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第70話 あえて虎穴に入る

《余計なお世話ですー。私と秀矢だったら避けられたのに》


「ううっ、生前のあみちゃんは素直だったのに……お姉ちゃん、悲しいわ」


《まあ、万が一ってこともあるし……お礼は言っておくわ。ありがと》


「どういたしまして」


(この二人は、年齢でマウント取るタイプなのか)


 戦闘に関係のないことを考えてると、長光が通話をオンにした。


「時田くん、随分と余裕があるみたいだね」


「あ、すみません」


「謝ることはないよ。僕としては、むしろありがたいと思ってる。ほら、ゲームで共闘する時なんかも、テキストよりボイスチャットの方が楽だからね」


「脳波でテキスト打ち込めるなら、あまり変わりないと思いますが――」


「僕は、少しでも脳の負担を軽減したいの」


「超能力ですか」


「それもあるし、そもそも戦況は水物。作戦の変更を余儀なくされた時、ボイスチャットの方が素早く伝達できるからね」


「それ、わかります」


「――にしても1か月足らずで、その領域に達するなんて、恐れ入るよ。ランペイジ世界最年少のチャンピオンは伊達じゃないね」


「は、はぁ……」


 戦闘の最中、一歩間違えれば命を落としかねない状況下で『のんきに賞賛を受ける』という異常さに戸惑いを覚える。


《秀矢なら当然よ。私もいるし》


「あみちゃんは、関係ないと思う」


《何ですって!?》


「だって師匠だもん。遅かれ早かれ、戦闘中の通話くらい出来るようになってたわよ」


「二人の事は置いといて、時田くん」


「はい」


「たとえ余裕があっても、気を抜いたらダメだよ」


「わかりました」


「それじゃ一旦、通話を切るから。また何かあったら、こっちからかけるよ」


 長光が通話を切った。


 追いかけるように日下部は「それじゃ、私もこれで。師匠、がんばってボスを倒そうね」と言ってから通話が切れた。


「凄いな、みんな。ボスと交戦中なのに、雑談みたいなノリでボイチャするんだな」


《そんなものよ。ちなみに秀矢の初任務の時から、私達は裏で色々と通話してたわ》


「ハブられたみたいで悲しくなるな」


《ほら、初心者には一つずつ丁寧に教えないと頭パンクしちゃうじゃん。だから最初は、戦闘に集中してもらいたいの。ゲームのチュートリアルで、説明と同時にシステムが少しずつ解放されてくのと同じよ》


「パンクというかパニックになるな」


《言うねえ》


「おかげ様でな……それより、あいつに詰め寄る手立てがなぁ」


《ゲームと違って、現実のモンスターは攻撃が不規則だからね》


 秀矢は、攻めあぐねていた。


 間断なく迫りくる数多の魔法攻撃を掻い潜って、わずかな隙を見出し攻撃を仕掛ける。


 攻略の手法としては及第点だが、問題はボスの魔法攻撃に規則性がないこと。


 そのため、攻撃の主導権が得られず、いたずらに体力と精神を消耗。


 さらに驚異的な再生能力を有してるため、モチベーションへの影響が甚大。


 四肢はおろか首を切断しても数秒後には元通りとなり、心臓を貫いても、無数の傷口からの出血多量でも瞬く間に再生する。


 チャームの破壊も試みたが、チャームそのものは破壊できたが肉体と同様、すぐ元通りになる。


 救いなのは、攻撃が無駄に終わってないこと。


 ダメージの蓄積量に比例して、ボスの動作が僅かだが鈍くなることが先週の戦いで判明した。


 同時に、こちらが与えたダメージは翌週に持ち越せないことも。


 毎週の戦闘に時間制限が設けられてなければ今頃、戦意喪失していたに違いない。


 それほどまでにボス攻略は困難を極めている。


 ヘイトをコントロールしても、魔法の総量が減るわけではない。


 自分に向けて打ってくる魔法の量は僅かに減る分、他の人に向く魔法の量が増えるだけ。


 さらに一つ一つの攻撃範囲が大きいため、回避行動の負担は差ほど変わらない。


 デコイも試してみたが、ボスの頭部は人間と同じく目や耳があるのに、五感の情報を当てにしてない節がある。


 試しにデコイをけしかけてみたが完全にスルーされた。


 ただ侵入者を検知し、迎撃をする習性があるので、気配の有無で映像と生き物を識別する能力が秀でてるものと予測される。


 従って、秀矢のスキルでは戦闘時間のほとんどが守りで手一杯となる。


 だから、手が出せない代わりに、周囲の状況を把握することに努めた。


 長光は魔法毎にサイコアームズと超能力を使い分けて、回避と防御をしてる。


 稀に距離を少し詰めると、ボスの詠唱をサイコキネシスで強引に止める。


 ただ長時間、止めるわけにもいかないようで、ボスがサイコキネシスの解除に意識を向けると、すぐに解けてしまう。


 日下部は主にウルトによる、ボスの魔法の相殺。


 今回のボス戦では、攻撃よりも味方の護衛に務めるとのこと。


 しかし、それでも時折、ハンマー型刃機をボスに振り下ろす姿を見かける。


 もっとも危ういのが荒川。


 他のサムライが、僅かな隙を突いてようやく攻撃に転ずる中、唯一ボスにインファイトを仕掛けてるのだ。


 当人のスキルと役割(タンク)がそれを可能としてるに違いない。


 回を重ねるに連れ、インファイトを仕掛ける回数が目に見えて増加してる。




 こうして味方の戦況を冷静に把握できるようになったのも、命のやり取りの最中にボイチャする余裕が生まれたおかげだろう。


 これまで、生か死かの極限状態によって狭まった視野が、今では視界の端々に映る小さなオブジェクトを認識できるほど、戦況を見渡せるようになっていた。


 それは、モニターの中央しか見えないシューターゲーム初心者が試合を重ねるにつれて、視野がモニターを覆いつくす様になった感覚と似ている。


 広くなった視野の中で、動き回る3つの人影――青侍達をとらえた。


 積み上げた戦闘データを元に、膨大な試行錯誤の末、人間では見出せない好機を掴み、引き金を引く。


 もしかすると現状、一番のダメージソースは青侍なのかもしれない。


 その動きは、さながら最強難易度を上回る理不尽な強さのCPU。


 本能が無いため恐怖を感じることもなく、自我が無いため思考によるラグもない。


 青侍のみが可能とする、理論値の動作を妬ましく思う。


 振り返れば、命惜しさに好機を見逃し、考えすぎるが故に足踏みする事が幾度あったことか。


 青侍だけでなく他のサムライ衆と比較した末、自分に欠けてるものとそれを補うための課題を発見した。


 英雄叙事詩(ウルト)の時間が切れた。


 戦闘時間は残り30秒。


 ――意を決する。


「悪い、亜由美。……無茶するぜ」


《え!? ちょっと!? 何、言いだすのよ!》


 ウルトが切れ、パッシブスキルによる身体能力の補正が無い状態で、秀矢は魔法攻撃の渦中に飛び込んだ。


 縦横無尽に飛び交うカマイタチ、炎の柱、氷塊を次々を回避しながら前進する。


「時田! 退け!」


「師匠!」


「時田くん、冷静になるんだ!」


 三人の怒声のような忠告が耳をつんざく。


 しかし、秀矢は振り切って前に突き進む。


 視界がボスの魔法攻撃で彩られる。


 映像の中から瞬時に、回避と前進を可能とするルートを見出す。


《秀矢、退いて! ウルトが切れてるのに、攻め入るなんて無謀よ!》


 今の秀矢には、誰の声も届かない。


 ゾーン……一時でも我に帰れば途切れる極限の集中状態。


 わずかな思考すら、立ち回りに障る。


 忘我の果て、ついにボスの前に立つ。


(ここからだ!)


 ゾーンが切れた……否、わざと意識を持ち直した。


 秀矢は、ボスに斬りかかる。


 しかし、斬撃はボスの周囲に漂うチャームによって防がれた。


 迫りくる魔法攻撃。


 秀矢は、ボスから離れない事を意識しつつ、魔法攻撃を回避した。


 触れればタダでは済まない。


 こみ上げてくる恐怖を携えたまま、ボスと対峙する。


 他のサムライ達にあって、自分にないもの。


 それは、恐怖と向き合う勇気。


 危険を避けるがあまり、いくつもの勝ち筋を潰してる事に気づいた。


 過度なリスクヘッジ。


 命の心配がないゲームならリスクを恐れず大胆な賭けに出ることもある。


 それが本当の命を差し出すことになった途端、我が身可愛さに躊躇する。


 アタッカーの役割としては及第点かもしれないが、何時までも甘んじては勝利から遠のくばかり。


《秀矢! 危険だから離れて!》


「ここで逃げたら、勝てねえんだよ!」


《何、言ってるのよ! 秀矢一人でボスを倒せると思ってるの!?》


「今、相手してるのは、あいつじゃねえ!」


 無数のカマイタチが飛来する。


 固唾を飲む。


 自身の体が恐怖で震えてるのを自覚する。


 奥歯を噛み締め、震えを取り払った。


 カマイタチを見据え、回避行動に移る。


 一つ、また一つ、紙一重で回避する。


(ここだ!)


 順調に回避し続けるかに思えた瞬間、右わき腹に鋭い痛みが走った。


 刹那の熱さ。


 直後、想像を絶する強い痛みが押し寄せる。


「――ってぇ。ぐっ……」


《落ち着いて! 今、生命維持モードに切り替えるから》


 秀矢は踏みとどまり、後続のカマイタチの回避に専念する。


 回避行動に注力した甲斐もあり、事態の悪化は免れた。


 戦闘時間のカウントダウンが0になる。


 秀矢は、痛みを堪えつつ撤退した。

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