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第103話 見えたものと見えないもの

オリビアとの話を終えた後、俺はメイドに案内をしてもらいヘラクのもとへ向かっていた。


「ヘラクさんはあちらにいらっしゃいます」


目の前を歩いていたメイドが立ち止まり、こちらを振り向いて言った。


目の前を見ると、見覚えのある巨体と護身術の指導されているのであろう数人のメイド達の姿があった。


「それでは、私は仕事に戻りますので」


「あ、はい。

わざわざありがとうございました」


俺がお礼を言うと、メイドはこちらに頭を下げてその場を去った。


「あの方がヘラクさん、ですか」


「えぇ、初めて見たときにも思いましたがものすごく大きい人です。

それに・・・やっぱり強い人です」


俺は後ろにいるアネッタの方を見ずに返した。


目の前にいるヘラクから出ている威圧感を感じながら。


体格の差、ではないな。


この威圧感はもっと別の所から来ている。


強い人が発するものだ。


・・・魔法や剣術、武術を習い始めた頃の俺じゃ分からなかっただろうな。


でも今は、肌にヒシヒシと伝わってくる。


まったく、背後から襲ったりしたら何十倍にもなって返ってきそうだな。


だけど、だからこそ、この人に決めたんだ。


俺はヘラクに歩み寄り声をかけた。


「あの、すみません」


俺の声が聞こえたのか、ヘラクはこちらに振り返って俺を見た。


「君は・・・」


俺は考えているヘラクに頭を下げた。


「初めまして、という訳ではないんですが名前だけでも先に。

ガルファット・ファーリンと申します」


「ガルファット様!?」


「ん?」


急に名前を呼ばれて、俺は声のしたほうを見た。


そこには、前に俺に粗相をしたメイドがいた。


「サリーさん、お久しぶりですね」


俺が声をかけると、サリーは慌てて頭を下げた。


「お、お久しぶりです!

えっと、ガルファット様が何故ここに?」


「ちょっとヘラクさんに用事がありまして」


「ガルファット・・・そうか、君がオリビア様の」


「はい、オリビアさんの甥っ子です」


「それで、私に用というのは?」


ヘラクに尋ねられて、俺はもう一度ヘラクに向かって頭を下げた。


「お願いがあります。

僕と、手合わせしてもらえませんか?」


「手合わせ、だと」


「ガルファット様!おやめください!」


俺を止めたのはサリーだった。


「ヘラク様は武術の達人です!

ガルファット様がどれだけ強くてもヘラク様には」


「だからです!」


俺は顔を上げて、ヘラクを見た。


「ヘラクさんが強いのは、嫌になるくらい伝わってきています。

でも!だからこそ!僕はこの人と手合わせしたいんです!」


「何故、そこまでして私と闘いたいんだ」


「・・・僕には守りたい人達がいます。

その中には、僕なんかより強い人も師匠も含まれています。

前までの僕だったら、違う事を考えていたかもしれません。

でも今は、その人達と一緒に生きたいんです!

大切な人達を守れる力が欲しいんです!

だからお願いします!僕と手合わせをしてください!」


ヘラクは表情を変えず、俺を見つめていた。


「手足の2、3本持っていくかもしれないぞ」


「大丈夫です。

手足持っていかれないようにする為の方法を、師匠に教わってきましたから」


「・・・分かった、相手をしよう」


「あ、ありがとうございます!」


俺はヘラクに頭を下げた後、少し距離をとった。


「アネッタさん、そういうことなので少し離れていたほうが良いですよ」


俺がそう言うと、アネッタは心配そうな顔で頷いた。


「はい。

その、ガルファット様どうかお気をつけて」


アネッタのその言葉に、俺は苦笑いしながら返した。


「まぁ、手足持っていかれないように努力します」


俺がそう言うと、アネッタは俺から距離をとった。


「さて、始めようか」


そう言ってヘラクが構えをとった時だった。


俺は息苦しさを感じたのと同時に、嫌な汗が出た。


なんていう殺気だ、ヘラクから目を離せなくなった。


目を離した瞬間に死ぬ、そう思ってしまうような重い殺気だ。


だけど、俺もそう簡単に引くわけにはいかないんだ。


俺も構えをとって、ヘラクを見る。


「・・・良い眼だ。

では、こちらからいかせてもらおう」


ヘラクが猛スピードで突っ込んでくる。


速い!けど、避けられない速さじゃない!


俺はヘラクのタックルを流すようにかわした。


ヘラクがブレーキをかけて、こちらに振り向こうとする。


左足の蹴りが来る!両腕でガード!


「ぐあっ!」


俺の左脇腹にヘラクの右拳のパンチがクリーンヒットした。


そのまま数メートル、俺は吹っ飛んで転がった。


俺はすぐに体勢を立て直してヘラクを見た。


クソッ、ものすごい重いパンチだな。


体全体に痛みが広がっていやがる。


いやそれよりもだ!


何で今、右ボディをもらったんだ!?


さっき、俺はヘラクの動きを先読みして左の蹴りが来ると思ってガードした。


なのに、実際に俺が受けたのは右ボディだった。


攻撃速度も速いし、重さもクレアの比じゃない。


こりゃ、本当に手足を持っていかれそうだ。


ヘラクは構えをとって俺を見ている。


とりあえず、さっきみたいにタックルされたら二の舞になる可能性がある。


ここは、ジリジリと距離を詰めてヘラクの懐に飛び込むんだ。


俺が少しずつ距離を詰めていくと、ヘラクも同じように距離を詰める。


まだだ、もっと詰めるんだ。


ヘラクは体格がテガイ分、潜り込む事さえできれば俺にも勝機はあるはずだ。


もっとだ、もっと詰めろ。


・・・今だ!


俺は自分の距離に持ち込めた瞬間、ヘラクの懐に飛び込んだ。


しかし、そこにヘラクの姿はなかった。


え、消えた・・・後だ!


俺は急ブレーキをかけて、後ろを向いた。


ヘラクが左拳を振りかぶっている。


今度は左のパンチか。


俺は両腕のガードを上げて、顔をガードした。


「ガァッ!」


俺の右脇腹にヘラクの左の蹴りが入る。


“ボギッ”


「ぐっ」


蹴られた脇腹から鈍い音がした。


その瞬間、とてつもない激痛が俺を襲った。


間違いなく、肋を持っていかれたな。


俺は受け身をとることが出来ず、地面を転がり大の字になった。


「ガルファット様!」


「サリー、近づくな」


「しかしヘラクさん、これ以上は・・・」


「まだ勝負は終わっていない。

・・・ガルファットの気はそう言っている」


ヘラクの言葉に反応するように、俺は痛む脇腹を抑えながら立ち上がった。


「似ているな」


「え?誰にですか?」


俺が尋ねると、ヘラクはこちらを見たまま答えた。


「前に戦った少女にだ。

名前はたしか、クレアと言っていたな」


「その人は僕の師匠です」


俺が返すと、ヘラクは表情を変えずに俺に返した。


「そうか、君はあの少女の弟子か。

どうりで動きが似ているはずだ」


「それは、ありがとうございます」


「しかしそれにしては、君の眼はまだ閉じたままのようだな」


「え・・閉じたまま?」


ヘラクの言葉に、俺は動揺した。


どういう事だ?俺は今しっかりと眼を開いてヘラクを見ている。


眼を離してすらいないはずだ。


しかしヘラクは、俺の眼は閉じたままだと言っている。


・・・分からないな。


なら、この手合わせでその答えを見つけてやる。


「再開しよう」


そう言うと、ヘラクが俺に向かって突っ込んでくる。


クソッ、こっちも動きたいのはヤマヤマだけど脇腹が痛んで動けねぇ。


そうこうしている間に、ヘラクが俺の目の前で来ていた。


左拳でのパンチ!ガード!


俺は咄嗟に腕を上げてガードしようとした。


・・・しかし


「ぐっ」


先程痛めた脇腹の痛みでガードのタイミングが遅れた。


マズイ!もろに貰っちまう!


俺がそう思った時だった。


“ブン!”


「え?」


まるでバットをスイングした時のような風切り音が俺の頭上で聞こえた。


俺は、地面に膝をついていた。


すぐに顔を上げて、ヘラクを見る。


ヘラクは、少し驚いた表情をしながら左足1本で立っていた。


ヘラクが繰り出したのは左拳のパンチではなく、右足での蹴りだったのだ。


俺と目が合うと、ヘラクは後ろへ跳んでまた構えをとった。


俺も、とりあえず何が起こったか分からないまま立ち上がった。


何だったんだ、さっきの感覚は。


ヘラクの蹴りを避けたのは、俺の意思とはまったく別だった。


意思じゃない、まるで本能で避けたような。


本能?俺の体が咄嗟にヘラクの攻撃を察知して避けた。


「どうやら、君の眼を開かせてしまったらしいな」


ヘラクが呟くようにそう言った。


俺の眼?でも、さっき俺はヘラクの攻撃を見れていなかったはずだ。


・・・いや、違う。


俺の眼球はヘラクを見ていなかった。


だけど、俺の体はヘラクを見ていたんだ。


俺の体全体が、全細胞がヘラクの動きに反応したんだ。


「・・・そういうことか」


(見えないものを見ようとするのは難しい。

だから、まずは見えるものを全部避けられるようになれば良い。

そうすれば、見えないものもいつか見えるようになる)


今なら、クレアのあの言葉の意味が分かる。


俺がヘラクの攻撃に対して違う読みをしていたのは、ヘラクのフェイントによるものだった。


そして、俺にはヘラクのフェイントが見えていていたがそのせいでヘラクの本命の攻撃が見えていなかった。


しかし、俺の体にはフェイントは通じなかった。


それはそうだ俺が色々考えたのではなく、体が勝手に避けたのだから。


見えるものは全部防げていた。


だから今度は、見えなかったものを見る番だ。


そして俺は、静かに眼を閉じた。


暗い、真っ暗だ。


だけどその分、体は周りの変化に敏感になる。


俺は眼を閉じたまま、構えをとった。


「不思議だな、眼を閉じている今の君のほうが先程の何倍も強く感じる」


ヘラクの声が聞こえる、眼を閉じている今のほうが開けている時の何倍も聞き取りやすい。


「僕も、今のほうが攻撃を避けられそうな気がします」


「そうか。

ならばその言葉、ハッタリかどうか確かめさせてもらおう」


来る!


感じる、聞こえる、ヘラクがこちらに突っ込んでくるのが。


眼を閉じているはずなのに、俺にはその姿がしっかりと分かった。


・・・左にステップ!


俺は体を感じたのと同時に左に避けた。


先程俺がいた場所で、重い風切り音が聞こえた。


間違いない、俺は今ヘラクの攻撃を避けた。


・・・下にしゃがめ!


俺は体の反応に従った。


俺の頭上で、また重い風切り音が聞こえた。


いける!これならまだまだ俺も戦える!


「どうやら、ハッタリではないようだな」


ヘラクの声が聞こえた。


しかし、何だこの感覚は。


眼を開けている時には感じなかった感覚を俺は今感じている。


「ならば、私も全力を出そう」


!?


俺はヘラクから距離をとった。


いや、体がそうさせたのだ。


分かるんだ、俺の肉体がヘラクを怖がっているのが。


そうか、この感覚はまさしく絶対的捕食者と獲物だ。


しかし俺は、ヘラクに向かって構えた。


「今の私に臆さず挑もうとするか」


「正直な事を言えば、体は今すぐにでも逃げろって言っています。

ですが、あともう少しで何か掴めそうなんです。

それが何か分かるまでは、引くわけにもいきませんし死ぬわけにもいきません」


「その心意気、称賛に値する。

いくぞ、ガルファット」


「・・・はい!」


そして、俺とヘラクの勝負は










「ここまでだな」


「・・・はい」


俺の惨敗という形で幕を降ろした。


俺は、大の字になって空を見ていた。


反応、しきれなかった。


まったく見えなかった訳じゃない、しかし体がヘラクの攻撃の速さについていけなかったんだ。


それに、両足と左腕の骨も折られた。


とてつもない破壊力だった。


まるで、丸太でぶん殴られたような感覚だ。


「ガルファット様」


俺とヘラクの戦いが終わったのを察したのだろう、アネッタが俺の体を起こして上半身を自分の体にもたれかかせた。


「サリー、ガルファットの手当てをしてやれ。

4、5本骨が折れているはずだ」


「は、はい!」


そうサリーに言ってどこかに行こうとしたヘラクに俺は声をかけた。


「ヘラクさん」


俺が名前を呼ぶと、ヘラクはこちらに背を向けたまま立ち止まった。


「ありがとうございました」


俺は今できる限りの力で、ヘラクに頭を下げた。


すると、ヘラクはこちらを振り返らないで答えた。


「・・・礼をいうのは私もだ。

久しぶりに、熱くなれる手合わせだった。

・・・ガルファット」


「はい」


「このままいけば、君はまだまだ強くなる。

私のいる所まで昇ってこい、その時が来たら再戦しよう」


「はい!」


俺が返事をすると、ヘラクはそのままどこかに立ち去っていった。


「ガルファット様、今すぐ治療致します。

動けますか?」


俺の隣に来て、サリーが声をかけてきた。


「いえ、大丈夫です。

幸い右腕は動きますから、魔法で治療できます」


「わ、分かりました」


「アネッタさん、1つだけお願いしていいですか?」


「はい、何でしょうか?」


「少しだけ、このままでいてもらえますか?

負けたはずなんですが、妙に清々しい気持ちなんです」


「分かりました。

ガルファット様が満足されるまで、いつまでもどうぞ」


俺が頼むと、アネッタは笑顔で返してきた。


青い空が目の前に広がる。


まだまだ強くなる、か。


超える目標が、また1つ増えちまったな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 目に見えてるものを追っかけるだけなら三流。心眼レベルが使えて一流。
2020/01/16 00:02 退会済み
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