第11話 家庭的な元アイドル
「マリー……? 茜が推してた人?」
確か、前に茜が言っていたアイドルだ。
でもなんでそんな人がウチに……って、まさか!
そういえば水無瀬さんが転校してきた時、元アイドルだとか周囲が騒いでいた気がする。
(うそだろ……いま何時だ?)
スマホを取り出し時刻を確認する。
――朝の6時だ。
いやなんでこんな早朝に!
「そのマリーって人は今どこに? もう帰った?」
俺は帰っていてほしいと願いながら、尋ねた。
すると、茜は小刻みに震えながらゆっくりと口を開く。
「リビングに……」
「はあ? 家に上げたの!?」
まじか……家の中にいるのかよ。
「仕方ないじゃん! びっくりして固まってたら普通に入ってきたんだもん! 自分の家に帰ってきたみたいに! てか何あれ! 生マリー可愛すぎでしょ……! お人形さんより可愛いじゃん!」
状況説明と推しへの賛辞が茜の口から怒涛の勢いで溢れ出す。
軽いパニック状態だ。
それにしてもあいつ、図太すぎだろ……。
心臓に毛が生えてるってレベルじゃないぞ。
元アイドルってみんなこんな感じなの?
……怖くなってきちゃった。
おっといけない、いけない。
茜がパニックになっている以上、俺がしっかりしなければならない。
俺はおそるおそる、リビングに足を運ぶ。
茜もすぐ後ろについてきている。
階段を降りて一階についた、その時――
ほわーんと食欲を刺激するいい匂いが漂ってきた。
(なに!? 勝手に人んちで飯を作っているのか……?)
俺は臨戦態勢に入り、リビングのドアを静かに開けた。
(……やっぱり!)
部屋を覗き込むと――そこにはエプロン姿に身を包む白髪の美少女の後ろ姿があった。
様になりすぎているその佇まいに、俺と茜は思わず息を呑んで魅入ってしまう。
……まるで大天使だ。
するとその大天使はこちらに気づき、くしゃっと笑って言った。
「おはよ、あーくん♡」
俺の袖を握りしめる茜の手が、ガタガタと震え出す。
隣を盗み見ると、口元に手を当てた茜が見たこともない鬼のような形相になっていた。
「ま、マリーがどうしてここにいるんでしゅか! 兄さんとどんな関係なんでしゅか!」
(茜……噛みすぎだ)
だが茜は頭に血が昇っていてそれどころじゃないらしい。
「妹さんかぁ……うーん、なるほどなるほど」
大天使な水無瀬さんは顎に人差し指を当て、ふむふむと何やら一人で呟いている。
「妹さん、わたしのこと知っているの? これからよろしく♪ あなたのお兄さんとは、そうね……『運命の人』かな?」
こいつまじで……!
「兄さん!? どういうこと!?」
茜がすっとんきょうな声で俺に説明を要求してくる。
「……俺もよく分からん」
夢の中で会っていたとか誰も信じないだろうしな。
……それよりどうして俺の家を知ってんだよ。
「なんでウチが分かったの?」
直接問い詰めてみた。
すると大天使な水無瀬さんは顎に指を当てたまま上を向いて、ひとつひとつ思い出すように言葉を紡ぐ。
「ん-と……たまたまあーくんがあの子に腕を掴まれてるとこを見て~」
……ふむふむ。
「そしたら別の女に連れて行かれて~」
……ほうほう。
「後をつけてたらこの家に入っていったから♪」
なるほど、そういうことね……って、
「ストーカーじゃねーか!!」
思わず声を大きくしてしまった。
水無瀬さんがいると、どうにも調子が狂う……
堕天使水無瀬はべーっと舌を出して『てへ♪』と可愛らしくポーズを決める。
……無駄に可愛いのが余計にムカつく。
「浮気を疑われるようなことするあーくんが悪いんだよ?」
「兄さん!??」
「いや付き合ってないて!」
茜の声が一オクターブ高くなった。
今にも魂が口から抜け出そうな顔で、俺の袖をがっちり掴んでいる。
水無瀬さんは精巧なお人形さんのような容姿で大人しそうなのに、中身がうるさすぎる。
そんなプチ修羅場(?)のようなやり取りを繰り広げていると、炊飯器から『ピー』と炊き上がりを告げる電子音が鳴り響いた。
「あ、ごはん炊けたみたい♪ 食べよ♡」
(……ハハハ。色々とツッコミたいが、情報量が多すぎて疲れた。もういいや)
そうして疲れ果てた顔の俺と、顔面蒼白の茜は食卓についた。
テーブルに並べられたのは、焼き鮭に玉子焼き、炊きたてのご飯とおみそ汁。
「いただきまーす♪」
水無瀬さんの朗らかな挨拶で朝食が始まる。
だが俺の脳裏にふと、ある最悪の可能性が浮かび上がった。
箸を伸ばそうとする茜の手を制する。
「茜、ちょっと待て」
「……?」
茜はぽかんとした様子で俺を見つめている。
危なかった……毒見を忘れていた。
もしこの料理に毒が入っていたら、俺と茜は共倒れだ。
俺はどうなってもいいが、茜には生きていてほしい……
蒼は覚悟を決め、ゴクリと喉を鳴らす。
(よし。俺が毒見をして安全を確認してから、茜に許可を出す!)
まずは、みそ汁からだ……。
お碗を持ち上げて口元へ運び、慎重に舌先を汁へと触れさせる。
ぺろッ――
(……!?)
出汁の旨味と味噌の優しい甘みが沁み渡り、ひと口で身体の芯からホッと心が和む味わい――
うま……ッ!?
勢いそのままに焼き鮭と玉子焼きにも箸を伸ばす。
程よい塩加減と絶妙な甘み。
絶品だ。
……ハッと気づいた時には、俺の目の前から朝食が消え去っていた。
「おいしい……」
「そう? 良かった♡」
水無瀬さんは満足気な、心からの笑顔で俺をまっすぐに見つめてくる。
と、その時。
隣から氷点下の冷ややかな声が聞こえた。
「兄さん……何がしたかったの」
(あ、しまった。毒見のこと完全に忘れて完食してたわ)
「あーいやごめん、茜も食べてみて。やばいから」
「やばいって……」
そうして、茜も水無瀬さんが作った朝食に口をつけた。
結論から言おう。茜も大絶賛していた。
『明日から茜にもお料理教えてほしい!』などと言い出し、すっかり水無瀬さんに懐いている始末だ。
……この二人はなんだか相性が良い気がするな。
◇
諸々の支度を済ませ、三人で登校の途につく。
「ねえねえ、マリーはなんでアイドル辞めたの?」
「んー、それは教えない♪」
茜は水無瀬さんとの会話を心から楽しんでいる。
まあ推しが目の前にいるんだから当然か。
……ちょっと寂しい気もするけど、不思議と悪い気はしない。
水無瀬さんって意外と家庭的で茜の扱いも上手くて、お姉ちゃんタイプなんだな。
こうして並んで歩いていると、姉妹に見えなくもない。
まあ、見た目は全然似てないけどね。
茜は古風な奥ゆかしさを感じさせる見た目だけど、水無瀬さんはどこか浮世離れした容姿だし。
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、あっという間にいつもの分かれ道へ到着した。
「じゃあ、ここで。 兄さん、葉月ちゃんによろしく言っといてねー。 マリーもまたね!」
「おっけー」
「茜ちゃんまたねー♪」
手を振りながら中学校の方へ歩き出す茜。
だが、数歩進んだところで『あっ!』と声を上げ、くるりと振り返った。
「良かったらマリーも兄さんの護衛係になってあげて~。 詳しい話は兄さんに聞いてね! じゃね~!」
今度こそ、茜はバタバタと学校へ向かって歩いて行った。
「護衛係……? どういうこと?」
水無瀬さんが首をかしげながら不思議そうな顔で尋ねてくる。
「大したことじゃないよ。凛って分かる? ……その子が俺に絡んで来たら俺を連れ出してほしいんだ。できるだけ自然に。まあ絡んでくることは滅多にないと思うけど」
俺の言葉を聞き、水無瀬さんはあごに手を当ててしばし思案する。
「二つだけお願い聞いてくれるなら、いいよ♪」
……一つじゃないんかい。やっぱ神経が図太い。
「俺にできることならね。 それで、何?」
「一つ目はね、『水無瀬さん』じゃなくて茉莉って呼んで♪」
なんだそんなことか……
「分かった。……それで二つ目は?」
すると水無瀬茉莉は俺の手を両手でギュッと握りしめ、上目遣いに俺の顔を覗き込んで言った。
「もうすぐ夏休みでしょ? その間だけで良いからあーくんの家に住まわせて?」
……なんで?




