第23話 茉莉とデジャブ
花火大会の帰り道。
歩けない茉莉を背中におぶったまま、俺は自宅へと続く夜道を静かに歩いていた。
背後で遠ざかっていく提灯の明かりとともに、祭りの騒がしさがゆっくりと消えていく。
「……重くない?」
耳元で、背中の茉莉がぽつりと呟いた。
「うん、軽すぎて心配」
「そう? ……よかった」
(茉莉……この会話はこれで5回目だ……)
よほど自分の重みが気になるらしい。
ツッコみたい衝動に駆られるが、今日の茉莉はなんだか可愛すぎて気が乗らない。
街灯が淡く照らすアスファルトを歩き進めながら、俺の思考はさっきから頭を離れない『強烈な既視感』へと巡っていく。
夜空に打ち上がる花火を見上げていた茉莉の横顔。
あの瞬間に襲ってきた感覚は、単なるデジャブなんて生易しいものじゃなかった。
……いや、何かを言いかけた茉莉の表情を見た時だったか?
考えれば考えるほど泥沼にはまり、分からなくなっていく。
俺と茉莉は過去に会ったことがある――それは彼女自身の口から聞いた言葉だ。
もしそれが本当だとしたら、きっと俺がこの町に来る前のことだ。
しかし――
(……全然思い出せない。どうしても肝心な部分が抜けている)
あの頃の記憶だけが、ぽっかりと白い穴のように抜け落ちていた。
いや、完全に覚えていないわけじゃない。
断片的には……嫌というほど思い出してしまっていた。
――凛に対するトラウマを抱えることになった、あの日。
思い出したくないモノばかりが、鮮明な破片となって蘇ってきた。
正直、その記憶を意識するだけで胸の奥がぞわぞわと不快な冷たさで波打つ。
だが――
さっき走った強烈な既視感と、全身の細胞が一斉に跳ね踊るような感覚。
……もし茉莉と過去になにかあったなら、ちゃんと思い出したい。
そんな思いに駆られ、俺の肩に頬を預けている茉莉へそっと視線を送った。
街頭の明かりに照らされた横顔は、いつも以上に可愛く見える。
すると俺の視線に気づいたのか、茉莉がしんみりとした声で呟いた。
「花火……みんなで見たかったのに、ごめんね……」
「どうしたんだよ。……らしくない」
俺は軽い口調でそう返した。
(……別に謝らなくていいのに)
茉莉は俺の首元にすっぽりと顔を埋めると、そのまま消え入りそうな声で言葉を継いだ。
「今日のあーくん、なんかいつもより優しいね……」
「そう?」
「……うん」
呟いた直後、茉莉の腕にきゅっと力がこもる。
背中で小さく体を揺らしたかと思うと、俺の首筋に小さなおでこと鼻先をぐりぐりと押し付けてきた。
さらりと落ちた純白の髪が首筋を撫で、そのくすぐったさに思わず身を縮める。
「え、どうしたの……?」
困惑しながら首をすくめようとした――次の瞬間。
「……ん」
首筋に、はっきりと伝わる生暖かい感触。
(……っ!?)
熱い吐息とともに吸い付くような柔らかい唇の圧迫感が、じわじわと皮膚に染み込んでいく。
――ちゅっ、と小さな音が響き、首元に痺れるような熱が残った。
「な、なにやってんだよ……?」
驚いて声を裏返らせる俺の耳元で、茉莉は満足そうにくすっと小さく鼻で笑った。
「なにも……♪」
そのあまりにも魅惑的な振る舞いに、俺はまたもドキドキさせられる。
――あ、そうだ。あれを聞いておきたい。
「そういえば、俺と茉莉って昔はどんな関係だったの?」
胸の高鳴りを必死に抑えつつ、俺は少し真剣なトーンで問いかけた。
すると茉莉はどこか達観したような、それでいて穏やかな声でこう告げた。
「いずれ思い出すんじゃない? ……あーくんはちゃんと私のこと覚えてるよ? 自覚がないだけで」
「え……? それってどういう――っておまっ」
さらに踏み込んで聞こうとした瞬間、両側からふわりと温かい両手が伸びてきて俺の目をすっぽりと塞いだ。
「それは内緒♪」
茶目っ気を含んだ声でそう笑う茉莉は、結局それ以上は何も教えてくれなかった。
秘密めいた余韻を残したまま、俺たちは静まり返った住宅街を歩いて家へと向かった。
――そんなふたりの背後。
たまたまそこに居合わせてしまった一人の少女が、切なさに胸を締め付けられるような表情で、去っていくふたりの姿を見つめていることにも気づかずに。
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