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第12話 ふたりは……付き合ってるの?

「もうすぐ夏休みでしょ? その間だけで良いからあーくんの家に住まわせて?」


 俺の手をぎゅっと握りしめたまま、茉莉は上目遣いでとんでもない爆弾をぶち込んできた。


 俺の家に、住む……?

 え、なんで?


 俺が困惑している間も、茉莉は吸い込まれそうなほど美しい瞳をまっすぐこちらに向け、逃げ場を塞ぐように返事を待っている。


 ごくり、と息を呑む。


(……いや普通にダメだろ。でも……)


「理由を聞いても?」


 何か止むに止まれぬ事情でもあるのかもしれない。

 まずは理由を聞くことにした。


 すると茉莉は『え?』と拍子抜けしたように眉を上げ、首をちょこんと傾けた。


「どうせ毎日あーくんの家に行くでしょ?いちいち帰るの面倒だと思って♪」


 言いたいことは分かる。

 分かるけど、それは違うだろ。


 俺は『はぁ……』とため息をひとつ吐いてから口を開いた。


「あのさ……俺も一応男なんだが?」

「あーくんなら別に良いし、それに茜ちゃんもいるでしょ?」


(……俺なら別に良いって、それどういう意味だよ)


 男として欠片も意識されてないってことか?

 それとも俺相手なら事故っても構わないってこと?

 ラブコメでありそうな『あなただけは元アイドルの私をちやほやしなかった……!』的なアレか?


(……まあ100パーセント前者だろうな。ただの無害な存在だと思われているに違いない)


 まあいい。

 とりあえず茜と相談してから決めるとしよう。


「そっか、茜と相談してみるよ。……というか親は良いって言ってるの?」

「そっちは大丈夫♪」

「本当に?」

「本当に♪」


 ……ほんとかよ。


「あ、てか……そろそろ時間やばいな。 ほら、行こ」

「……うん!」


 俺は茉莉の手をそっと解いて歩き出す。

 茉莉は一瞬だけ目を見開き、そして満面の笑みで返事をした。

 

 俺たちは少し早歩きで学校へ向かった。




 ◇


「普通に間に合ったね♪」

「だなー」


 急いだ甲斐あって、無事に余裕を持って学校へ到着した。


 ただ――道中、同じ学校の人たちから痛いくらいの視線を浴びた気がする……。


 原因は十中八九、この元アイドル様だろう。

 

 それに加えて――


「あの……そろそろ離してくれる?」

「あ、ごめん♪ ついつい癖で」


 そう、茉莉は歩いている間ずっと俺の制服の袖を掴んでいたのだ。

 ただでさえ目立つのに、なんてこったい……。


 内心で頭を抱えながら、スリッパに履き替えて教室へと向かう。


 ふと隣を歩く茉莉を見る。

 彼女はそんな俺に気づくと、ニコっと笑って応える。

 

 なんだろう……妙な既視感というか、懐かしさみたいなものを感じるんだよな。


 夢で茉莉に似た子を見たからだろうか?



 教室のドアを開けると、今日も今日とて一瞬だけ場が静まり返る。


 チラと見れば、神宮寺の奴がわかりやすく俺を睨みつけてきていた。

 凛もいるっぽいが、そっちはノータッチで。


 いつもこの瞬間が憂鬱で仕方がない。

 だが、今日は不思議とそこまで気にならない。

 きっとこの規格外の大天使(茉莉)のせいで、俺の脳内に陰鬱さを噛み締めるスペースが残っていないのだろう。

 

(あ……そういえば)


 伊藤さんと話をしなきゃいけないんだった。


 伊藤さんの席に目をやると、彼女は自分の席で静かにスマホをいじっている。


(ちゃんと話すのは久しぶりだから、少し緊張する……)


 俺は自分の席に着くと、意を決して隣の伊藤さんに声をかけた。


「伊藤さん久しぶり」


 すると伊藤さんはビクッと肩を震わせ、こちらに振り向いた。


「さ、左条くん……久しぶり。茜ちゃんから話は聞いてるよ。その……大丈夫?」


 伊藤さんも緊張しているのだろうか。

 どこかぎこちない口調だ。


 俺が避けてたのも関係してるよな……。

 ちゃんと謝っておこう。


「うん、だいぶ落ち着いたよ。あと、避けててごめんね。ちょっと色々あってさ」

「ううん……それも茜ちゃんから聞いてるから気にしないで」


 ……おいあかねさん、全部喋ってますやん。


 一瞬、茜が他にも何か喋ってないか不安になったが、気を取り直して会話を続ける。


「そうなんだ。じゃあこれからまたよろし――」


 言い切ろうとしたその時、


「ねえ♪ わたしだけ仲間外れ?」


 不意に、背中に柔らかい感触が押し当てられる――

 茉莉が背後から俺の胸元でクロスするように腕を回し、そのまま体重を預けてきた。

 甘い体温と、トクンと刻まれるかすかな鼓動が背中に伝わってくる。


 俺は茉莉の腕を掴んだまま振り向いた。


「おい茉莉、やめろって……」

「えーいいじゃん♪ 落ち着くんだもん」

「あーはいはい。でもやめてくれ……まじで」

「はーい♪」


 相変わらず距離感がバグっている茉莉に控えるよう促していると、


「左条くん……ちょっと」


 伊藤さんが小声で話しかけてきた。


 ハッとなって周りに目を向けると――教室のみんなが絶句した顔で俺たちを見ているではないか。


(……しまった)


 あまりの視線にどうしたらいいか分からず、俺はすがるような思いで伊藤さんを見た。


 ……だが伊藤さんはなぜか泣きそうな顔で俺を見つめ返してくるばかりで、とても助けてくれそうにない。


 茉莉はというと……俺の視線に気づいて『へへ♪』と能天気に微笑んでいる。


(茉莉……ッ、『へへ♪』じゃないんだ! どうにかしてくれよ……!)


 すると、静まり返る教室に、一番聞きたくなかったあの声が響き渡った。


「ふたりは……付き合ってるの?」


 その瞬間、教室に緊張が走った。

 特に男子連中の目が血走り、ゴクリと唾を飲み込んでこちらの回答を待っている。

 

 付き合っていない――そう言えば済む話だ。


 だが、なぜかその言葉が喉に引っかかって出てこない。

 呼吸が乱れてきたのが自分でも分かる。


 妙な間が空けば空くほど、さらに言葉を出すのが難しくなってくる。

 俺は頭が真っ白になっていた。


 その時――


 茉莉が俺の右腕を抱え込み、胸に押し付けるようにぎゅっと寄せてきた。

 そして極上の笑顔を浮かべ、口を開く。


「そう、あーくんと付き合っ――」

「私が左条くんと付き合ってます!!」


 しかし、裏声交じりのうわずった声が茉莉の言葉を遮った。


 同時に、声の主が俺の左手首をガシッと掴む。



 驚いて左側に目をやると――



 ――そこには、覚悟を瞳に宿した伊藤さんが凛の方を見つめていた。



 ……ん? 伊藤さん?

※読んでいただきありがとうございます!

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