第66話 アイの証
《正直さ、クローンの現実を知った時、ショックを受けた理由は『私は人間なの?』って、頭に浮かんだことなの。だって、物心ついた時には施設にいて、お仕事で死んだら何故かスマホの中に入っちゃっててさ……私は本当に人間なの? もしかすると法龍院家が作ったAIなんじゃないの? って、頭に過ぎった瞬間、アイデンティティ、人格? そういった自分自身の土台になってたものが、一気に崩れたような気がして……》
秀矢は、亜由美がアイボーになったことに対する認識の甘さに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
《あっ!? 別に、秀矢が悪いわけじゃないからね!? これは、私自身の問題だし……》
亜由美が取り繕う笑顔が眩しくて、目を背けたくなる。
こういう時こそ、気の利いたセリフや勇気づける言葉をかけるべきだろう。
思い浮かばないなら、せめて相槌を、と頭では理解してるが、実体験が乏しい秀矢には口に出せなかった。
モニターに目を向ける。
お互い、口を閉ざしてるため、控え目のボリュームでも動画の音がハッキリと聞こえる。
先手を取ったにも関わらず、プレイングミスで返り討ちにあって悔しがるアイの姿が目に映る。
その映像は、居た堪れない静けさの中で、秀矢から微笑を引き出す。
緊張からの緩和。
過去、何度かリプレイしたシーンにも関わらず、不意に目と耳に入ることで、初見のような新鮮味を感じたのだ。
《ちょっと!? 今の声って、私の動画!? 一体、何を見てんの!?》
パソコンのモニターとスマホは横並びのため、今の亜由美には音声は拾えても、映像が見えないのだ。
(そう。これは亜由美が、アイとして撮影した動画なんだ)
亜由美が人間かAIか、と聞かれた場合、質問者が亜由美以外なら『人間』と即答する。
しかし、亜由美本人に聞かれた場合、答えに窮する。
ただ秀矢の中で歴然たる事実が2つある。
一つ目は、アイとして活動した記録は本物であること。
二つ目は、亜由美が身を挺して命を救ってくれたこと。
秀矢にとっては、その2つだけで十分過ぎるくらいにアイ――空閑亜由美の確かな存在証明であり、人間かAIか、という2択は大した問題ではない。
正解とは言い切れないが、伝えるべきことが定まったような気がした。
「今、再生してるのはアイの動画だよ」
《音と声からして、ランペイジで私がド素人の時じゃん。ううっ……恥ずかしいなぁ》
亜由美は両手で顔をかくして、うずくまる。
「俺にとってアイは大人気ストリーマー兼ランペイジのプロゲーマー。動画の企画だけど一緒にプレイしてて楽しいプレイヤーで、公式大会では強力なライバル。空閑亜由美はサムライ衆の先輩で、俺の命の恩人で、今はスマホのアイボーとして俺を助けてくれる大事な相棒だ」
《……》
「だから正直、亜由美の正体について、あまり関心がない。俺にとって大事なのは、アイ――空閑亜由美という存在が、俺の中に確かにある。それだけさ」
スマホの中にいる亜由美からの視線を感じたような気がした。
伝えたいことを全て言葉にした秀矢は、解放感から眠気に誘われ、「ふあぁ」と、大きな欠伸をする。
「悪い、今日はこれで寝るわ」
《わかった。ベッドに入ったら、電気を消すわね》
「ありがとう」
秀矢はPCの電源を落とした。
そして、スマホをワイヤレス充電器の上に置いてから、ベッドに入る。
その瞬間、部屋が真っ暗になった。
「秀にぃ、朝ご飯できてるよ~」
芽衣の呼びかけの後、ドアのノックが続いた。
目を開ける。
カーテンを通して入り込む朝日が部屋を微かに照らしてる。
寝ぼけ眼を擦りながら「わかった。今、行く」と眠気混じりの口調で返答した。
《秀矢、おはよう。明かり、つけるね》
「おはよう、亜由美」
部屋がパッと明るくなる。
秀矢はベッドから起き上がった。
ワイヤレス充電器に寝かせてたスマホを立てかける。
「元気そうで安心したよ」
《うん。もう大丈夫! 夜通しで自分のアーカイブを10倍速で見まくったからね》
「それは、凄いな……10倍速で見たら、何が何だかわからないだろ」
《今の私なら余裕よ。アーカイブを見ながら、コメントも読んでたし》
「配信者の鏡だな」
《ストリーマーのアイ、空閑亜由美として生きた私、死んでアイボーになった私。全てが、私が存在した証だからね。だからもう、人間じゃないかも? 何てことで悩むのは止めたの。意味が無いって思ったから》
「アイは、そういうキャラじゃないしな」
《あーっ! ひっどーい! リスナーが私の事をいじめる~》
「そうそう。やっぱり、アイは――亜由美はそうでなくっちゃな」
亜由美との歓談に耽ってると、ドアをノックする音が鳴った。
「秀にぃ! 早くしないと朝ごはん、冷めちゃうよ~」
《ほら、芽衣ちゃんが呼んでるよ》
「ああ、行ってくる」
秀矢は自室を出て行った。
《……あれ? そういえば秀矢は、お母さんと血が繋がってないんだよね?》
悩む仕草をする亜由美。
《芽衣ちゃんって……お父さんとお母さん、どっちの子供なんだろ。いや、まあ……血縁者なら危ないけど、もし他人だったらもっと危ないじゃん! そうだ! 時田家の家系図とか戸籍謄本を調べればいいんだ! ……チッ! 私の権限じゃ閲覧できないか。……ああああああ! 芽衣ちゃん、どっちの子なんだろ!? ううっ……気になる。――いや、妹ばかりに目を向けてたらダメよ。秀矢とお母さんに血の繋がりがないことを考えると……》




