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閑話:療養生活の長い夜(前編)

 眠れないなあ。


 枕元にある代替機の物理ボタンを押して、スリープを解除する。


 時間は、夜10時50分。


 自室ならPCで動画視聴かゲームをしてる時間帯。


 だが残念なことに、ここは他所の家で俺は怪我人。


 今は怪我の治療のために、バカでかい屋敷に逗留してる。


 慣れない環境。


 就寝には早い時間。


 おまけに先ほど見知らぬ女の子に貼ってもらった御札のせいで、患部が熱帯びてるため落ち着かない。


 ダメだ。


 目を閉じても頭が冴え渡る一方だ。


「アイボー、部屋の電気をつけてくれ」


 照明が点いて部屋が明るくなる。


 部屋には、モニターと冷蔵庫がポツンとある。


 冷たい物を飲むと余計に目が覚めるよな。


 ――お前達も、屋敷にいる時に困り事があったら、アプリもしくはアイボーから遠慮なく明美に申し付けな。24時間365日、年中無休、一杯の水から受け付けておる。


 そういや前にじいさんがこんな事、言ってたな。


 試してみるか。


「アイボー、温かいルイボスティーを部屋まで持ってきてくれ」


《……かしこまりました。直ちに、お部屋にお持ちいたしますので少々お待ちください》


 アイボーのレスを聞く限り、注文は受け付けたようだ。


 アイボー(こいつ)の言う『お部屋』が、俺が今いるバカでかい屋敷の部屋と認識してるなら、の話だけど。


 これで俺の実家の部屋にお茶が届いたら、それはそれで怖いな。


 などと考えながら、3分ほど経過すると「時田様、よろしいでしょうか?」と明美さんの声がした。


「どうぞ」と返すとトレーにティーカップを持った明美さんが部屋に入ってきた。


 どことなく様子がおかしい。


 笑顔と物腰柔らかな口調はいつも通りなのに、一つ一つの所作に粗があるような気がする。


 明美さんは素早くオーバーベッドテーブルを設置すると、カップをテーブルの上に置いた。


「ありがとうございます。本当に1杯から持ってきてくれるんです……ね」


 ベッドの側にいる明美さんに礼を伝えるために顔を上げた瞬間、思わず息を飲んでしまった。


 笑顔なのに、妙な圧がある。


 よくよく顔を見ると、コメカミの辺りに血管が浮いてる。


「いえいえ、これもお仕事ですので。時田様は療養しててください」


 圧の強い笑顔のまま、明美さんはそそくさを部屋を出ていった。


 一人きりになったので、ルイボスティーを飲みながら、代替機でダラダラと動画やネットの記事を見る。


 そうやって約1時間ほど時間を潰した頃、小腹がすいた。


 お茶がオッケーなら夜食も大丈夫かな。


「アイボー、軽食を部屋まで持ってきてくれ」


《……かしこまりました。少々お待ちください》


 あえて細かい注文はつけなかった。


 こんな夜中で、しかも大金持ちのお屋敷となると、何が置いてあるのか想像がつかないから。


 しばらく待って、誰も来なければ今度は注文をつければいい。


「時田様、よろしいでしょうか?」


「はい、どうぞ」


 明美さんが部屋に入ってきた。


 足取りは軽やかだが手には何も持ってない。


 1時間前と違って、上機嫌のようだ。


「大変申し訳ございません。ただ今、調理人がお休み中ですので冷凍食品やインスタント等の既製品になりますがよろしいでしょうか」


「金持ちなのに、庶民的なものもあるんですね」


「うちは研究所もありますから、職員の方が自分のペースで手軽に栄養補給できるように常備してあります」


「では、冷凍の焼きおにぎりとサラダチキンに味噌汁をお願いします」


「かしこまりました」


 明美さんはそそくさと部屋を出て行った。


 それから5分が経過する頃、明美さんがえぐい量の夜食一式をのせたトレーを持ってやってきた。


 早足でベッドまで来ると、オーバーベッドテーブルにトレーを置く。


「では失礼します。食器は廊下に出していただければ回収しますので、お願いしますね」


「わ……わかりました」


 明美さんはマッハで部屋を出て行った。


 上機嫌なのに、落ち着きがないようだ。


 一体、こんな夜中に何をしてるんだか。


 しかし、それよりも……俺、軽食を頼んだはずなのに、この山盛りの焼きおにぎりは何なんだ。


 サラダチキンは1パック、味噌汁はお椀1つなのに、焼きおにぎりだけは異常な量がある。


 一つ一つは1小さいのに、それが一つのお皿に、野菜マシマシのように詰み上がってる。


 何と言うか『夜食のためにいちいち呼びつけるな!』という圧を感じる。


 でも、運んだ本人は至って上機嫌なんだよな。


 血管、見えなくなってたし。


 本当は1つでもよかったけどせっかくなので、焼きおにぎりを3つ、サラダチキンに味噌汁を胃に納める。


 食べ慣れた味がした。


 おにぎりの山は今も尚、高くそびえてる。


 お皿は廊下に、と言われたけど、食べ残しを廊下に出すのは心苦しい。


 しかし、目の前のおにぎりを胃に納めるのは、俺には不可能だ。


 仕方がない。


 明美さんに運び出してもらうか。


 廊下には出せないけど、目の前にあっても邪魔だ。


 妙な圧迫感のせいで、落ち着きやしない。


「アイボー、明美さんを呼んでくれ。食べ残しの回収をお願いしたい」


《……かしこまりました。担当の者をお呼びしましたので、少々お待ちください》


 あんな雑な言い回しでも通じるのか。


 なかなかやるな。


 ……長い。


 先の2回は遅くとも10分以内には来たのに、30分くらい待たされてる。


 時間は、深夜1時。


「ふあぁ……」


 糖質を摂取したおかげか眠気がやってきた。


 今なら、照明がついてても眠れそうだ。


「時田様、よろしいでしょうか?」


 待望の明美さんの声がした。


「どうぞ」


 寝落ちしないよう何とか声を絞り出す。


 ドアが開く。


 平型段ボールを抱えた明美さんが入ってきた。


 あの中に、食べ物を放り込むのか?


「……あの、お話した通りですが、余ったおにぎりの回収をお願いしたく――」


「ご心配には及びません。きちんと処理しますので」


「そうですか」


「それよりも――」


 にこやかな明美さんの顔には、血管がバチバチに走ってる。


 お冠のようだ。


 全身に緊張感が強張る。


 おかげで眠気が吹き飛んだ。


「あのぅ、時田様、折り入ってご相談があるのですが――」


「は、はい!」


「記録によりますと時田様は、ペイントゥーンの公式大会で優勝経験がございましたよね?」


「そうですね。小学生の時に1度――」


「大変恐縮ですが私に、ペイントゥーンのご指南をいただけないでしょうか」


 明美さんが折り目正しいい所作で頭を下げる。


 そういうことか。


 ごく短い時間で気分が乱高下した元凶は、ペイントゥーン(これ)のせいだ。


 負けが込んで気を悪くして、連勝すると気を良くする。


 1時間前は、機嫌が良いけど落ち着きがなかったのは、連勝が続いてたから1秒でも早くゲームに戻りたかったのだろう。


 おまけに深夜1時という区切りのよい時間は、ゲーム内のステージとルール変更の時間と合致する。


 まあ最新作も嗜み程度にはプレイしてるから、中級者までなら何とか教えられるかな。


 でも面倒くさいな。


 もう2時間程、早ければレクチャーしてもよかったけど。


「もう遅い時間帯ですので、またの機会に――」


 明美さんは笑顔でじっーと、何も言わずにこちらを見てる。


 顔は笑ってるのに圧が強い。


 このまま断りを入れたら何をされるのか分かったもんじゃない。


「わかりました。俺が眠くなるまででよければ――」


「ありがとうございます!」


 明美さんが深々と頭を下げた。


 そこから明美さんは、段ボールを開封した。


 中から、モニターとゲーム機本体、コントローラーをセットアップした。


 部屋にあるモニターには接続しない模様。

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