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第71話 名誉の負傷

《――で、何であんな無茶したのよ》


 亜由美はムスっとしてる。


「勝つためだ」


 秀矢は冷静に答えた。


《ふーん》


「何だよ、その目は……疑ってるのか?」


《ただでさえ不利な状況なのに、わざわざ危ない橋を渡る事と勝利が結びつくとは思えないから》


「今日のは、来るべき時のための練習、と言ったところだ――って、イテテ……」


《あー、やっぱり痛いのね》


「仕方ないさ。今日明日は、大人しく治療に専念するよ」


 秀矢と亜由美は今、法龍院家の屋敷ににある個室のベッドにいる。


 ボスから撤退し、何事もなく地上に帰還したサムライ衆は、秀矢以外は解散。


 秀矢は、ボスの攻撃で負った切り傷が内臓まで達していたため、屋敷に逗留する運びとなった。


 現在は、甚平型の患者衣をまとっており、傷を負った腹部には包帯が巻いてある。


 私服は法龍院家の女中が責任をもって洗濯するとのこと。


《しかし、あれね……この部屋、他のところと比べて随分と殺風景よね。モニターと冷蔵庫しかないじゃん。奈央姉はよく、こんなところに1週間も居られるわね。私なら1日でギブよ》


「明日までならスマホ1台あれば十分さ。それより亜由美は、屋敷に泊まったこと無いのか?」


《無いわよ。軽い擦り傷、切り傷くらいはあるけど、入院するほどの大怪我は一度もないの。ナノマシンの生命維持モードは、ちょっとした傷なら(あと)を残さずに治るし。ちなみに、ニキビも綺麗さっぱり治してくれるから配信者としては重宝するわね》


「それは凄いな」


《――で、そんなことより》


 亜由美の両目が吊り上がる。


《ウルトが切れてんのに、ボスに突っかかったのは何故?》


「そこ深堀するのかよ」


《当然でしょ! すっごく心配したんだから!》


「悪い悪い。――でもな、どうしても今の俺には、リスク度外視で強敵に立ち向かう必要があったんだ」


 亜由美は、きょとんとした顔になる。


《立ち向かう? 倒すんじゃなくて?》


「そう、立ち向かう事に意義があったんだ」


《何で?》


「笑うなよ? 俺さ、ビビりなんだ。生まれてこの方、一度も取っ組み合いの喧嘩をしたことがないくらいにね」


《最近は、そんなものじゃない? 私が施設に居たころ職員さんが言ってたよ。『昔はちょっとしたことでも手を出す子がいたけど、最近はあまりないねえ』って。まあ平和が一番よ》


「そうだな……ちょっと話を戻すけど、俺さ、みんなの戦いぶりを見て気づいたんだよ。俺だけ、みんなと違って、引き気味になってることに」


《それは仕方ないわよ。あんな弾幕シューティングみたいな、部屋中を埋めつくすデタラメな魔法攻撃されたら、うかつに手が出せなくて当然よ。エーテル弾も効かないんだし》


「だけど、サクナと荒川さんは臆する事なく攻めてたし、長光さんだって役割にしては強気な姿勢だった」


《でも、近接アタッカーなら気に病むことないわよ。死んだら元も子もないし――》


「自分の命を言い訳にしても、長光さん達から責められることもないと思う。それは何となく、わかってるんだ。俺達のやってることは、あくまで仕事だからな。しかし、だからといって、何時までも死ぬことを恐れてたら、この先、勝ち筋を取り零す時が絶対に来る」


《……》


「そう思った時『自分は、何が怖いのだろう』と考えた。それで出た結論が、怪我をすること――つまり、痛い思いをするのが怖いことに気づいたんだ」


《それじゃ、あいつの魔法に当たったのは、わざとなの?》


「うん。カマイタチの有効範囲を見極めて、即死しないギリギリの位置で受けた。痛みへの耐性をつけて、恐怖を克服するためにね」


《いや、だからって……普通、相手の攻撃を受ける?》


「サクナは、意図的に両腕を吹っ飛ばしてたけど」


《それは奈央姉に主導権があるから、どうにかなっただけで、秀矢の場合、敵の攻撃でしょ?》


「少なくともカマイタチは、ただただ物を切るだけ。他に仕掛けがないことは青侍の容体で確認してるさ」


《だからって――》


「肉を切らせて骨を断つ。――勝つために、何かしらの代償を払う必要に迫られた時、痛いのが怖くて日和ってたら、みんなに合わせる顔がねえ」


《それでもダメ!》


 生活感の無い個室に亜由美の叱声が響き渡る。


《帰ってきた後、みんなにどれだけ責められたのか、忘れたわけじゃないでしょ?》


「嫌と言うほど覚えてるよ。ついさっきの話だから――」


《それなら、もう二度とあんな真似はしない事、いい? みんな安全に確実に攻略するために苦心してるんだから》


「誓うよ……今日のところはな」


 亜由美は無言で、恨みがましい目つきになる。


「大丈夫だよ。少なくとも今日みたいに、わざと攻撃を受けるような真似は二度としないよ。俺だって、痛い思いはコリゴリだ」


《なら、いいけど》


「ランペイジだって、自分と相手の射程と腕前が同じで、どちらも射線が切れない状況なら、後はアーマーの有無と残りの体力が明暗を分けるだろ?」


《そうね》


「だから、わざと怪我をして命の安全マージンをはかっておきたかったんだ。――何時か訪れるかもしれないピンチの状況を打開するため『肉を切らせて骨を断つ』を実践できるようにな」


《はぁ……再三言うけど、これはゲームじゃないのよ?》


「ゲームじゃないからこそ必要なんだよ。ゲームならアーマーと体力の残りがきちんと数値化されてるし1でも残ってれば生存、0なら死亡とハッキリしてる。でも現実の俺の生命力は曖昧だ。怪我による激痛でショック死するかもしれないし、死ぬのが怖くて取り乱すかもしれない。そんな、あやふやなものを出来る限り明確したかった。敵を知り己を知れば百戦危うからずって奴さ」


《そんな事情があるなら相談してよ~。先輩として何かアドバイスできると思うし》


「強くなるため、わざと怪我をします。なんて言ったら止めるだろ?」


《当たり前じゃない! 自殺行為なんて見過ごせないわよ。無理矢理、ナノマシンの管理者権限を奪って退避させてたに決まってるじゃない》


「だから黙ってたんだよ」


《ぐぬぬ……》


「俺だって、亜由美を生き返らせるまでは死にたくはない。だから死なないように精一杯、頑張るよ」


 亜由美は物言いたげな表情を浮かべてる。


「時田様、よろしいでしょうか?」


 部屋の外、ドア一枚挟んだ先から法龍院家の女中――明美の声がした。


「どうぞ」と秀矢が言うと、明美がドアを開けて部屋に入ってくる。


「時田様、お怪我の具合はいかがですか?」


「ちょっと痛むけど日常生活には支障ないと思います」


「それは何よりです」


「強いて言えばスマホ以外、何もないのが不満ですかね。モニターは操作できませんし」


「暇を持て余してるようでしたら、大変申し訳ございませんが今しばらく、ご辛抱ください」


《そうそう。怪我人なんだから大人しくなさい》


「空閑様、時田様の容体はいかがですか?」


《メンタルとバイタルは良好。ナノマシンの稼働率は100%。臓器の治療は完了、今は外傷を治してるところよ》


「ありがとうございます。その様子なら明日には完治しますね」


《生命維持モード様様ね》


「それでは時田様、突然で申し訳ございませんがスマホをお預かりします」


「え? 何故ですか?」


「法龍院家の技術班が時田様のスマホに実装したい機能があるようでして――」


「詳細は?」


「申し訳ございません、仔細はうかがっておりません。私に頼まれたのは、時田様のスマホを回収し技術班に引き渡す事と代替機を時田様にお渡しすることです」


 明美はカバンから同じ型のスマホを取り出した。


「こちらの代替え機、空閑様が居ない事以外は現在利用中のスマホと同様の権限が付与されております。無論、屋敷内で私へのご用件ご要望も同様です」


「どうせなら、こんなデカくて重い奴じゃなくて普通のスマホが使いたかったなあ」


「日常生活で慣れた物がよろしいかと思いまして」


「慣れてませんよ」


「では、時田様」


 明美が代替機を差し出してきた。


「拒否権は無いんですね」


「怪我が完治する頃には、お返しいたします」


「あの……亜由美には、手を出しませんよね?」


「ご安心ください。蛟牙様にとって空閑様は、サムライ衆には必要不可欠な存在。少なくとも蛟牙様の意に沿わないことを独断で行うとは思えません……ですが――」


 急に肌寒くなる。


 空気が張り詰めてるようだ。


 亜由美も何かを感じ取ったのか顔つきが険しくなる。


 その根源は言うまでも無く――。


「時田様の憂いはごもっとも。――ですので、もし空閑様の身に何かございましたら、悪行に加担したお詫びに私の命を差し出す所存でございます」


 声音と表情は温厚そのもの。


 しかし、文面と威圧感には、容易に触れてはならない恐ろしいものが秘められてる。


 それだけで、明美の言葉に嘘偽りがないことを物語ってる。


 本気だと思った。


 一か月、死線を潜り抜けた秀矢には、命をかけることへの覚悟や信念の真偽を判別できるようになっていた。


 そして明美から感じ取ったのは、口先だけでない本物の覚悟と信念。


 きっと法龍院家に仕える者は、女中一人とっても只者では無いのだろう。


「わかりました。それでは俺のスマホをよろしくお願いします。いいよな? 亜由美」


《う、うん》


 明美は秀矢のスマホを懐にしまう。


「ありがとうございます、時田様。それでは失礼します」


 明美は一礼をしてから退室した。

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