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第21話 神宮寺の本質(神宮寺&凛視点)

(神宮寺拓海 視点)


 8月の初めの夕暮れ時。

 夕日に染まる自室で、俺は不機嫌な表情を浮かべながらスマホを睨みつけていた。

 

「夏休みだってのに、凛のやつ……」


 画面にあるのは、凛とのトーク画面だ。

 俺が送ったいくつものメッセージと、それに対して凛が返してきた短すぎる返事。


 そして――ここ最近は既読すらつかなくなっている。


「……はっ、なんなんだよ」


 鼻で笑い、苛立ちをぶつけるようにベッドへ倒れ込む。

 窓の外からは耳障りなセミの鳴き声が、イラつく神経をこれでもかと逆なでしてくる。


(あーあ、この夏休みで一気に距離を詰めたかったんだけどな)


 ――すべては、あの日の出会いから始まっている。


 春の入学式。

 新しい制服に身を包んだ生徒が集まる教室の中で、ひと際目を引く女がいた。


 鮮やかな紫髪のボブカット。

 どこか涼しげで、隙を見せない切れ長の瞳。

 一見すると誰も寄せ付けない、高嶺の花のような女。


 そんな彼女に、俺と中学から一緒だった千夏がふらりと話しかけた時だった。


 ――彼女はふっと表情を緩め、それまでの冷たさが嘘だったかのようにパッと華やかな笑顔を咲かせたのだ。


 気さくで、年相応に楽しそうな笑顔。


 その強烈すぎるギャップを目の当たりにした瞬間、俺の胸にどす黒い欲求が芽生えた。


(――あの女は、絶対に俺のものにする)


 俺は生まれてこのかた、顔と外面だけは良かった。

 放っておいても女子は群がってきたし、いいなと思った相手には少し甘い言葉を囁いて思わせぶりに距離を詰めるだけで、どいつもこいつも簡単に落ちた。


 彼氏持ちの女だって例外じゃない。

 俺の手にかかれば一発だった。


 だが、凛のガードは思いのほか堅かった。

 クラスの連中といる時は場の空気に流されやすいくせに、俺が二人きりで距離を縮めようとすると、途端に絶対的な壁を作り上げてくる。


 それなのに、だ。


 あの誕生日の朝。

 俺は左条が凛と二人で遊ぶ約束を交わしていたことに気づいた。

 その瞬間、血の気が引くと同時に怒りが沸いてきた。


(――先約の相手って、あいつだったのかよ)

 

 なんであんな陰キャが……?

 俺がどんなに言葉を尽くしても、誘いに乗ってこないくせに。

 あの目立たたない雑魚の誘いには乗ったっていうのかよ。


(……クソがッ)

 

 虫酸が走る。

 頭が割れそうになるほどの嫉妬と不快感が、俺の理性を一瞬で焼き尽くした。


 ……だから、嵌めてやったんだ。


 凛の『流されやすい性格』を利用すれば、あんな雑魚をクラスの空気で潰すことは簡単だと思った。

 実際、その場の思いつきで仕掛けた作戦は驚くほど簡単に成功した。


 凛が冷たい声で『もう誘ってこないで』と吐き捨てた時の、あの雑魚の絶望に満ちた顔……あれはマジで傑作だった。


 しかも、俺が言わせたんだぜ?

 あの瞬間、俺は凛を完全に支配した気になっていた。

 最高に気持ちのいい瞬間だったぜ。


 さらにはあいつを学校の厄介者のストーカーに仕立て上げてやった。


 結果として、俺は『凛を救い出したヒーロー』だ。


 すべて上手くいったと思った。


 周りの連中も大はしゃぎで俺と凛を祝福していたし、凛が俺の女になるのはもはや時間の問題――。


 ……そう思っていたのに。


「クソッ……なんなんだよ、この状況は……ッ!」


 一向に縮まらないどころか日ごとに遠ざかっていく距離感に、俺は苛立ちを募らせていた。






 ◇ (夏野凛 視点)


 ――ブッブー。


 静かな部屋に、スマホのバイブレーションが短く響いた。


「……?」


 画面に視線を落とすと、表示されていたのは拓海くんの名前。

『今から少し会えない?』というメッセージだった。

 

「はあ……」


 私はため息をひとつ吐くと、トーク画面すら開くことなく逃げるようにスマホをベッド脇へ伏せた。


 ……本当にめんどくさい。


 拓海くんたちと過ごす高校生活は、確かに賑やかで楽しかった。

 みんなで騒いで、その場の空気に合わせて笑って、それなりに充実している気になっていた。


 でも――。


 蒼を傷つけたあの日から……。

 私はあの場所を自分の居場所だとは思えなくなってしまっていた。


 あの日からしばらくの間は、必死に空元気を出してみんなのテンションに合わせて笑っていたけれど……。


(……正直、もうあの人たちと一緒にいたくない)


 蒼をあれほど残酷に傷つけた分際で、今度は拓海くんたちから逃げ出したいだなんて。

 自分がどこまでも身勝手であることは痛いほど分かっている。


 だけど、拓海くん達と一緒にいると……嫌でも自分が犯した過ちを突きつけられる。

 あの日、蒼に言った言葉が鮮明に蘇って胸が潰れそうになる。


 それなのに――拓海くんはあの出来事を悪びれる様子もなく、ただの笑い話としてネタにすることすらある。


 そのたびに、胸の奥から吐き気が込み上げてくる。


(もう嫌だ……)


 薄暗い部屋の中で、私は膝を抱えてただ小さく丸まることしかできなかった。

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