第99話 長期休みと禁忌魔法
少女にとってその敗北はとても深く、心にそして記憶に刻まれていた。
敗北、それは誰もが経験をした事のある出来事。
しかし、それまで敗北や挫折というのを味わった事のなかった彼女には、そのたった一度の敗北はとても重い物となっていた。
その少女の名は、エミリア・ラジーア。
現魔法学校校長、ボルグ・ラジーアの孫娘にして少し前まで学校内ではその成績の優秀さから噂されるほどの人物であった。
しかし、ある時期を境に彼女の事を噂する声はほぼ無くなった。
今まで彼女の事を噂していた者達は、別の人物の噂を話すようになったからだ。
そう、ガルファット・ファーリンの噂だ。
「長期休み、ですか?」
俺が尋ねると、イヴァンが笑顔で頷いた。
「えぇ、この学校では一年に二回ほど長期の休みがあります。
一回目がそろそろ来るので、皆は何か予定があるのかと思いまして」
「予定って言われても、長期休みがあるっていうのを今聞いたので予定も何も考えていませんよ」
「おや、そうでしたか。
他の皆はどうですか?」
イヴァンが尋ねると、俺の隣で読んでいた本を閉じたシガラが顔を上げた。
「僕は、一時的にオアシスを手伝おうかと思います」
「ん?また手伝うのか?」
俺が尋ねると、シガラはこちらを見て頷いた。
「うん、アルマちゃんが入ってくれたって言っても忙しい事に変わりはないからね」
「あ、じゃあ私も手伝おうかな」
シガラの言葉に反応してそう言ったのは、シガラとは逆側の俺の隣に座っているロミアだった。
「ロミアも手伝うのか?」
「うん、休みの日だからってやりたいこともないし。
それにオアシスでまた働けるなら、料理もいっぱい作れるし」
「そういうことか。
ヘレナは何か予定はあるのか?」
俺が尋ねると、シガラの隣にいるヘレナがこちらを見た。
「わ、私は図書室で本を借りようかな」
「あー、それ良いな。
休みの間読書漬けも悪くないか」
「ガル君、よく図書室に行ってるよね。
何かオススメの本とかある?」
「俺のオススメだと全部冒険物とかバーデン・アリソン関係だからなぁ。
その中からなら、七本の剣っていう本が一番読みやすいかもしれないな。
図書室の一番奥の右側の棚にたしか置いてあったよ」
「七本の剣だね、今度探してみるね」
そう言ったヘレナに俺は頷いた。
「そういえば、イヴァン先輩は何か予定があるんですか?」
俺が尋ねると、イヴァンは首を横に振った。
「残念な事にありません。
故郷に帰る事も考えましたが、それだとあまりに時間がないですし」
「せっかく帰ったのに慌ただしいのは嫌ですもんね」
それにしても、イヴァンを除いた三人は何だかんだ予定はあるのか。
「俺もどこかで働こうかな」
「ガルも働くの?
私とシガラと一緒に、オアシスで働く?」
「いや、やめておく。
二人はオアシスで働いていたからいいけど、俺は働いた経験ないから邪魔になるだろうし。
何か自分で仕事探してみるよ」
と、ロミアに言ってはみたが仕事紹介してくれる人いるかなぁ。
「珍しいですね、あなたが職員室に来るなんて」
俺にそう言ったのは、目の前で自分のデスクに座っているムミータだった。
「実は、先生に相談したいことがありまして」
「私に相談ですか?一体なんでしょうか?」
俺はムミータに屋上での会話の一部を話した。
「なるほど、つまり長期休みの間に短期間の仕事をしたいからそれを紹介してほしいと」
ムミータの言葉に、俺は頷いた。
「はい、賃金に関してはこだわりません。
あくまで自分が仕事を体験するというのが一番の目的ですから」
前のウィリアムとの決闘で手に入った金があるし、金には困ってないからな。
「・・・そうですか。
しかし、正直なところあなたに仕事を紹介するのは難しいですね」
「まぁ、そうですよね」
ムミータは少し難しい顔をして考え込んでいた。
そりゃそうだよな、七歳の子どもにいきなり仕事紹介してくれって言われたら戸惑うよな。
俺とムミータが少しの間考え込んだ後、知っている人物が声をかけてきた。
「珍しいの、坊やがここにいるとは」
俺は声のした方を見た。
するとそこには、長身の老人が立っていた。
そう、ボルグだ。
ボルグの姿を確認すると、座っていたムミータが立ち上がった。
「ボルグ校長、実は彼に相談事を受けまして。
知恵をお借り出来ませんか?」
「こんな老いぼれの知恵で良ければいくらでも貸すわい。
それで、その相談事とは?」
「実は、彼に長期休みの間に出来そうな仕事を紹介してほしいと頼まれまして」
「ほぉ、仕事を」
「はい。
ですが、お恥ずかしながら私では良い仕事が思い浮かばなくて。
何か彼にオススメの仕事はありませんか?」
「うーん、坊やに合いそうな仕事・・・時に坊やお主は頭と体どちらを動かすのが好きかの?」
唐突にボルグに質問され、俺はボルグの顔を見た。
「え?どちらも好きですけど、強いて言うなら頭ですかね」
「ほぉ、ならお主にもってこいの仕事があるわい。
もちろん報酬も弾むぞ」
「・・・何だか嫌な予感がするんですけど」
「ホッホッホッ。
まぁ、仕事の内容を聞くだけでも良かろう。
仕事を受けるか受けないかはその後で決めても大丈夫だからの」
「うーんそうですね。
分かりました、とりあえずどんな仕事かは教えてもらいたいです」
「なら、場所を移動するかの。
すまんが、坊やを少しの間借りるぞ」
「はい、よろしくお願いします」
そう言うと、ムミータはボルグに下げた。
そして俺は、ボルグの後を付いていくように職員室を出た。
「それで、その仕事の内容というのは?」
俺は校長室の椅子に座り、こちらを見ているボルグに尋ねた。
「そう難しい話ではない。
お主に、エミリアの家庭教師をしてもらおうとおも」
「それでは僕はこれで失礼します」
「まぁ待ちなさい」
校長室を出ようとした俺をボルグが即座に引き止めた。
俺はものすごく嫌そうな顔でボルグを見た。
「・・・」
「お主の言いたいことは分かっておる。
だから、とりあえずその顔をやめてはくれぬか」
「・・・分かりました。
ですが、何で僕にエミリアさんの家庭教師を?
他の人では駄目なのですか?」
「エミリアは魔法を無詠唱で扱える事は坊やも知っておろう。
無詠唱で魔法を扱える者は少なく、それに加えてエミリアのあの性格じゃ。
他の者では家庭教師など務まらんのじゃ」
「では、ボルグ校長が教えるのは?」
「それが出来ればとっくの昔にやっておるわい。
理由は話せぬが、ワシでは出来ない」
「そうですか。
ですが、いくら僕でも本気ではなかったとはいえ一度殺しかけた人の家庭教師をするのは気が進みません」
「無茶な事を言っているのは、ワシとて百も承知じゃ。
しかし坊や以外に頼めそうな者もおらんのじゃ。
頼む、この老いぼれを助けると思って引き受けてはくれぬか?」
そう言うと、ボルグは机に両手をついて頭を下げてきた。
うーんここまでされるとさすがに俺も断るのを躊躇うけど、だけどなぁ。
「・・・分かりました、前向きに検討します。
ですが、それならこっちからも一つ条件を出させてもらって良いですか?」
「何じゃ?
ワシに出来ることなら何でもするが」
「校長はあらゆる魔法を扱えるから大魔法使いと呼ばれているんですよね?
そんな校長に、一つ教えてもらいたい魔法があるんです」
「ワシは構わぬが、その魔法とは?」
「禁忌魔法の移動魔法です」
俺がそう言った瞬間、部屋の中の空気が変わった。
先程までとは明らかに違う空気が俺の肌にピリつく痛みを感じさせている。
俺は何度かこの空気を体験している。
しかし、今まで体験してきたものとは明らかに空気の重さが違う。
そしてこの空気にした張本人であろうボルグは、先程とは似ても似つかない恐ろしい表情で俺を睨んでいた。
「・・・坊やはそれを、何に使う気だ?」
それは当たり前といえば当たり前の質問だ。
しかし、俺の脳はその質問を別の意味で捉えていた。
多分、返答を間違えれば殺される。
まいったな、変なことに使うつもりはまったくもって無いんだが。
「正直なところ、特に大きな事に使うつもりはありません。
ただ、僕も家を出てこの学校に通っている身なのでたまには家族の顔が見たいなって思っただけです。
長期休みの間一回帰ろうかと思ったんですが、それだと日にちが足りなくて移動魔法があれば楽かなと」
「・・・なるほど、そういうことじゃったか」
そう言うと、先程までボルグから発せられていた殺気が消えた。
とりあえず、納得はしてくれたようだ。
「残念じゃが、ワシから坊やにその魔法を教えることは出来ない。
坊やだけではない、他の者にも禁忌魔法に関しては一切教えることは出来ないのじゃ。
理由は・・・坊やなら察しがつくじゃろう」
「まぁ、何となくは。
禁忌魔法が禁忌と呼ばれる所以ですよね」
移動魔法だけではなく、禁忌魔法全般はその便利性と危険性から今でもその使用と研究が禁止されている。
そう簡単に教えてもらえるとは思ってなかったけど、案の定か。
「しかし、こちらから頼み事をしておいてただ無理だと突っぱねる訳にもいかないからの。
今回の所は、これで勘弁してはくれぬか」
そう言うと、ボルグは机の引き出しを開けて一冊の薄い本を取り出した。
「その本は?」
「バーデン・アリソンがこの世に残した禁忌魔法、それぞれの名前と効果が書かれているものじゃ。
普通ではまず手に入らない一冊じゃ」
「そんな本を貰ってもいいんですか?」
俺が尋ねると、ボルグが頷いて返してきた。
「その本には魔法の発動条件などに関しては一切書かれてはいないからの。
逆にいえば、その内容がワシがお主に教える事のできる情報のギリギリじゃ」
「・・・分かりました。
改めて、エミリアさんの家庭教師の話し検討させていただきます」
「助かる。
引き受ける気になったらまたワシに声をかけてくれ。
その時に詳しい内容を話すわい」
「はい、じゃあ僕はこれで失礼します」
俺はボルグにそう言って、本を持って校長室を後にした。
「それにしても、坊やが禁忌魔法を覚えたいとはの。
・・・いつか坊やも気づくかの、消された真実の歴史に」




