第22話 花火大会
今日は待ちに待った花火大会。
夕暮れの空が茜色から深い群青へと変わっていく中、俺たちは浴衣のレンタル店にいた。
先に着付けを終えた俺は、ロビーの椅子に腰掛けて茜たちを待っている。
茜が『どうせなら浴衣を着たい』と言うから渋々ここに来たのだが……。
正直、みんなの浴衣姿がちょっと楽しみだったりもする。
そんなことを考えていると、ふいに柔らかくて細い手が俺の両目を後ろから塞いだ。
「だーれだ♡」
魅惑的すぎる声音に、花のような甘い香り。
そして、このバグり散らかした距離感……。
間違えるはずもない。
「……もう着付けは終わったの? 茉莉」
俺がそう言うと、目を塞いでいた手が離れ今度は背後からギュッと抱き着かれた。
「うん♪ あーくんの浴衣、すごく似合ってる♪」
「そう? ありがとう……」
俺の頬に茉莉の柔らかすぎる頬がペタッと密着し、体温と甘い息遣いが直に伝わってくる。
お陰で俺の心臓はバクバクで爆発寸前だ。
……毎回ドキドキさせられてばかりでとても悔しい。
(よし、ここで一つ仕返しをしてやろうじゃないか)
――茉莉の全身を舐めまわすように見て恥ずかしがらせてやる。
そう決意した俺は、胸元で絡み合う茉莉の細い腕を優しくほどき、勢いよく振り返った……のだが。
「…………」
あまりの破壊力に、俺は言葉を失った。
茉莉が身を包んでいるのは、白を基調とした美しい浴衣。
裾に向かって柔らかな桜色のグラデーションが広がり、満開の桜模様が上品に咲き誇っている。
純白の髪はすっきりと一つにまとめられ、結び目にはかわいい花の飾りがちょこんとおさまり、腰に結ばれた鮮やかな赤い帯が全体のシルエットをキュッと引き締めていた。
――まるでソシャゲの大当たりキャラにいそうな姿だ。
思わず重課金したくなるそのビジュアルに、ゴクリと息を呑む。
そんな俺の反応に気づいた茉莉は、『ふふん』と小悪魔な笑みを浮かべて耳元で囁いてくる。
「……そんなによかった?」
「あ、ああ……」
そうだな……。
このボイス付きなら間違いなくリセマラランキング1位だ。
「あ! マリーここにいた!」
気まずい雰囲気になりかけたその時、茜と伊藤さんも着替えを終えてロビーにやってきた。
茜はもちろん、伊藤さんの浴衣姿もめちゃくちゃ似合っている。
こうして四人揃った俺たちは、いよいよ賑やかな花火大会の会場へと繰り出したのだった。
◇
会場へと続く河川敷の通りは、お祭り特有の浮かれた喧騒と夏の蒸し暑い風が入り混じっていた。
会場へ続く一本道は人の波で狭い道はすっかり埋め尽くされている。
(……これちょっとやばいな)
「茜? はぐれるから向こうに着くまで手繋いでおこう」
「う、うん……」
俺は茜の手をぎゅっと握り、とりあえず人の波をかき分けて足を進めた。
すると次の瞬間、反対側の手を誰かにガシッと力強く掴まれた。
「さ、左条くん……!」
「伊藤さん?」
俺の手を引いていたのは、なぜか目に激しい闘志を宿した伊藤さんだった。
彼女は恥ずかしさと謎の決意をごちゃまぜにしたような顔を真っ赤に染め上げながら、ものすごい握力で俺の手を握り潰しにかかっている。
(……痛いとか言ったら傷つきそうだな)
俺は友達思いな伊藤さんを尊重する為に、この痛みに耐え抜くことを心に決めた。
――あれ?
そういえば、茉莉は?
慌てて周りを見渡すが、茉莉の姿がどこにも見当たらない。
(うそだろ……)
サーッと血の気が引いていくのを感じながら、俺は大きめの声で茜たちに尋ねる。
「……な、なあ。茉莉は?」
「え、マリーなら……ってあれ!?」
「水無瀬さん……いなくなってる!?」
茜たちも全く気づいていなかったらしい。
人が多すぎて俺も全然気が付かなかった……!
俺は冷や汗を流しながら、二人に告げた。
「俺が探してくるから、茜と伊藤さんは先に行ってて」
「う、うん! 分かった……! あの大きな橋の近くで待ってるね」
「ああ、もし間に合わなかったら二人で帰っててくれ」
そう言い残し、俺は来た道を急いで引き返した。
◇
「あーもう! どこにいんだよ……!」
スマホを取り出したが、人が集まりすぎて電波は完全に死んでいる。
これじゃ連絡の取りようがない。
見つかる気がしなくて焦るが、それでも懸命に道を引き返しながら辺りを探し回る。
……どうしてだろう。
茉莉がいなくなったと気づいた時、俺は本気で血の気が引いた。
無意識のうちに茉莉に依存してる自分がいるようで怖くなってくる。
そんな不安を抱えながら歩いていると、河川敷の隅の方にやけに目立つ浴衣姿の女の子がちょこんと座り込んでいるのが見えた。
(あ、いた! やっと見つけた……!)
ホッと胸を撫で下ろし、人混みをかき分けて近づいていく。
しかし、彼女の周りには見覚えのないチャラついた男たちが数人立っていた。
「足痛そうだね、お姉さん。俺らが手伝おうか~?」
周りには数人の男がいて、ニタニタといやらしい顔で茉莉に話しかけている。
(……誰だ、あいつら)
「…………」
「無視しなくてもいいじゃん、ね」
そう言って、男のひとりが茉莉の白い腕を掴もうとグイッと手を伸ばしたその瞬間――
間一髪、俺はその腕をガシッと力強く掴み取った。
息を荒らげ、必死に怒りを抑えた作り笑いを浮かべながら男たちを睨みつける。
「はぁ……はぁ……すいません。俺の連れなんですけど……はぐれちゃって」
「なんだ、連れがいたのかよ。悪りぃ悪りぃ」
急に現れた俺に、男は一瞬だけ驚いたように目を丸くしたものの、すぐにニヤニヤとした薄笑いに戻る。
男は両手を胸の前で軽く広げ、手のひらをこちらに見せながらゆっくりと後ずさりしていった。
やがて小声で『チッ彼氏持ちかよ』と吐き捨て、その場から去って行った。
俺はすかさず座っている茉莉の方へ向き直る。
「茉莉! 大丈夫!?」
すると茉莉は、瞳にうっすらと涙を浮かべながら申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「ごめんね……なんか足挫いちゃったみたい……」
「気づけなかった俺が悪いんだ。もうここで花火を見よう」
もう茜たちと合流するのは無理そうだし、今日はここで一緒に花火を見ることにした。
みんなで見られないのは残念だけど、こればかりは仕方ない。
まあ、花火なんてまた来年見ればしな。
◇
茉莉と無事に合流し、河川敷の少し落ち着いた場所で座り込んでから1時間ほどが過ぎた。
「ねえ、あーくん……」
ふいに、隣にちょこんと座る茉莉が俺を見つめながら口を開いた。
「どうした?」
「あーくんは本当に……わたしのこと、覚えてないんだよね?」
予想外の質問に、俺は少し戸惑いながらも首を縦に振った。
「……うん。ごめん」
それを聞いた茉莉は少しだけふっと黙り込み、それからもう一度俺に問いかける。
「でも夢で見たんでしょ……? わたしのこと」
「そうだけど……でもあの子は小さかったし髪も短かったんだよ」
俺の言葉を聞いた瞬間、茉莉は目を丸くして『え……』と小さく声を漏らした。
「……どうしたの?」
俺が首をかしげると茉莉はふっと柔らかく表情を緩ませ、これ以上なく幸せそうな笑顔を浮かべた。
「ううん、なんでもない♪ ねえ、あーくん――」
茉莉は優しく包み込むような瞳で、まっすぐに俺を見つめたまま言った。
「……『運命』って、信じる?」
彼女はふわりと微笑みながら、何かを言いかけた。
その瞬間——ヒュゥゥゥ、ドンッと夜空に大きな花火が打ち上がった。
花火の光に照らされながら、茉莉は夜空を見上げる。
……その横顔を見た俺は、強烈なデジャブが全身を駆け巡り、息をすることすら忘れて彼女から目を離せなくなっていた。
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