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第69話 生きる理由

《いい? ウルトが発動中でも無理しないことは当然として、今日はウルトが切れた後も戦闘が続くから、今まで以上に気を付けてよ》


「わかってる」


 ボスのチャームが光る。


 それは、魔法の予兆。


 戦いの火蓋が切っておとされた。


 先陣を切る三人の青侍は、ボスの魔法を掻い潜りながら引き金を引く。


 青侍の欠点の一つに、アルティメイトアビリティ――ウルトが使えないことが挙げられる。


 亜由美に、その理由を検索かけてもらった結果――自我、魂がないため使えない、という常人には想像できない答えが返ってきた。


 AIが操作する人体、という専門家がいるとは思えないので、秀矢はフィクションの異能設定のように『そういうものなのだろう』と深く考えないようにした。


 直近3週の戦いを通じて、秀矢が青侍について理解したことと言えば、人間を凌ぐ超反応と正確無比のエイム力を持ち合わせながらもウルトが使えないため、ボスに致命傷を与えられないことだった。


 それはつまり、戦力として過度な期待は禁物であること。


 牽制と囮に留めておくのがベスト。


 青侍達がボスを引き付けてる間に各人、得意とする間合いを取る。


 飛び交う鋭利なカマイタチ。


 そこかしこに吹き上がる炎の柱。


 忽然と頭上に現れる氷塊。


 ドラゴンのブレスのように、チャームから放たれる火炎。


 不意に視界を阻む暗闇。


 ボスが使う魔法攻撃は、一つだけなら大した事はないが、複数の魔法攻撃を組み合わせてくるため、苦戦を強いられる。


 その要因は、放たれた魔法の認識と対処に、一瞬ではあるが必ず思索を強要されるため、攻勢に転じるタイミングが限られてしまうからだ。


 秀矢たちが各々、得意とする配置につくと同時に、ボスの側にいる青侍達が大きく飛び退いた。


 青侍達の動きは意識しなくていい。


 何故なら青侍達によるフレンドリーファイアは、万に一つもないからだ。


 それを確信したのは、先週のボス戦。


 戦闘に慣れてきたので、立ち回りを試行錯誤する最中、青侍達は常にサムライ衆(じぶんたち)の邪魔にならない位置取りと射線を通していた。


 それは炎と氷と風が吹き荒れる空間においても例外ではなく、青侍が放つ銃弾はサムライ衆の体にダメージはおろか、かすりもせず、ボスの老体に直撃する。


 青侍達は混戦状態でも、決して足手まといにはならない。


《くぅ、こんな時に私が生きてれば》


「そのためにも、あのクソジジイをどうにかしないとな」


 不思議な感覚だった。


 つい先週までは、生きるか死ぬかの凄まじい緊張感と恐怖で戦闘中――それも強敵を前に、軽口を叩く余裕は欠片もなかった。


 しかし、今は違う。


 緊張を保ちながらも、心に余裕があるのだ。


 そのことを自覚した瞬間、亜由美と死神が対峙した時のことが蘇った。


 ――今更、そんなこと言われても……ここには何度も足を踏み入れちゃってるしね。


 あの時の亜由美は、崩壊の兆し(デッドリービジョン)で自身の死を意識したはずなのに、死神を前に笑顔を見せた。


 当時は、理解ができなかった。


 死の恐怖を目の当たりにすれば、命惜しさに形振り構わず逃げ出す。


 そう考えていたし、今でもそれは変わらない。


 しかし、死を前にして不敵な笑みを浮かべた理由がわかった気がした。


 緊張しながらも心に余裕を持つように。


 きっと恐怖を抱きつつも、別の強い感情を併せ持っていたのだと。


 それが怒りなのか、勇気なのか、それとも正義なのかは、定かではないが。


《秀矢、随分と楽しそうな顔してるじゃん。いいことあった?》


「わからない。死ぬのが怖いはずなのに、死を恐れていない自分がいることに気が付いた、と言えばいいのかな」


《あー、わかる。最初の方は、おっかなびっくりだけど、数をこなしてく内に慣れてきて、戦闘中におしゃべりするのが普通になったわ》


 ボスの魔法攻撃を掻い潜りながら、亜由美との雑談にふける。


 無論、ボスへの攻撃を仕掛けるチャンスを見逃さぬように注視は怠らない。


「よかった。亜由美にも、初心者の時期があったのか」


《失礼ね! 私だって最初は、モンスターと戦うの怖かったもん》


「俺も、ついさっきまでは怖いと思ってた。今は少し違うけど」


《そんなものよ。それより、秀矢もとうとう初心者を卒業したのね。うう、お姉さん、嬉しいけどちょっと寂しい》


「なんだそりゃ」


《いやあ、私が初心者を卒業したの8月なの。私が4か月かけたのに、秀矢は1か月だからさ》


(前期育成というのは、メンタル面も含まれてるのか)


「やれ初心者だの、卒業だの、随分と楽しそうだな。時田、空閑」


 戦闘中だというのに、荒川が珍しく割って入ってきた。


 秀矢はボスに斬りかかってから口を開いた。


「荒川さん」


《うわっ! 何か割り込んできたし》


「空閑! 人の事を何だと思ってやがる」


《おとり。ほら、さっさとボスを引き付けて、秀矢を楽させてあげなさい》


「――ったく、いつもの調子に戻ったら戻ったで、やかましい奴だな」


《お生憎様、口出しするのが今の私の仕事なの》


「それより時田、自信をつけるのはいいが初心を忘れるなよ」


「はい。こんなところで死にたくないし、何より、これ以上、誰も死なせたくないから」


 言いながら、秀矢はボスとの距離を空けた。


 直後、荒川がボスに飛び掛かる。


 拳が、蹴りが、ボスの老体に容赦なく、めり込む。


 ボスの挙動に慣れたためなのか、初日と比べて、へこみ具合が明らかに違う。


 ボスの老体には、見てる方が痛みを感じるほどの深いくぼみがある。


「それは、空閑を生き返らせるためか?」


 荒川の真剣なトーンに息をのむ。


「そのために、俺はここにいます」


「……そうか」


 荒川が一歩、飛び退く。


 ボスの右腕から生えた氷の刃による斬撃を回避する。


「時田……死んだ人間を生き返らせることに、何か思うところはないのか?」


「俺は、自分の命を救ってくれた恩人を助けたいだけです」


「……」


 荒川は何も言わずに通話を切った。


《秀矢、荒川(あいつ)の言葉は、気にしなくていいからね》


(何か思うところはないのか? か……)


 言葉そのものより、質問の意図に引っかかりを感じた。


 頭ごなしに批難するわけでもなく、かといって肯定してるとも思えない。


《後、私のことよりも秀矢自身の事を優先してね。恩人からの忠告よ》


「ご忠告、感謝します」


 ボスの打撲と斬撃による傷がみるみるうちに回復する。


 回復した傍から、青侍の銃弾がいくつもの穴を開けた。


 複数の銃創から黒い血が一瞬だけ噴水のように飛び出る。


 しかし、銃創もまた、すぐに塞がる。


 外観は老人そのものだが、紛れもなくモンスターであることを痛感する。


 そして、息つく間もなく、ボスの魔法攻撃が襲い掛かる。


 カマイタチを、足元から噴出する火柱を、死角から迫る氷塊を軽々と捌く。


 幾度となく見た攻撃パターン。


 ウルトが発動してることも相まって、回避に徹すれば恐るるに足らず。


 魔法攻撃をいなした瞬間、視界が真っ暗になる。


 それでも、秀矢は冷静さを保つ。


 視界は奪われても戦闘には左程、影響はない。


《こんな感じで魔法が飛んでくるから、ちゃんと避けてよ。私も手伝うから》


「ああ」


 その理由は、視覚を補う機能が用意されてるから。


 サムライ本人は自分の眼しかないが、スマホ並びにアイボーは他のサムライの視覚と位置情報を常に共有してる。


 つまり、目が見えなくなってもアイボーが補うので、視覚がなくても戦闘に支障が出ない。


 今回の場合、亜由美がリアルタイムで把握してる他のサムライの視覚と位置情報を元に、ナノマシンから直接、秀矢の体を操作して攻撃を回避してるのだ。


 魔法攻撃を回避し続けてる内に暗闇が解けた。


 総天然色の景色が広がる。


 そこには、暗闇になる前と同様に、ボスの魔法攻撃が散見される。


 眼前には、凄まじいスピードで迫りくる氷塊。


 次の瞬間、氷塊は光の粒子となって消えた。


「師匠、大丈夫?」


 日下部が通話をオンにする。


「サクナ、助かったよ」


「どういたしまして」


 氷塊は日下部のウルト、鎚消滅(デストラクションゼロ)で相殺したようだ。


 過去に日下部がウルトによって両腕を損失したことがよぎり、思わず日下部のバイタルをチェックする。


 見た感じ、大事にはなってないようだ。

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