第65話 アイがくれたもの
秀矢は今、自室のパソコンデスクに座ってる。
パソコンのモニターの隣にはスマホが立てており、そこには浮かない様子の亜由美が映ってる。
時間は夜の12時に差し掛かってる。
明日は日曜だが、秀矢の両親と妹の芽衣は就寝してる。
長光との話が終わった後、真っ直ぐ帰宅し、食事と入浴を終え、自室で静かに過ごし、今の至る。
その間、亜由美とは一言も言葉を交わしてない。
亜由美から声をかける様子もなければ、今の亜由美にどう声をかければ良いのか思い浮かばないのだ。
――亜由美を何とかしたい。
これは、義務や仕事とは一切関係なく本心である。
その源泉は、空閑亜由美――大人気ストリーマー兼プロゲーマーアイの一ファンとして『推しを救いたい』という気持ちからくるもの。
今なら家族の事を気にせずに会話が出来るタイミング。
秀矢は懸命に頭を働かせ、亜由美にかける言葉を探るが、見つからない。
何となしにブラウザを立ち上げ、マウスを動かす。
(そういえばアイのライブ配信を見つけた時も、こんな感じだったな)
ストリーマー活動が全盛だった中学1年の時、ランペイジの配信を終え、息抜きがてら他の配信を覗き見ようとした時、目についたのがアイの配信だった。
近年、動画撮影やライブ配信に理解のある家庭が増えており、それに伴いゲーム配信の低年齢化は進んでるが、それでも分別のつく高校生以上の年齢層と比べたらまだまだ少数。
だからこそ、自分と同じ年頃の人間のライブ配信が目につくと一種の共感を覚え、ついついクリックしてしまうのだ。
『現役女子中学生ランペイジに挑む』……日本の動画特有の主張が激しいフォントに可愛らしい顔立ちの女の子のサムネイル。
女の子の配信だからクリックしたのでは? と言われたら否めない。
しかし、邪な気持ちは一切無かった。
興味本位でクリックし、配信画面が開かれる。
初めて見たアイの配信は、ネガティブな気分を一掃するほどの明るく楽しい配信だった。
ゲームの技術は素人そのもので見るに堪えないが、一喜一憂する姿は心が洗われた。
感情の振れ幅が大きく、喜怒哀楽のメリハリが利いてるトークは、一言一句が心地いい。
愛嬌があって、人懐っこくて、勝利した時は人一倍喜び、敗北しても不貞腐れず、楽し気に笑う時は言わずもがな、恐怖に直面して真っ青な顔で絶叫する姿すら愛おしい。
そんなアイの配信は、敗北でささくれた秀矢の心を解きほぐした。
初めての視聴からリスナーへ、そして推しとなるのに時間はかからなかった。
サムライになる前までは嫉妬していたが、妬心を抱く前までは亜由美の――アイのおかげで幸せな日々を送っていたのは紛れもない事実。
アイのライブ配信と動画を思い返してる内に、自然と口が開いた。
「亜由美。俺はさ、亜由美の……アイの配信のおかげで、中学生時代は凄く楽しかったんだ」
秀矢は目についたアイの動画を再生する。
生前の、楽し気にゲームで遊ぶアイの姿が映し出される。
《……ありがと》
亜由美は、か細い声で言った。
亜由美が返事をしたので、動画のボリュームを最小に下げた。
《はあ……あれだけ息巻いて『自分の出自を知りたい』なんて言ったのに、いざ蓋を開けてみたら、捨て子どころか親すら居ないかも、って思ったら、ちょっと……ね》
元気はないようだが、声量は少し増えてる。
《別にさ、今までの人生に不満があるわけじゃないの。でも、クローンの実態を知った時にね、『みんなには親がいるのに、私には何でいないんだろう』って考えちゃったの。施設に居た時は、周りが自分と似た境遇の人達ばかりだったから、こんな深刻に悩むことはなかったんだけどね》
「うん」
《秀矢にはさ、両親だけじゃなく妹もいるじゃん》
「そうだな」
《妹……芽衣ちゃんはちょっと変だけど、両親とはうまくやってるじゃん》
「亜由美からは、そう見えるのか」
《え? どうしたの? 実は、仲悪いとか?》
「第三者から、うまくやってるように見えるなら問題は無いって意味だよ」
《……ねえ、秀矢。家族の間柄ってのは、そんな他人行儀で突き放した感じじゃなくて、もっとこう、温かみがあってソフトな表現になるものかなって思うんだけど》
「そういう事か……まあ俺の場合、母さんとは血が繋がってないからな。だから他人行儀なのも、あながち間違いじゃないんだ」
《……なんか、ゴメン》
言葉とは裏腹に、その口調は冗談であるかのように、明るめのトーンだった。
「別に不幸自慢ってわけじゃないさ。悪い人じゃないしね。……それより、少しだけ調子が戻って来たんじゃないか?」
《そうかも、やっぱり悩みって吐き出すだけでも違うわね。……特に秀矢の場合は》
「何で、俺なんだ?」
《えへへ、何でもない》
スマホに映る亜由美の顔に喜色が浮かぶ。
どうやら調子が上向いてるようだ。




