第100話 遊びと不満
日の光が生物を殺しにかかってきているのではなかろうかと勘違いしそうなほどに暑いとある日。
長期休みに突入した俺は校長室に来ていた。
「さて、もうすぐ来るはずじゃ」
そう言ったのは、俺の目の前で椅子に腰かけているボルグだった。
「それにしても、よくエミリアさんが承諾しましたね。
絶対に嫌がると思ってましたけど」
俺がそう言うと、ボルグは少し笑いながら返してきた。
「あの子はシルビアの事を尊敬しておるからの。
その息子である坊やに家庭教師をしてもらえるなら、そう簡単に断りはしないじゃろう」
「母さんを尊敬、ですか。
言っておきますけど、僕は母さんみたいに人に物事を教えるのはそこまで上手くはないですから、あまり期待しないでください」
「ホッホッホッ。
それなら、期待しすぎない程度に期待しておこうかの」
“コンコン”
ボルグが笑いながらそう言った時、入り口の扉をノックする音が聞こえた。
「入りなさい」
ボルグが言うと、入り口の扉が開かれそこには一人の少女が立っていた。
そう、エミリアだ。
「失礼します」
エミリアはそう言って頭を下げた後、こちらに向かって歩き始めた。
一瞬エミリアと目が合ったが、何かものすごく嫌そうな顔をされた。
いや、気持ちは分かるけどそんな親の仇みたいな目で見られても。
「それでは二人とも揃った事じゃ、さっそく説明するかの」
ボルグはそう言うと、まず俺の方を見た。
「まず坊やには長期休みの間、エミリアの家庭教師をしてもらう。
授業の内容や教え方は坊やに一任するつもりじゃ。
お主の好きなようにやってくれて構わない」
「分かりました」
俺が頷くと、ボルグは次にエミリアの方を見た。
「エミリアもそれで構わないかの?」
「・・・はい、構いません」
と、そう言ってエミリアも頷きはしたがその表情は少し嫌そうな顔をしていた。
承諾はしているけれど、納得はしきれていないという感じだ。
「さて、さっきも言ったようにエミリアの家庭教師は坊やに一任しておる。
坊や、あとはお主の好きにせい」
「分かりました。
それなら、とりあえず場所を移動しましょうか」
俺がそう言うと、ボルグが腰をあげた。
俺はその場を後にして、ボルグとエミリアも俺に付いていくように校長室を出た。
「この辺りで良いかな」
何度か来たことのある丘上の一本の木の下。
俺が立ち止まったのはそこだった。
「さて、それじゃあ早速ですが授業を始めますか」
俺が振り向いてそう言うと、エミリアは頷きボルグは微笑んだまま俺を見ていた。
「ですが、その前に一つだけ断っておきます。
僕がエミリアさんの家庭教師をしている間は、新しい魔法は多分教える事はありません」
俺の言葉に、真っ先に反応したのはエミリアだった。
「それは、どういうことですの?」
「魔法に関していえば、魔法学校に通っているのですからわざわざ僕が教える事はないと思っています」
「それなら、あなたはいったい私に何を教える気なんですの?」
「僕がエミリアさんに教えるのは、魔法使いの戦い方についてです」
「・・・ほぉ」
俺の言葉にボルグが楽しそうな表情でこちらを見ながら、髭を撫でた。
だが、そんなボルグとは違いエミリアは不満そうな顔をしていた。
「魔法使いの戦闘における動きなら、授業で何度も教わっていますわ。
今さら、何か教わる必要はありませんわ」
「確かに魔法学校にはそういう授業がありますし、僕も一度受けたことがあります。
しかし、あまりボルグ校長の前で言いたくはないのですが、僕はあの授業はほとんど意味がないと感じました」
「それは、教育者であるワシが理由を聞く必要がありそうじゃの」
そう言ったボルグの方を俺は見た。
「ボルグ校長は、前にギラールさんと戦友だと言われてましたよね?」
「そうじゃの、ギラールとは数えきれないほどの戦場に行ったわい」
「なら、その中で剣士や武術を使う人と一対一で戦った事はありますか?」
「何度もあるわい。
あやつらは色々な物に身を隠したり擬態しながら、近づいてくる事があるからの。
一対一の勝負など腐るほどやって、その度に冷や汗を流したものじゃ」
「でしたら、一つ教えてください。
今、魔法学校に在学している魔法使いで、剣士や武術を使う人と一対一で戦ってどのくらいの人が生き残れますか?」
「・・・フッ、坊やは痛いところを突いてくるの」
ボルグは少し笑うと、何かを考えるように空を見た。
「そうじゃの・・・10人が生き残れば良いほうかの」
「10人、ですか」
それは在学している生徒数から考えるととても少ない数字だった。
しかし、たしかに少ない数字だが俺もさっきの質問を自分が問われたらボルグと同じような答えを出していただろう。
「お祖父様!それはどういうことですの!」
だが、やはりというべきかこの答えに不満を持つ人もいた。
「ガーディ先生は、この授業を受ければ勝率9割と言っていましたわ!
あの言葉は嘘だとおっしゃるのですか!?」
ガーディ先生・・・たしか、魔法使いの戦闘面の授業を担当していた人か。
「彼は嘘を言ってはおらん。
あの授業で教わった通りの状況で、相手が想定通りの動きをすればこちらがほぼ勝てるのは確かじゃ」
「それでしたら・・・」
「無理ですよ」
何かを言おうとしたエミリアの言葉を俺は遮った。
「皆が皆、自分が想定したとおりの動きをするとは限りませんからね。
むしろ、想定どおりの動きをしてくれるほうが珍しいくらいです」
「・・・」
俺がそう言うと、エミリアは黙ってしまった。
だが、実際のところ戦場では何が起こるか分からないのだ。
何が起こるか分からないのが普通なんだ。
「と、それも含めてこれから授業をしていきましょう」
「・・・分かりましたわ」
「じゃあ、早速ですがエミリアさんには僕と遊んでもらいます」
「遊ぶ、ですって」
驚いた表情のエミリアを見ながら、俺は頷いた。
「えぇ、ルールは簡単。
これから、僕はあなたの体に触れようとします。
エミリアさんは、僕に触れられないようにしてください」
「それが、授業と何の関係があるというのですの?」
「最低でも10分僕に触れられないようにする事。
それが出来なければ次のステップには進めませんからね」
「フンッ、そんなの簡単ですわ」
エミリアは腕を組み、鼻を鳴らしてそう言った。
「なら、やってみましょうか」
直後、俺たちは鬼ごっこのような形で昼間で遊んでいた。
「ふぁぁぁ、おっと気持ちよくて寝てたわい」
背後の木から、寝起きのボルグの声が聞こえた。
「どうじゃ坊や、そっちの様子は?」
俺はボルグの方を見ずに、目の前で膝をついているエミリアを見ながら答えた。
「平均で20~30秒が限界ですね。
長くても一分はもっていない感じです」
「そうか。
それにしても、エミリアは随分と疲れておるみたいじゃの」
「途中で休憩しようと何度か言ったんですが、休憩なんていらないって言われてさっきまで動きっぱなしでしたから」
エミリアは、今も汗を流しながら肩で息をしている状態だ。
初っ端から少しとばしすぎたか。
「逆に、坊やのほうは疲れていないように見えるがの」
「まぁ、これでも鍛えてはいますからね。
これくらいでバテる訳にはいきませんよ」
「ハァ、ハァ、もう一度お願いしますわ」
目の前で膝をついていたエミリアが、フラフラと立ちあがりながら俺に言ってきた。
しかし、立てているとはいえ今にも崩れてしまいそうな感じだ。
俺はそんなエミリアに向かって、首を横に振った。
「いえ、今日はこれで終わりにしましょう。
まだ初日ですし、こんなにとばす予定ではありませんでしたから」
「何を、言っていますの。
私は、ハァ、まだやれますわ」
「そんな状態じゃいくらやっても無駄ですよ。
今のエミリアさんには、まったく見えていないですから」
「見えて、いない・・・」
俺は空を見上げた。
日が丁度頭上にあり、今が昼時だというのを教えくれている。
「まぁ、そこまで元気があるなら僕から二つ宿題を出しますか」
「宿題・・・?」
「えぇ、一つは今日中に魔力を使いきって下さい。
使う魔法は自由で結構です。
エミリアさんが得意な魔法でも苦手な魔法でも、何でもいいのでとにかく今日中に体内の魔力を空っぽにしてください」
「それで、もう一つは?」
「明日も今日と同じくらいの時間に授業をするので、朝は早起きして走り込みをしてください。
あ、最初から長い距離にしないでくださいね。
後が続かなくなっちゃうので」
「・・・分かりましたわ」
俺はエミリアが頷くのを確認して、頭を下げた。
「それじゃあ、今日はこれで。
ありがとうございました」
俺は頭を上げて、町の方へ歩き出した。
昼時だからか腹も空いてきたし、久しぶりにオアシスで昼飯食べていくか。
「それにしても、これまで多くの人間がエミリアの家庭教師をしてきたが、あんな教え方をするのは坊やが初めてじゃ」
そう言ってきたのは、俺の隣を歩くボルグだった。
俺はボルグの方を見ずに、前を見たまま答えた。
「エミリアさんには、まずは考え方から変えてもらう必要がありますからね。
というか、エミリアさんの方に付いていてあげなくて良いのですか?」
「あの子も一人でいたい時くらいあるじゃろ。
今はその時じゃ」
「・・・そうですか」
「ところで坊や、お主とエミリアがやっておったあの遊びはこのままいけばエミリアはいつ頃勝てそうかの?」
ボルグに尋ねられて、俺は空を見ながら答えた。
「そうですね・・・この長期休みが終わるまでに勝てれば良いかなって考えてます」
「随分と気長に考えておるんじゃな」
「まぁ、あれはあくまで半分は遊びですから。
それにあれで僕に勝てたとしても、基礎ができたっていう話ですし。
他にもやらなきゃいけないことはあります」
「それが、さっきエミリアに言っておった宿題か」
「はい、魔法使いにとって魔力はとても大切な物です。
自分の魔力の総量の把握、そして魔力の総量を上げること、魔法使いとしてはまずここら辺ですね」
「なるほどの、ちなみにあの走り込みは何のためじゃ?」
「あれはただ単に体力をつけるためです。
今のままじゃ、少し厳しそうですから」
魔法使いだからって体力が要らないわけじゃないからな。
この長期休みの間に少しでも体力がつけば、エミリア自身が楽だろうし。
このあと、俺はオアシスで昼飯を食べながらエミリアの授業の予定を立てた。




