第28話 またストーカー男になってもいい
何とも言えない重苦しい空気が立ち込める教室。
こんなことを望んでいたわけではない。
――俺は凛に対して罪悪感を抱いていた。
「ねえ、なんか言いなよ! 拓海だって……凛ちゃんに裏切られて、すごく傷ついてたんだよ……」
「…………」
涙ぐむ千夏の言葉を受けても、凛は俯いたまま何も答えない。
鈍感な俺にだって分かるくらい、教室中のどす黒い感情が凛ひとりに集中していく。
それにしても……妙な空気だな。
被害者が俺から神宮寺に変わっている気がする。
確かに、凛は俺をこれ以上ないくらい酷く傷つけた。
だが俺から言わせれば、無責任に噂を広めていたやつらだって立派な加害者だ。
自分たちも凛に騙された『被害者』だと思いたいのだろうか。
自分勝手な被害者意識を、神宮寺に都合よく乗っけているようにしか見えない。
本当に気持ち悪い流れだ……。
なんだか胸がムカムカしてくる。
このまま凛だけが悪者になるのは、なんだか胸糞悪い。
夏休み前日のあれが原因でこうなっているのなら、俺にも責任がある。
俺は大きく息を吸ってから、凛の席へと歩み寄った。
「凛……」
声をかけると、凛の肩がピクッと跳ねる。
しかし――。
「っ……」
凛はつらそうな顔で視線をそらすと、そのまま逃げるように教室を出て行ってしまった。
(おいおい。今それはあかんて……)
「なにあれ……ありえなくない?」
「ねー。性格終わってる」
「最低じゃん……」
案の定、教室の空気はさらに悪くなった。
凛を悪く言うヒソヒソ話が、あちこちから聞こえてくる。
(まずいな。俺が余計なことしたせいで……)
裏目に出た自分の行動に肩を落としていると、不意にポンポンと肩を叩かれた。
「ん?」
振り返ると、そこには心配そうな顔をした伊藤さんがいた。
彼女は眉をぎゅっと寄せて、くりっとした目を不安そうに揺らしながら口を開く。
「ずっと気になってたんだけど……凛さんと何かあったの?」
(……あ、そういえば伊藤さんになんも言ってなかったわ)
「あ、ごめん言うの忘れてた! あとでちゃんと話すよ」
俺は気まずさを誤魔化すように首の裏をぽりぽりと掻きながら答えた。
◇
昼休み。
多目的ホールでお弁当を食べながら、凛と何があったのかをざっくり話した。
……もちろん、茉莉とイケないことをしちゃった件は伏せて。
伊藤さんは凛がグループラインで自白したことは知っているけど、夏休みの前日に凛が俺の家に来たことは知らないからね。
「そんなことがあったんだ……」
「そうそう。話すのが遅くなってごめんね?」
「ううん、気にしないで。あともう一つ聞いていい?」
「……なに?」
「凛さんと普通に話せるようになったんだよね? ……どうやったの?」
どうやった?
一体なんて説明すればいいんだ?
『凄漢EXを飲んで茉莉の着替えを見たら治った』なんて口が裂けても言えないしな……。
俺が返答に困っていると――。
テーブルの向かいにいる伊藤さんに向かって、俺の隣に鎮座していた茉莉がひょいと身体を乗り出した。
ナイショ話でもするみたいに、小悪魔っぽい笑みを浮かべて手招きをする。
伊藤さんは首をかしげながら、素直に耳を近づけた。
――ひそひそ。
茉莉がコソコソと短く耳打ちする。
その数秒後、伊藤さんの表情がピキッと凍りついた。
そして、一気に爆発。
「な……っ!?」
耳の先まで顔を真っ赤に染め上げた伊藤さんは上ずった声をあげるやいなや、両手で勢いよく自らの顔を覆い隠してしまった。
(こいつ、何を言いやがった……! まさか……)
指の隙間から覗く伊藤さんの目は、恥ずかしさと驚きで泳ぎまくっている。
そんな彼女を、茉莉はめちゃくちゃ楽しそうに眺めていた。
俺は慌てて『あれは事故だ!』と訂正しようと口を開く。
「あ、伊藤さん!? あれは……あむッ!?」
その瞬間、茉莉の見事な手さばきによって、俺の口にミートボールが突っ込まれた。
どうやら喋らせる気はないらしい。
(……そっちがその気なら、やってやろうじゃねえか)
俺は何が何でも話してやろうと、口の中のミートボールを高速で咀嚼する。
ごくんと飲み込み、再び口を開いた。
「あれはじ……! あむッ!?」
またミートボールが飛んできた。
……え?
恐る恐る隣を見る。
そこにはニコニコ笑顔で次のミートボールをお箸に刺して待機している茉莉がいた。
……その手元にはさっきまで存在しなかったはずの巨大なタッパーがあり、ミートボールの弾がぎっしり詰まっている。
(いや残弾数えぐくねっ! ……てかそのタッパーはどこから!?)
引きつった顔の俺に向かって、茉莉はニッコリ微笑んだまま言った。
「あーくんはミートボール好きだもんね♪」
ああ、この女と勝負しようと考えた俺がバカだった。
ぶつぶつと何かを呟く伊藤さんと、ニッコリ顔でミートボール攻めをする茉莉……。
カオスすぎる二人に挟まれながら、俺の昼休みは過ぎていった。
◇
放課後。
(……凛、大丈夫かな)
どうしても気になって、俺はもう一度凛の席へ向かった。
「少し話せる?」
「……ごめん」
声をかけたものの、凛はカバンの取っ手をぎゅっと握りしめたまま、こちらを振り返りもせずに一人で教室を出て行ってしまう。
俺はそんな凛の背中を、ただ見送ることしかできなかった。
学校からの帰り道。
茉莉とふたりで歩きながら、俺は凛のことを考えていた。
(凛……やっぱ俺と話したくないのかな)
嫌われても仕方がないとは思う。
この前まで知らなかったのだが、凛は俺のことが好きだったらしい。
それなのに俺は目の前で茉莉とイケないことをした挙句、冷たく突き放してしまった。
さすがにあれはやりすぎた気がする。
あの時の俺は、凛が鬱陶しくてたまらなかった。
好きな人であり、一緒にいるのが当たり前だった存在。
だがあの誕生日、凛が友達に『しつこい人に誘われた』と言っていたことを知った俺は、言葉にできないくらいのショックを受けた。
その直後の、あの言葉とあの冷たい顔。
『もう誘ってこないで』
あれのせいで俺はひどい精神状態に陥った。
でも――。
凛にも何か事情があったのかもしれない。
そう思えるくらいには俺の気持ちも落ち着いた。
それに、あの日からだ。
茉莉に似た女の子が夢に出てくるようになったのは。
あれはきっと、俺から抜け落ちた記憶だ。
今思えば、
あのショックな出来事は、俺に必要だったのかもしれない。
だから、今の凛を見ると罪悪感で胸がいっぱいになる。
今さら和解したいだなんて言えるはずもない。
でも『今の凛をどうしても助けたい』とは思ってしまう。
そんな、俺の身勝手なわがままを許してほしい。
凛……今だけで良いから俺の手を取ってくれ。
お前がそれを受け入れてくれるなら……。
俺はまた『ストーカー男』になってもいいと思っている。




