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第26話 全て終わらせる(夏野凛 視点)

 夏休み明け。

 初日の学校を最悪な気分のまま終え、重い足取りで通学路を歩いていると、角を曲がったところで声をかけられた。


「あ、来た。なあ、なんでそんなに冷たいの? LINEも既読つかないしさ」


 ……拓海くんだ。


 彼は私に気づくやいなや、スマホをすっと制服のポケットに仕舞い、じっとこちらを凝視してきた。


「……ごめん、今はちょっと」


 そう言って、私はうつむき加減のまま彼の横を通り過ぎようとした。


 ――その時。


「……っ!?」


 ガシッ、と強い力で腕を掴まれた。

 驚いて咄嗟に振り向いた私を、彼は逃がさない。


「……んっ」


 強引に引き寄せられ、拓海くんに強く抱きしめられた。


(……!?)

 

 頭が真っ白になる。

 彼は耳元に顔を寄せ、低く掠れた声で囁いた。


「俺じゃダメなの?」

「……拓海くん、ちょ痛い」

「左条が好きなんでしょ? でもあいつ、どう見ても水無瀬ちゃんとデキてるでしょ」

「それは……っ。いいから離して」


 私は震える声を押し殺し、彼を引き剝がそうと力を込めた。

 しかし、拓海くんはさらに力を強めてぎゅっと抱きしめてくる。


(え、ちょ……怖い)


「あいつはもう無理だって。もう俺でいいじゃん」


 その言葉を聞いた私は我慢の限界に達し、声を荒げた。


「もうやめてよっ!!」


 それは悲鳴にも似た、切羽詰まった絶叫。

 予想以上の大声に気圧されたのか拓海くんはビクッと身体を震わせ、ようやく私を解放した。


「……なんだよ、ノリ悪いな」


 気まずさをごまかすように、彼はしかめ面で私を睨みつけてくる。

 私は急いでその場から逃げるように去った。






 ◇

 

 帰宅した私はベッドで枕に顔を埋めながら、うつ伏せでぼーっと考え事をしていた。


(拓海くん怖かった……久しぶりにあんな大声出しちゃった)


「はあ……」


 深い溜息とともに仰向けに体勢を変えた。

 白い天井がやけに遠く感じられる。


 今日は本当に憂鬱な一日だった。

 居心地が悪かったから、授業の時以外はなるべく教室にはいないようにした。


 ……昼休みに拓海くんに捕まって話しかけられたけど。


 でも、意外にもクラスの人たちは何も聞いてこなかった。

 もっと好奇の目に晒されたり、色々聞かれると覚悟していたのに。


(……なんでだろ)


 昨日、クラスのLINEグループで、蒼の噂の『真実』を打ち明けた。

 送信した後、数人のクラスメイトから『え、どういうこと?』と動揺した返信が飛んできたけれど、私は『本当にごめんなさい』とだけ告げて通知を切った。


 信じてもらえたかどうか分からないけれど、とりあえずはこれでいい。


 ――夏休みの、あの日。

 私はやるべきことをやって自分の気持ちに区切りをつけると決めたのだから。



 夏休みの間、私はほとんど家から出ずに過ごしていた。

 千夏ちゃんや拓海くんからメッセージが何件も届いていたけれど、どうしても画面を開く気になれなかった。


 蒼に拒絶されたという動かしようのない事実が、私をひたすら絶望の底に沈めていたから……。


 胸が引き裂かれるような凄まじい喪失感だった。


 ふと、中学の頃に抱いた考えを思い出した。

 あの頃の私は蒼のことが好きすぎて、変な妄想ばかりしていた。


 ――蒼と出会っていなかった世界線。

 ――蒼と離れ離れになる世界線。


 そんなことを妄想しては恐怖に怯え、蒼に会いに行って安心するという謎行動ばかり取っていた気がする。


 それくらい、私にとって蒼との出会いは『運命』だと感じていた。

 ……本当に信じて疑っていなかった。


 けれど、夏休みのある日。

 両親が家にいなくて一人だった私は、ご飯を買いにコンビニへと向かった。


 買い物を済ませ家に帰っていると、少し先のT字路の右手から二人の男女が現れた。


 浴衣姿の、雪のように真っ白な髪の女の子。

 そして彼女を優しくおんぶしている、同じく浴衣姿のかっこいい男の人。


(あれ……水無瀬さん、だよね。じゃあ、あの男の人は……っ)


 心臓がドキッとした。

 あのかっこいい男の人が誰なのか、分かってしまった。


 水無瀬さんを背負った彼は、私に気づくことなくそのまま歩いて行く。

 彼は背負っている彼女を、愛おしそうな横目でちらちらと見ていた。


 まるで彼女が、一番大切な宝物であるかのように。


 私はその時の彼の穏やかな横顔を見て、すべてを悟ってしまった。


 ――私がいたはずのあの場所には、もう別の誰かが立っている。


 私の『そのままでいて』という身勝手な呪縛から解放された彼は、信じられないほどかっこよくなっていた。


 そして、


 彼はあの日の出来事を。

 あの誕生日の悲劇を、乗り越えているように見える。


 ……きっと水無瀬さんがきっかけだ。


 ……彼はもう、あの人によって全てを塗り替えられていた。


 私は蒼にとって『運命の人』なんかじゃなかった。

 彼があの人と繋がる為の、ただの脇役でしかなかった。


 私は見つからないよう息を潜め、遠回りしてから家へと帰った。

 静まり返ったリビングで買ってきたお弁当を温めようと袋から取り出す。

 カサカサとビニールが擦れる音が、誰もいない空間にやけに虚しく響いた。


 ――その時、視界が急に滲んだ。

 

 ぽつり、ぽつりと。

 ずっと心の奥底で抑え込んでいたものが、とめどなく目尻から溢れ落ちていく。


「……っ、う……!」


 一度解けてしまった感情の栓は、もう締め直すことができなかった。

 胸の奥にずっと閉じ込めていた熱いものが一気に込み上げ、私はまるで子供のように声を上げて、ただひたすらに泣きじゃくった。



 泣き疲れた後、私はようやく一つの決心をした。


 ――私のせいで立ててしまった蒼の噂を、私の手ですべて払拭する。


 そしてこの想いも、何もかも、すべて終わりにしよう。


 きっと私は最低な女だと言われるだろう。

 でも、それでいい。


 自業自得だし……。


「うぅ……眠くなってきた……」


 そんな夏休みの決意を思い返しながら、私は眠りについた。





 ――この翌日から『とある人物』によって、凛は教室内のヘイトを集めることになる。

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― 新着の感想 ―
馬鹿をやった凛に、それでも少し心が痛い… それと最後の一文が不穏すぎる
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