第98話 称号と師の師
ガルファットが欲しくもない番長の称号を手に入れていた頃、一人の少女はモンコイストのとある道場にいた。
「ハァ!」
相手の放った上段蹴りが僕の頭を上を通過する。
相手が蹴る位置を失敗したわけではない、僕が相手の蹴りをしゃがみながら避けて懐へと潜り込んだのだ。
そこから相手の肉体を支えている一本の足を攻撃し、体勢を崩した所を腕をとり関節技を決める。
数秒すると、相手が僕の足を掌で叩いた。
これは降参の意味だ。
僕は腕の拘束を解いて立ちあがり、相手に一礼をした。
周りでは、まだ組み手をしている人達がいる。
僕はその人達の邪魔にならないように、道場の端へと移動した。
「クレアよ、調子はどうだ?」
端へ移動して少しすると、一人のおじいさんが声をかけてきた。
僕はその人に頭を下げた。
「おはようございます、師匠。
先程、50人目との組み手が終わりました」
僕がそう言うと、師匠は僕の隣に立って笑いながら組み手をしている人達のほうを見た。
「その様子だと勝ったようじゃな。
ここだとお主の相手になる者はいないじゃろう。
他の道場へは行かぬのか?」
「さっきの戦いも危ない場面はありました。
それに僕が育ったのはこの道場ですから」
「そうか。
・・・時にクレアよ、お主良い眼をするようになったの」
「眼、ですか?」
僕が尋ねると、師匠はこちらを見て微笑んだ。
「昔のお主の眼は下ばかり見ておったからの。
しかし、今のお主の眼は前を見ておる。
今まで見えてこなかったものが見えた証拠じゃ」
「・・・師匠、僕も弟子を持って師匠と呼ばれる身になりました。
昔の僕が見えなかったものを今見る事ができているのは、その弟子のおかげです」
「ハッハッハッ、そうかお主も弟子を持ったか。
お主は物覚えが悪かった分、人に教えるのは丁寧になるじゃろう」
「僕には勿体ないくらいに優秀な弟子です。
きっと、すぐに一人前になって僕なんか追い抜かしちゃいますよ」
実際、今だってガルファット君との手合わせは気が抜けない。
あと数年もすれば、僕なんて簡単に追い抜かされてしまう。
「師とは弟子に抜かされるものじゃ。
・・・それにしても、お主も弟子を持ったか。
このままいけば、二つ名を持つのもそう遠い話ではなさそうじゃな」
師匠の言葉に、僕は慌てて首を横に振った。
「そ、そんな!
二つ名をいただくなんて、僕にはそんな資格は・・・」
「このワシがお主の名を覚えている。
それだけで充分な資格だと思うがの、クレア・ラリオットよ」
「それは・・・」
僕の師匠、エゴル・ボンネスはこの世に三人しかいない武術を極めた人に与えられる武聖の称号の持ち主。
そして師匠は、自分が認めた人の名前しか覚えない。
正直なところ、なんで師匠が僕の名前を覚えているのかは分からない。
僕に師匠が認めてくださるほどの実力があるとは思えない。
「僕はまだまだ未熟です。
武王の称号すらまだ持っていない僕には、二つ名なんて貰えても身に余りすぎます」
「そうか、お主はまだ武王の称号を持っておらんのか。
ならばクレアよ、今をもってお主に武王の称号を与える」
「し、師匠、いくらなんでも唐突すぎます!」
「本当なら武帝の称号を与えても良いくらいだ。
お主を除いて果たして何人がワシの攻めを捌ききれると思う」
「・・・“音速”のエゴルの突きは一度しか避けれていません」
僕がそう言うと、師匠はまた声を出して笑った。
「ハッハッハッ、それでも一度避けたのはたしかじゃ」
音速、それが師匠の二つ名。
師匠の攻撃は、最速だと音を置いていく。
たしかもうすぐ70歳になるはずだけど、見た目はともかく武術の動きは衰えを感じさせない。
僕は一度師匠の最速の突きを避けた事がある。
だけど、あれはあの時偶然できた事。
もう一回やってみろと言われたら、できる気がしない。
「まぁ、お主が戸惑う気持ちも分かる」
そう言うと、師匠は真剣な顔で前を見た。
「この世で二つ名を持つというのは、武術家であれ剣士であれ魔法使いであれ、名を広く知られるほどの実力を持っているという証。
しかしワシは、お主にはそれに見合う実力があると思っている。
そしてワシが生涯を終える時、次の武聖の称号はお主に与えたいともな」
「師匠!それは聞き捨てなりません!」
大きな声でそう叫んだのは、僕ではなかった。
叫んだ人物はつい先程まで組み手をしていて、今は僕と師匠の前に立っている。
「お主は・・・誰じゃったかの?」
「弟子のハンゴルです!
なぜこのような者が次期武聖なのですか!
それなら、このハンゴルこそ次期武聖に・・・」
「口を慎め若僧」
「!?」
それは悪寒にも似た殺気。
いつもの温厚な師匠とは明らかに違う、恐怖すら感じる殺気。
「・・・ハンゴルと言ったな」
「ハッ、ハイ!」
ハンゴルは慌てて返事をすると、その場に片膝をついた。
恐怖のせいだろうか、頭を上げれていない。
「お主、称号は持っておるか」
「ぶ、武王の称号を」
「なるほど、つまり武王でありながらワシが名を覚えておらんような奴が口を挟んだという事じゃな。
ワシも随分と甘く見られたものじゃ」
「そ、そのようなことは!
師匠を甘く見たことなど一度も・・・」
「それならさっさと練習に戻れ。
名も覚えておらぬような者に用はない」
「ハッ、ハイ!」
ハンゴルは返事をすると、慌てて組み手をしている人達のほうへ行った。
「師匠、相変わらずすごい殺気ですね」
僕がそう言うと、師匠はまた笑顔で僕を見た。
「ハッハッハッ、若い頃に比べたらだいぶ衰えておるがの。
しかしワシも生涯現役を掲げる身、まだまだああいう者には下に見られる訳にはいかぬからの」
「師匠なら、あと100年くらい平気で生きている気がします」
「ワシとてそこまで貪欲ではない。
100歳まで生きれれば満足じゃ」
師匠は笑いながら冗談で言っていると思うが、この人なら本当に100歳まで生きている気がする。
「師匠らしいです。
それでは、僕はこのあと用事があるので今日はこれで失礼します」
「そうか、またの」
僕は師匠に頭を下げて、道場を出た。
道場から少し歩いた場所にある森、その中の少し拓けた場所に僕は来ていた。
「・・・懐かしい」
その場所は、僕がまだ旅に出る前によく友達と遊んでいた場所。
追いかけっこをしたり、木登りをしたり、色々な事をした。
だけど、その中でも一番覚えているのは僕たちが木折と呼んでいた遊びだ。
ルールは簡単で、今の僕が腕をまわしても届かないくらいに太い木に掌底打ちをして誰が先に木を折れるかというものだった。
当時は何も思わなかったけど、今になって考えてみるととても子どものやる遊びには思えない。
そういえば、あの頃はよく師匠が僕たちの遊んでいる時に来てたっけ。
木折の時も、僕たちが怪我をしないように見ててくれた。
「・・・またあの頃に戻りたいなぁ」
もうあの頃のように皆で遊ぶって事は出来ない。
あの事件のせいで、僕たちは大切な人を失った。
僕と同じように思っている人達も多分いる。
「ロルゴ君・・・」
それは、今は何処にいるかも分からない友の名前。
昔、僕が止める事が出来なかった友の名前だった。
僕が憧れて、追いかけて、そして結局追い付けないまま彼は僕たちの前から姿を消した。
この町に来てから、彼の事を少し聞いて回ってはみた。
だけど、やっぱりあの事件以来彼の消息を知っている人は誰もいなかった。
今も生きているのか、はたまた死んでいるのかも分からなかった。
僕は少し歩いて、近くにあった木にもたれ掛かるように地面に座った。
・・・ガルファット君達、今頃何をしてるのかな。
みんなと別れたあの日から、ずっとみんなの事が頭から離れなかった。
ガルファット君、ロミアちゃん、アルマちゃん、シガラ君、それにフィーネさんやジークさんにシルビアさん。
僕は家族ともう何年も会っていない。
多分、この先も会うことはないと思う。
僕を家族のように接してくれた人達が、僕を友達として慕ってくれた人達の事がずっと頭をよぎる。
だけど、その中でも一番考えていたのはガルファット君の事だった。
好きな人だから、というのもあると思う。
だけど、それと同時にガルファット君の姿はどこかロルゴ君と重なる所があるからというのも理由になっていると思う。
純粋に、だけど貪欲に力を求める姿は二人とも同じ。
だから、僕はガルファット君とあんな約束を・・・。
「・・・はぁ」
溜め息が漏れた。
今、ガルファット君達は自分達の意思で魔法学校に通っている。
色々な事を学んで、色々な経験をしているだろう。
師として、友人として、それを邪魔するような事はしたくないししちゃいけないのは分かっている。
けれど、皆に会いたい。
「ダメダメ!」
僕は慌てて首を横に振った。
皆が頑張ってるのに僕がこんな甘えてちゃダメだよね。
それに、次にガルファット君達に会うときはもっと立派になってなきゃ。
・・・立派に、か。
どうしよう、師匠には武王の称号を与えるって言われたけどちゃんと試験を受けたほうがいいよね。
弟子を持つ師匠としては、称号は持っておいたほうがいいと思うし。
明日、師匠に頼んでみようかな。
武王の試験も決して簡単ではないけど、ガルファット君達も魔法学校の入学試験を合格したんだし僕も頑張らなきゃ。
そして、もし武王の試験に合格して僕が立派になれたって思ったら皆に会いに行こう。
ただでさえ皆とは手紙でのやり取りしか出来てないんだし、なるべく早く立派にならなきゃ。
・・・じゃないと、僕の方が淋しいし。
僕がそう考えていると、とても気持ちの良いそよ風が吹いた。
とりあえず、さっきの事は後で考えよう。
今は、ちょっとだけお昼寝しようかな。
眼を閉じると、とても強い睡魔に襲われた。
僕はそのまま少しの間眠りについた。




