手入れをしに行きます」
「すみませーん」
俺は鍛冶屋の入り口で声をかけた。
ここに来るのは2回目だが、どうしても少し緊張してしまう。
まぁ、その理由は分かっている。
「・・・何のようだ?」
鍛冶屋の奥から、前と同じおじさんが出てきた。
そう、このおじさんの妙な威圧感のせいで緊張するのだ。
「えっと、この前はありがとうございました」
俺はそう言って、おじさんに頭を下げた。
うん、お礼は大事だ。
まず最初にお礼を言って好感度を上げておけば、多生の事は許してもらえるからな。
・・・なんか新社会人への説明会みたいだな。
「あの時の坊主か。
あれは喜んでもらえたのか?」
おじさんが言ったあれというのは、多分俺がアルマにあげた首飾りの事だろう。
俺は少し笑顔で、おじさんに向かって頷いた。
「はい、あれ以来肌身離さず身に付けています」
「そうか。
・・・今日は違う女と来たんだな」
おじさんが俺の少し後ろを見ながら言った。
俺もそちらを見ると、そこには魔法の切り替えに悪戦苦闘をしているエミリアの姿があった。
「彼女は僕が家庭教師をしている生徒です」
「・・・坊主が家庭教師をしているのか。
魔法のか?」
「はい、そうですけど・・・驚かないんですね」
俺がそう言うと、おじさんはエミリアを見たまま言った。
「魔法でも剣術でも実力が物を言う世界だ。
坊主のほうが実力があった、ただそれだけの事だろ」
俺はおじさんの言葉に少し驚いていた。
いや、言っている内容自体は当たり前といえば当たり前の事だ。
しかし、事情を知らない人から見れば俺とエミリアの関係には疑問を持つだろう。
7歳の子どもがどう見たって年上の人の家庭教師をしているのだから。
「それで、今日はどうした」
あ、そうだった。
今日は剣の手入れをしてもらおうと思って来たんだった。
俺は腰に装着していた剣を持って、おじさんに手渡した。
「実は、この剣の手入れをしてもらいたくて」
おじさんは俺から剣を受けとると、鞘から剣を取り出してその刀身を見て目を見開いた。
「・・・坊主、この剣をどこで手に入れた」
「え、えっと、父から譲ってもらいました」
「親父は何ていう名前だ」
「えっと、ジーク、ジーク・ファーリンです」
俺がそう言うと、おじさんはいつもと同じ表情に戻りボソリと言った。
「あの野郎、生きてやがったのか」
そして俺の方を見て、顔をじっと見つめた。
「しかも、ガキまでいたとはな。
親父には似てないな、坊主は母親似か」
「は、はい、そうだと思います」
俺は、おじさんの言葉に慌てて頷いた。
前にリカルドにも俺はシルビア似だって言われたことあったしな。
「えっと、おじさんは父をご存知なんですか?」
俺が尋ねると、おじさんは剣の刀身を何かを確認するように観察しながら答えた。
「俺は元々はバルファンクの生まれで、ガキの頃に一緒に遊んだのがお前の親父だった。
あいつがバルファンクを出てからは一度も会ってはいないがな」
「じゃあ、もしかしてその剣を作ったのっておじさんなんですか?」
俺が尋ねると、おじさんはこちらを見ずに答えた。
「いや、これを作ったのは俺の親父、ブルガ・アルレンタだ」
「・・・ブルガ・アルレンタ」
俺が繰り返すように言うと、おじさんは頷いた。
「親父は名の知れた剣専門の鍛冶屋だったが、病気で死んでな。
その親父が死ぬ前に作った2本の剣のうちの1本がこの剣だ」
「そんな大事な剣をなぜ父が?」
「あいつがバルファンクを出る直前、俺が親父に言われて渡したんだ。
親父からの伝言付きでな」
「伝言、ですか?」
「あぁ、”この先、お前が確実に自分を超えると思った奴にこの剣を渡せ“というのが親父の伝言だ。
あいつから聞いていないのか?」
「・・・はい、今初めて知りました」
じゃあ、ジークは俺がジークを超えると思ってこの剣を。
だけど、正直今の俺じゃジークには・・・
「安心しろ、あいつは普段はふざけているが剣に関しては一切妥協はしない奴だ。
親の贔屓目なんかで渡すような奴じゃない」
おじさんは何かを察したのか、俺にそう言ってきた。
その言葉で、俺は少しだけ心が軽くなった気がする。
「坊主、ついてこい。
この剣の使い方を教えてやる」
おじさんはそう言うと、剣を鞘の中に収めて店の奥へと歩き始めた。
「あっ、ちょっと待ってください!」
俺が叫ぶと、おじさんは足を止めてこちらを見た。
俺はそれを確認して、少し離れた所にいるエミリアの方を見た。
「エミリアさん、少し待っててください」
「わ、分かりましたわ」
俺が言うと、エミリアはこちらを見ずに返した。
俺はおじさんの後を追った。
店の裏側の少し広くなっている場所、俺がおじさんに付いていきたどり着いたのはそんな場所だった。
「少し待っていろ」
そう言うと、おじさんは店の中に入り戻ってきた時には、俺の剣とは別の剣と黒光りしている金属のような物を持っていた。
「これでいいか」
おじさんは近くにあった切り株の上に、持っていた黒光りの金属を置くと持ってきた剣を俺に差し出してきた。
「坊主、この剣であれを斬ってみろ」
「え?は、はい、分かりました」
俺はおじさんの真意が分からないまま、とりあえず剣を受け取った。
そして、鞘から剣を抜いて黒い金属に向かって思いっきり剣を振り下ろした。
“キーン”
「え・・・」
俺は、無くなった剣先を見て固まっていた。
確かに、金属に剣は当たった。
しかし、その金属には傷一つついておらず、代わりに俺の持っていた剣の剣先は折れて後ろに飛んでいった。
俺が折れた剣先を見て固まっていると、後ろからおじさんの声が聞こえた。
「安心しろ、それはファラガンっていう特殊な金属だ。
普通の剣じゃ、今みたいに剣のほうが折れちまう」
声のしたほうを見ると、おじさんが折れた剣先を持ちながら俺を見ていた。
「坊主、この剣に魔力を注いでファラガンを斬ってみろ」
そう言って、おじさんは俺の剣を手渡してきた。
「魔力を、ですか?」
「そうだ。
属性は火で構わない、さっきの女の様子からしてお前も魔法が使えるんだろ?
騙されたと思ってやってみろ」
「・・・分かりました」
俺はおじさんから剣を受け取って、鞘から剣を抜いた。
剣に魔力を注ぐ、か。
前にクレア対策に交差斬撃をやった事があったけど、あれは双剣だったからなぁ。
とりあえず、交差斬撃と同じ要領で魔力を注入してみるか。
「え?」
そう思い、俺が剣に魔力を注入し始めた時だった。
何か、違和感が俺を襲った。
なんだ、この感覚。
・・・違う?
そう思ったのは、俺の感情ではない。
まるでこの剣が俺に訴えかけてきているように感じたのだ。
そして何かに導かれるように、俺の魔力の注入の仕方が変わっていった。
さっきまでは剣全体を魔力で覆う感じだったが、今は剣の刃の部分だけを覆い、魔力を薄く鋭くするような感じだ。
これが、正しい使い方って事か。
そしてある一定以上魔力を注入し終わると、今までに感じたことのないような一体感を剣に感じた。
俺は、先程と同じように振りかぶりファラガンに剣を振り下ろした。
“ボッ”
「・・・」
あまりの出来事に、俺は動けなかった。
1回目と違い、ファラガンは真っ二つに切れた。
だが、驚いたのはそれだけではない。
ファラガンを置いてあった木株も切れており、その切り口が炎で燃えているのだ。
俺が固まっていると、燃えている木株に水がかけられた。
どうやら、おっさんがかけてくれたようだ。
「その剣の名前は、ドラグバルガ。
使い手の魔力によって強くなる剣だ」
「使い手の魔力で強くなる・・・」
「そうだ。
その剣は使い手の使い方次第でどんな技も出すことが出来る。
つまり、その剣を活かすも殺すも坊主次第だって事だ」
「ですが、剣とは通常剣士が使用するものですよね?
何で魔力で強くなる剣を?」
俺が尋ねると、おじさんはドラグバルガを見ながらポツリと呟いた。
「俺のご先祖様は、バーデン・アリソンの愛剣ジバニカを作ったらしい。
ジバニカもドラグバルガと一緒で、魔力で強くなる剣だったそうだ。
親父はそれに憧れて、死ぬ間際に自分が作りたかった剣を最後に作った。
そして完成したのがそのドラグバルガだ」
バーデン・アリソン、ここでまたその名前を聞くことになるとは正直思っていなかった。
「坊主、お前に一つ言っておく」
「はい、何ですか?」
そう言うと、おじさんは俺の目を見て言った。
「いいか、剣っていうのは使い手が剣を選ぶんじゃない。
剣が使い手を選ぶんだ。
お前がもしその剣に選ばれていなかったら、あれほどキレイにファラガンは斬れていないはずだ。
つまり、その剣はお前を自分の使い手にと選んだんだ。
絶対に剣に笑われないようにしろ。
お前がその剣を信じて使えば、その剣もきっと応えてくれるはずだ」
おじさんの言葉に、俺は少し心当たりがあった。
さっきの魔力を注入している時、俺を導いてくれた何か。
多分、その正体はこの剣だ。
俺は、この剣に認められたのか。
「ドラグバルガ」
俺は剣の名前を口にして、それを天にかざした。
「おじさん」
「なんだ」
「強いって、どういうことなんでしょう」
それは、俺が何度も考えた疑問だった。
ドラグバルガは、間違いなく強い武器と言えるだろう。
しかし、その武器に認められたからといって俺が強いのかと問われれば違う気がする。
俺の問いに、おじさんは空を見ながら答えた。
「俺は強さの基準なんてものは知らない。
・・・だけどな」
そしておじさんは、拳を天に向かって伸ばした。
「どんなに強い奴でも、絶対どこかに弱さがある。
完璧なんて奴は、存在しないんだ。
だけど、強い奴らってのは自分の弱い部分を理解し補ってくれる奴が必ずそばにいるもんだ。
坊主、お前にはお前の弱い部分を補ってくれる奴はいるか?」
・・・分からなかった。
いないとも断言できないし、いるとも断言できない。
でも、1つだけ確かな物がある。
「分かりません。
ですが、死んでも守りたい人達はいます」
俺がそう言うと、おじさんはこちらを見て「そうか」と呟くように言った。
「ドラグバルガの手入れは受ける。
3日後にまた店に来い」
「分かりました」
俺は、ドラグバルガを鞘に戻しておじさんに手渡した。
すると、俺からドラグバルガを受け取ったおじさんは俺を見て言った。
「坊主、1つだけ言っておくぞ」
「ん?はい」
「お前が死んで悲しむのは、お前が死んでも守りたい人達だって事を忘れるなよ」
「!?・・・はい」
おじさんのその言葉は、俺の脳に深く刻み込まれた。




