第73話 お仕置き
「お待たせしました、時田様」と言いながら、美しい所作で礼をする明美。
「どうも」
翌朝、朝食の後、しばらくしてからカバンを携えた明美がやってきた。
ようやくスマホを返却してもらえるのか、と思いながら代替機を掴む。
しかし、明美は秀矢の予測に反して、カバンからスマホを取り出すが返す気配がない。
「あの……亜由美を返してくれるのでは?」
「はい。――ですので、もう少々お待ちください」
すると、白衣をまとった如何にもな技術畑の人が次々と用途不明な機材をもってやってきた。
そして、瞬く間に、大人一人が収まるほどの黒い箱が組み上げられる。
その箱は、棚板の無いカラーボックス、蓋の無い棺桶、扉のないロッカー、と呼ぶに相応しい見た目のオブジェクト。
箱が組み上がると明美は、カバンからスマホを取り出し、箱の床上に置いた。
技術畑の面々は、機材の設置と配線に苦心してる。
「亜由美、無事か? 何かされなかったか?」
《秀矢、おはよー。うん、私の方は何ともないわよ》
「そっか、よかった」
《えへへ、心配してくれたんだ》
「当たり前だろ。大事な相棒なんだから」
《……今日のところは、それで良しとするか》
「なんだよ、良しとするかって」
《そうそう。これから新機能のお披露目だから楽しみにしててね》
(そういや昨日、スマホに実装したい機能があるとか言ってたな)
大がかりな機材を目の当たりにし、期待と不安が半々という心境。
「時田様、傷の具合を拝見いたしますので、前を開けてください」
「はい」
秀矢は、紐を解いて患者衣を開いた。
さらしのように巻きつけられた腹部の包帯とお札が目につく。
明美は、ゴミを拾い上げるようにお札を剥がすと、お札をまじまじと見つめた。
「ふむ……大分、治ってるようですね」
「札を見るだけでわかるものなんですか?」
「私、陰陽術には少々、覚えがありますので」
(あの子、陰陽師なのか……確かに、只者じゃないオーラを出してたけど)
「では、包帯を回収しますね」
明美は慣れた手つきで、秀矢の腹に巻き付いた包帯を解いた。
脇腹には、横一直線の傷口に数えるのもうんざりするくらいの縫合された糸が見える。
ただ傷口は、辺園が盛り上がっており、皮膚は赤みがかったピンク色になってる。
素人目でも、傷が塞がってることが見て取れる。
「本当に治りが早いんですね」
「はい。これなら予定通り、昼食後にご帰宅しても問題ございません」
「それは助かります。……でも、こういう怪我って糸を取る必要あると思いますが、また屋敷に来なきゃいけないとかありますか?」
「ご心配には及びません。糸は2,3日したら自然に取れますよ」
「はあ……そういうものなんですね」
「この様子なら後、2,3日したらナノマシンが体内にある糸を分解します。その後、表に出てる結び目の部分が自然に落ちますので、そちらの処分だけはお手数おかけします」
「構いませんよ。抜糸のためだけに、屋敷に足を運ぶことに比べたら、大した事じゃないので」
「お気遣い、感謝します。――どうやら、頃合いのようですね。時田様、あちらの仕掛けにご注目ください」
(嫌でも目につくけどな)
「それでは、空閑様」
《はいはーい》
亜由美の軽快な返事の直後、黒い箱の中に、アバターの亜由美が現れた。
《どう? 秀矢、見えてる?》
「ああ、バッチリ見えてるよ……でも、これが新しい機能って奴か?」
《確かに新鮮味は無いかもしれないけど、凄い進歩よ。だって、壁や水蒸気がなくても等身大の私が映し出されてるのよ》
「あるだろ、壁」
《これは、別件よ。ちょっと、こっちに来てみて》
亜由美が右手を差し出した。
秀矢はベッドから降りて、黒い箱の前に移動し、亜由美と向かい合う形になる。
アバターの亜由美を観察。
間近で見ると若干透けてるところが映像であること如実に現してる。
《ちょっと、ほら》
「――ほらって、ああ」
亜由美が右手を上下に動かす。
握手を催促してるようだ。
これまでの亜由美へのボディタッチは、全てアバターをすり抜けるばかり。
諦観を抱きつつ、手を差し伸べる。
手と手が触れた時、秀矢の右手に手触りを感じた。
同時に、脳を揺さぶられるような強い衝撃を覚える。
きちんと握手を交わす。
自身の右手は、確実に人の皮膚の柔らかさと滑らかさを感じ取ってる。
これに、体温に相当する熱と適度な圧迫感が合わされば、完ぺきだ。
「映像のはずなのに、ちゃんと触れる……どうなってんだ、これ」
《私も昨日知ったんだけど、3Dモデルと超音波を組み合わせることで、触れる映像を実現するタッチアンドフィール3Dっていう技術なんだって》
「超音波?」
《うん。こうして、私の映像に合わせて、超音波が当たり判定と質感を再現してるの》
「へえ、それじゃ、この黒い箱は――」
《うん、超音波を出す装置よ。今は、スピーカーも繋げてるけど》
「どおりでスマホが下にあるのに、音声が違和感なく聞こえるわけだ」
《だからさ――》
亜由美が満面の笑みを浮かべる。
ライブ配信とも実物とも異なる質感だが、推しの笑顔にほっこりする。
――が、次の瞬間。
「いっ、痛……」
《あー、すっきりした》
お腹の患部に痛みが走る。
超音波で再現した亜由美の手が触れたに違いない。
「な、何しやがる! 亜由美! まだ完治してないってのに――」
《ああん? 話を聞いてくれないなら、体にわからせるしかないでしょうが!》
「……はい、すみません。もう、二度とわざと怪我をするような事はいたしません」
《よろしい。次、あんな事したら、こんなもんじゃ済まさないからね》
凄まじい剣幕と禍々しい気迫を放つ亜由美に気圧される。
《こういう時、頬を引っ叩くのがセオリーだけど、今はこんなんだから傷口をつつく事しかできないのよね》
「そこは、もうしばらく我慢してくれ。――例の杖を見つけたら、すぐに生き返らせてやるから」
亜由美は穏やかな表情で《うん》と元気な声で言った。
スマホと代替機の交換が無事に完了した秀矢は、ベッドの上に戻った。
部屋には、超音波発生装置を片付ける技術班と、それを見守る明美……そして、スマホから等身大の亜由美が映し出されてる。
尚、超音波装置がないため、今の亜由美には触れることはできない。
「――にしても結局、俺のスマホに実装された機能って、何もない場所に亜由美の映像が出るようになっただけなのか?」
《何よ『なっただけ』って、不満なの?》
「俺としては大歓迎だけど、どういう仕組みなのかなって」
《ダンジョンで発見した特別な宝石の力を使ってるんだって》
「……オーバーテクノロジーだけでなくファンタジーまできたか」
《今更!? 例の杖をアテにしてるのに!?》
「それもそうか」
秀矢はスマホを色んな角度に傾けた。
不思議な事に、どんなに傾けても亜由美の姿に影響がない。
「凄いな、映像を合成してるみたいだ……」
《これで、いつでもどこでも私と一緒にだね。まあ私のアバターは、スマホの側から離れられないけど》
(どこでもは嬉しいけど、いつでもは不安だな……学校でいきなり亜由美が飛び出てきたら、想像を絶する騒ぎになりそうだ)
「時田様、空閑様。私共のプレゼントにご満足いただけたようで何よりです」
「プレゼント?」
「はい。我々はかねてより、時田様に一つの懸念を抱いておりました。それは、時田様は任務初日の夜、空閑様を浴室にお連れしたことです」
「……はい? 俺のプライベートは?」
「我々としては、早急に手を打たねば時田様の情操教育に悪影響を及ぼしかねない、と思い今日に至るわけでございます」
明美は真面目な口調で言った。
「あれは、その……亜由美に無理矢理――」
「はぁ……」
明美が見損なったと言わんばかりの深い溜め息が、秀矢の見っともない言い訳を断ち切る。
「時田様、僭越ながら申し上げます。男子たるもの、例え女性からの誘いであっても、自ら進んで悪になる気概を持つべし――と、蛟牙様が申しておりました」
空気が一変する。
明美だけでなく、面識のない技術班の方々の鋭い視線が秀矢に注がれる。
当事者である亜由美は、素知らぬ顔で口笛を吹く所作をしてる。
(うう……こんなの理不尽だ)




