第72話 見知らぬ来訪者
亜由美が居なくなり、虚しさと寂しさを感じた秀矢は気を紛らわすため、代替機でこれまでの戦闘ログを見直すことにした。
新作ゲームのプロモとして動画投稿されてるだけあって、ご丁寧に全員分の視点が記録されてた。
秀矢の権限で閲覧できるのは、初任務の3月末から4月分のみ。
『気掛かり』な部分が閲覧できないことに落胆するも、気を取り直して閲覧可能な戦闘ログを視聴する。
視聴開始から1時間が経過。
主だった戦闘ログに一通り目を通した秀矢は、手持無沙汰になる。
現在の時刻は夜の11時。
ネット対戦が佳境に入る時間帯でしかも土曜日。
いつもの秀矢なら、ここからギアを入れるところだが今日はそうもいかない。
(普通のスマホならネット対戦とか電子書籍とか色々とあるんだけどな……)
自室ならパソコンがあるのでルーティンに支障は無いが、現在は対応アプリが極端に少ないマニア向けのハイスペスマホしかない。
しかも、明日の午後一には返却するので、自分好みにカスタマイズしても徒労に終わる。
せいぜい動画の視聴かウェブ閲覧が関の山。
「アイボー、ランペイジのライブ配信を適当に開いてくれ」
《かしこまりました》
スマホから返ってきたのは、聞き慣れない女性の合成音声。
程なくしてスマホから、聞き慣れたゲームの効果音とキャラクターボイスが鳴る。
画面は見ない。
無音が居心地悪いので、ラジオ代わりに垂れ流すだけ。
(暇だなあ……)
眠くなるまで適当に過ごすと決めた時、唐突に部屋のドアが開いた。
もし自室なら、相手が家族であろうと侵入者の姿を見る前に、文句の一つでも口に出すところだが、ここが他所の家という事実を思い出し、ぐっと堪える。
代わりに上体を起こし、ドアの方に目を見やる。
そこには、黒髪の少女と超大型犬のようなペットロボットがいた。
予定外の来訪者にぼんやりしてると、少女とペットロボットが我が物顔で部屋に入り込んできた。
少女は秀矢の側に来るやいなや、掛け布団を剥ぎ取り、患者衣を解いた。
さらしのように巻きつけられた包帯が露わになる。
「あの……お嬢ちゃん、何の御用かな?」
相手の機嫌をうかがうように、少女の顔をのぞきみる。
第一印象は、カジュアルな格好をした日本人形。
艶やかな黒髪は、きらびやかな天使の輪がある。
眉毛を覆う前髪、首元まで伸びてる後ろ髪は、一直線に毛先が綺麗に切り揃えられてる。
切れ長の目に黒い瞳、きゅっと結んだ薄い唇に白い肌。
顔立ちは幼く、体格は華奢で小柄、装いはボリュームスリーブの明るいワンピースというカジュアルな出で立ちなのに、背筋を伸ばしたくなるような威厳がある。
その要因の一つに、彼女の表情をあげられるのは間違いないだろう。
品格を備えてるという事は、冷酷、高圧的、近寄りがたい、というネガティブな印象を与えることにもなり得る。
事実、彼女の人となりを知らない秀矢にとって、無作法な黒髪の少女は、可愛いとか綺麗というよりも『得体のしれない他人』という印象を強く受ける。
(何か、怖えし。俺、嫌われるような事をしたっけ? いや、そもそも、この子とは初対面のはずだけど……)
黒髪の少女は鋭い目つきで、じっと秀矢を見つめてる――否、睨みつけてると言うべきだろうか。
蔑むわけでもなく、嫌悪してるわけでもなく、ただただ鋭利な刃物を突きつけられてるようで居心地が悪い。
超大型犬のペットロボットが心地よい駆動音を立てて、お座りの姿勢になる。
二人は視線を交差させたまま動かない。
前が開きっぱなしのため、夜の気温が体に障る。
しばらくして、寒気で体が震えた瞬間、黒髪の少女がグイっと迫ってきた。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
秀矢が驚いて固まってると、黒髪の少女はさらに詰め寄る。
心臓が脈を打つ。
黒髪でくっきりと縁どられた眉目秀麗な少女の顔が、文字通り目と鼻の先にある。
口をすぼめれば、少女の薄い唇と重なりそうだ。
秀矢は生まれてこの方、異性と密着に近い距離まで接近した経験が無いため困惑してる。
身動ぎはおろか、指先一つ動かすまでの気が回らず、少女のなすがままの状態。
唯一の認識したのは、自分自身の顔が夜の冷気を感じ取ってること。
無言で見つめ合うこと数秒、黒髪の少女が動いた。
秀矢の体を這うように首、鎖骨、胸、腹と艶めかしい所作で顔をスライドさせる。
そして「ふむ、ふむ」としきりに呟いてから、すくっと立ち上がる。
目つきは鋭く、それ以外は無の表情。
少女らしからぬ凄味に圧倒され、かける言葉が見つからない。
再び訪れる痛いほどの静けさ。
口火を切ったのは、黒髪の少女。
「もう少しだけ、こらえて」
印象に違わぬ、か細くて抑揚のない声で言った。
頭の中にクエスチョンマークを浮かぶ。
開いた患者衣を直そうとしたとき、黒髪の少女が一枚のよくわからない模様が書かれた紙を取り出す。
「お札?」
秀矢の疑問に、黒髪の少女は答えない。
代わりに、紙を患部を覆う包帯に張り付けた。
その瞬間、傷口が熱を帯び、鋭い痛みを訴えかけてきた。
「痛っ! ちょっと、これは――」
「細胞が活性化してるだけ……直に慣れるわ」
狼狽える秀矢に対し、淡々と諭す黒髪の少女。
その様子に口をつぐむ。
黒髪の少女の言う通り、痛みはおさまり、カイロのような心地よい温度になる。
「これで傷の治りがよくなるわ」
「……ありがとう」
感謝は伝えたものの、黒髪の少女は一向に表情を崩さないため、親近感は皆無。
かといって邪険にすることも出来ず苦悩する。
(悪い子じゃないんだろうけど……苦手だなあ。自分の家じゃないから、追い返すわけにもいかないし)
「あなたの才覚は、他の二人と見劣りしないわね」
(……? さっきから唐突に奇妙な話題を振ってくるよな、この子)
安易に口を挟む雰囲気ではないため、秀矢は黙って耳を傾けることにした。
「しかし、二人とは異なる力を秘めてる様子」
(二人って誰と比べてんだ? サムライ衆の中なら長光さん、サクナ、荒川さんの三人のはず……亜由美も含めれば四人だし)
黒髪の少女がくるりと身を翻す。
併せて、大人しくお座りしてた超大型犬のペットロボットが起き上がる。
「今日は、これで失礼するわ。……いずれまた」
黒髪の少女は振り返らずに言うと、足音を立てずに、ペットロボットと共に退室した。
物音ひとつしない部屋の中、ドアの閉まる音が大きく聞こえた気がした。
(何だったんだろう、あの子。突然、部屋にやってきて、無言で好き勝手したと思ったら、治療のためのお札を貼って、一方的に要領を得ない話をして帰っちまった)
他所の家だから赤の他人に塩対応するわけにもいかず、流れに身を任せてみたら、取り越し苦労で終わる。
短時間とは言え、赤の他人と二人きりだったため、精神的な疲労を感じる。
――異なる力を秘めてる様子。
そんな彼女とのコミュニケーションの中で、唯一引っかかった言葉。
秀矢から見れば、信憑性のないお世辞。
しかし、彼女の言葉に、確信めいたものを感じたのも事実。
(この屋敷の住人は、俺と住んでる世界が違うって感じなんだよな)
雇用主の蛟牙ならいざ知らず、技術者から女中に至る一人一人に揺るぎない信念を携えてる印象を受ける。
例えに言うなら、雲の上の存在である政治家や官僚、もしくは裏社会にはびこる暴力団。
同じ人間のはずなのに、大きくて超えられない壁で隔絶された異世界の住人、というイメージ。
(気にはなるけど今、考えても仕方ないか)
少なくとも現状、この屋敷の住人は味方。敵ではない。
これは厳然たる事実。
現に日下部が1週間、逗留した話もあるが、その前後で特段、変わった様子はない。
だから、今はあれこれ考えるのを止めた。
そして、大人しく怪我を治すことに専念する。
秀矢は患者衣を着直すと、部屋の電気を消してベッドに潜った。




