閑話:療養生活の長い夜(後編)
「明美さん、俺はどうすればいいですか?」
「私のプレイ画面を代替機で確認しながら、試合終了後に至らぬ点をご指摘いただければと存じます」
ネットワークの設定は周到のようだ。
俺はアイボーに指示を出して、代替機で明美さんが操作するゲーム機の映像を閲覧できるようにした。
画面には、ポップとホラーが融合したタイトル画面が映し出された。
ペイントゥーン。
PAINT=塗る、PAIN=痛みのダブルミーニングで、人の姿に進化したコウモリがキョウキを手に4人1組となり、相手チームを倒した時に出来る血だまりの面積の大きさを競う対称型対戦のサードパーソンシューター。
血だまりと字面は物騒だけど、血液自体はビビッドな色合いなので恐怖感は微塵もない。
そこに4頭身のデフォルメされた愛らしいキャラクターも相まって、子供からお年寄りまで幅広い年齢層に人気がある。
また月1くらいのペースで開催される『チマツリ』では、リアルの企業とコラボすることがあり、SNSのトレンドに上がることもしばしば。
尚、コウモリだけど二足歩行への進化の過程で翼膜が退化したことで飛行能力を失くしてるので実質人間である。
「時田様、人にプレイを見られるのはちょっと恥ずかしいですね」
「わかります。でも、何度かやれば慣れますよ」
「では早速プレイを開始します」
明美さんは、標準的なシルバーガン使いのようだ。
機動性、射程、弾速、弾のブレはいずれも標準より、やや高めでクセがないので初心者にもピッタリ。
ランクは、中級者にタッチしてる感じなので、今の俺でもレクチャーは出来そうだ。
そうこうしてる内にマッチングが終わり、試合が始まった。
「ちょっと! 何で、そこの小さな血だまりに潜伏してるのよ!」
「ああもう! 弾が当たんない」
「遠くからペチペチペチペチ、矢を飛ばしやがってェエエエエエエ!」
時間が経たない内に、部屋中に明美さんの魂の叫びが轟く。
わかる。
わかりますよ、明美さん。
俺も小学生の時、負け試合のたびに泣き叫んでは、親父にぶっ飛ばされたからな。
対戦ゲームの沼にハマった者は、良くも悪くも人格に影響が出る。
温厚そうな明美さんでも例外ではないようだ。
そんな風に考えてる内に、試合が終わった。
明美さんチームの負けのようだ。
4頭身のキャラクター達がしょんぼりしてるシーンが映し出された。
そろそろかな? と声をかけようとした、その時。
「あああああああああああああああああ!」
発狂と共に明美さんは、目の前のモニターにグーパンチをかました。
液晶は蜘蛛の巣のようにひびが入る。
「あの、時田様」
「は、はい」
「何か、至らぬ点はございましたか?」
「……アンガーマネジメントですかね。モニターが壊れてますし」
「ああ! その点ならご心配に及びません」
明美さんはおもむろに立ち上がり、部屋を出て……無数の平型段ボールを積んだ荷台と共に戻ってきた。
「この通り、スペアがございますので大丈夫です!」
「す、凄いパワープレイですね」
「モニターだけでなく、替えのコントローラーもございます」
「コントローラーは多ければ多いほどありがたいですからね」
「替えの本体もこの通り」
「羨ましい限りですね」
「当然、これらの本体には全てアカウントが設定済みです」
明美さんは胸を張って誇らし気に言った。
『物に当たるのは感心しない』と言いたかったけど、ここまで用意周到なら閉口する他はない。
お金が湯水の如く仕える上級国民の世界に、庶民的な生活の知恵が入り込む隙はない模様。
「壊すこと前提で準備してるなら、問題なさそうですね。……俺には、真似できませんが」
「はい! ゲームで負けてイライラした時には物を壊す。この一連の流れが界隈のお作法と心得ております。SNSでそのような記述を拝見しました」
いつもの物腰柔らかい口調で、明後日の方向に吹っ飛んだ解決策を口にした。
この場は、怒りの矛先が俺じゃないだけ良いとしよう。
モニターを破壊する威力のパンチ。
生身で受けて、冗談で済むはずがない。
「そういえば、お務めを果たさないといけませんね」
明美さんはテーブルの上にある、開いた皿をテキパキと回収した。
その後、山盛りの焼きおにぎりが盛られた皿をゲーム機本体の側に置くと、1つパクリと食べた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。何分、お夜食がまだでして――」
「廃棄するより良いと思います。俺はもう食べないので」
もしかして最初から、この部屋に来るつもりだったのか?
「では時田様。もう1試合やりますね」
「はい」
代替機に目を向ける。
数十分後。
「ああ! もう、肝心な時に弾切れするのよ!」
「明美さん、待ってください。ちゃんと血だまりに潜伏して輸血しないと、貧血で弾が出ませんよ」
「でもほら、戦いって血が騒ぎませんか? 目の前に敵が居たら倒したくなりませんか?」
「その気持ちは、わからないでもないけど――」
「あー! また負けた!」
明美さんの発狂と同時に、ガシャンと凄まじい音が鳴る。
何度も聞いたので、代替機から目をそらさなくなった。
ここまでに負ける度にモニター、ゲーム機本体、コントローラーを幾つも破壊してる。
3回目までは驚いたけど、もう慣れた。
「射程で負けてる相手に対面を仕掛けるのは自殺行為ですよ」
「不意打ちは卑怯だと思いますよ」
そういうゲームなんだけどな。
「負けはしましたけど、途中までは良い動きでしたよ」
「何、温いことをおっしゃってるんですか? 戦場において敗北は死ですよ。勝たなければ生きられないんですよ?」
だって戦争じゃないもん。ゲームだもん。
「人数が不利の時は引いて、味方の復帰を待った方がいいですよ」
「私の辞書に退却という文字はございません」
……とまあ、レクチャーの方は困難を極めた。
自己流で頑として譲らない点が多々ある。
最初はちょっとイラついたけど、一生懸命やる明美さんを見て『そもそもゲームとは、自分の好き勝手に遊んでよいもの』という事を思い出させてくれた。
そこからは、明美さんに訊ねられた時にはキチンと改善点を、勝敗が決した時は良かった点だけを伝えるようにした。
「ふー、これで4連勝です。時田様」
「おめでとうございます」
「これでも時田様のご指導のおかげです」
反対に勝利すると、満面の笑みを浮かべる。
実際に指摘した点が少しずつ改善されてるのも相まって、アドバイスした俺も嬉しくなる。
それにしても、本当に楽しそうにゲームしてるなあ。
何だか小学生の頃が懐かしく思う。
一人の時は、無邪気に、ひたすら勝利に向かってプレイし続けて一喜一憂して、友人やネットの知人とプレイする時は通話に夢中になってゲームがおざなりになったり。
「時田様、どうでしたか? 今の試合」
「いい感じですよ。打開も味方と合わせてましたし」
時間は深夜の2時を過ぎてる。
明美さんは、元気がありあまってるようだ。
普段から、こういう生活をしてるとなると、サムライ衆がいないときは、一人で過ごしてるのだろうか。
まあ、いいか。
本人が楽しそうなら、俺も話し相手になれて光栄だ。
それからもしばらく明美さんのプレイを見守った。
敗北で試合が終わり、スケジュールが更新されました、と画面に出てきた。
直後、明美さんの発狂と何かが壊れる音が耳を劈く
「スケジュールが更新されましたね」
俺は、ぽつりと口にした。
時間は深夜の3時。
急激に襲い掛かってきた眠気に意識が朦朧としてる。
もう、ここまで付き合えば十分だろう。
「そのようでございますね」
ペイントゥーンは2時間置きに対戦ステージが切り替わる。
だから、友人とプレイする時も自然と2時間置きとなり、スケジュールの更新と共に解散する。
「では時田様、今度はバートリ博物館とヒルヒルズの攻略ポイントのご指導を賜りたいと存じます」
「……zzz」
「お腹が空いてるなら、おにぎりがありますよ」
「寝かせてください」
「時田様がお休みになったら、誰が私に指南してくれるんですか?」
「俺がお休みになる選択肢は――」
「蛟牙様が仰っておりました。男性は、女性を寝かせないもの、と。――女性の私を差し置いて、お休みになろうとは男性の風上にもおけませんね」
笑顔なのに圧が凄い。
というか、午前3時だというのに、この人には疲れが見られない。
負ける度に、律儀に物に当たってるし、その破壊力も衰えを知らない模様。
明日が――いや正確には、今日が日曜日でよかったよ。
俺は観念して、半ばヤケになりながらも、ペイントゥーンのレクチャーを続けた。
やがて意識が朦朧とし、もはや何を口にしてるのかもわからなくなり気を失った。
「あら? お休みになられたようですね。では、こちらのお札をベッドに張って――これで少ない睡眠時間でスッキリお目覚めになれますね」
意識が途絶える直前、こんな声が聞こえたような気がした。




