第64話 ギフテッド
長光は冷酷に言い放った。
次の瞬間、秀矢はテーブルを蹴り上げ、長光に詰め寄った。
亜由美への非情で無神経な言葉に対する憤りと幾多の修羅場を潜り抜けたことによる自負が、体を突き動かす衝動となり拳を作る。
秀矢の拳は今まさに、長光に向けて放たれようとしていた。
――が、それは叶わなかった。
拳を成した腕を引いた瞬間、全身が金縛りにあったかのように動かなくなったためだ。
まるで、こうなることを予期してたかのように、長光は顔色を変えずに秀矢を見据える。
「黙って受け止めることもやぶさかではないが……やはり、無料で痛い思いをするのは勘弁願いたい」
「長光さん。あんた、ギフテッドだったのか」
体は一切動かない。テーブルとスマホも宙に浮いたまま。
動かそうと懸命に力を込めても、目に見えない拘束具で全身をがっちりと締め付けられてるようだ。
それでも、内から湧き上がる怒りに身を任せて、ひたすら藻掻く。
「そういうこと。時田くんにとって、僕がギフテッドなのは、ある意味で当てが外れたかもね」
その言葉は、事実だった。
秀矢の至上命題は、亜由美の復活。
その鍵となる『アスクレピオスの杖』の探索に他ならない。
現在、ダンジョンの探索は週1。
攻略自体は順調ではあるが、確証のない宝物を見つけるには、どうしても試行回数を増やす必要がある。
つまり、ダンジョンに潜る頻度を増やすこと。
そのため秀矢は試行回数を増やすため、ひそかにリーダーである長光に対し、取引及び脅迫を辞さないつもりで機をうかがっていた。
「無言、ということは図星だったかな。確かに僕は、戦闘は得意ではない。とりわけリミッターを解除した状態なら、サムライ衆の中では最弱。そこに議論の余地はないし、特別な思い入れもない。強くある事は、僕の役割ではないからね。しかし、リミッターが有効なら話は変わる。――僕がリーダーとして在籍してる間、時田の悪巧みは全てねじ伏せるつもりだ」
「肝に銘じておきます」
「話なら、いくらでも聞くつもりだ。それがリーダーである僕の責務だからね」
「聞くだけでなく、話す言葉にも配慮した方がいいと思いますよ」
気が付くと超能力による拘束が解けていた。
自由にある手を動かしながら、怒りが消失してることに気が付くと、大人しく席に戻る。
――溜飲を下げた理由は、長光の憂さ晴らしのシーンを思い出したから。
「落ち着いたみたいだね」
「超能力には、メンタルケアの効能でもあるんですか?」
「この状況で頭が冷えたのは、君が話の通じる人間だからさ」
テーブルが本来、設置されてた真向いから、やや横にずれた位置に降り立つ。
追いかけるようにスマホがテーブルの上に置かれる。
長光は場を仕切り直すように、「ふぅー」と長く息を吐いた。
超能力を駆使して、疲れたのだろう。
「いいかい? 僕は、空閑さんだからこそ、大事になる前に忠告をしなければならなかった」
「……」
「空閑さんと僕らの間には、決定的に違う点が一つある。それは、サムライになった動機さ」
「動機……亜由美は、お金じゃなくて出自を知るためにサムライになったというアレですか?」
「知ってたんだ」
「本人から聞きました」
「そうか」
長光が嬉しそうに笑みをこぼす。
「僕たちサムライは、労力の割に実入りのいい職場だと思う」
「命がけですけどね」
「高額報酬には大なり小なり危険が伴うものさ」
――秀矢。サムライはね、1億円のために命を賭ける連中よ。やわな神経で務まるわけないでしょ。
以前、亜由美から聞いた言葉が頭を過ぎる。
長光の態度に、例外は日下部ではなく、亜由美の方であることを痛感する。
「僕たちはお金のために、命がけで任務を遂行する。逆に言えば、お金がもらえないなら、そんなバカな真似はしない。つまり、僕たちサムライ衆を1つにまとめてるのは、お金といっても過言ではない。だから、大抵のことはお金が解決してくれる。任務における多大なストレスに、内輪のちょっとした諍いによるメンタルへのダメージとかね」
ふと所属してる事務所に勤めてる営業の愚痴が過ぎる。
「給料は我慢の対価、なんて言葉もありますからね」
「おまけに、うつ病患者に一番効果的な薬、とも言われる始末。……だから、お金ではどうにもならない空閑さんのご機嫌取りが課題に挙がるのさ」
「長光さんの言いたいことは理解しました」
テーブルの上にあるスマホに目を向ける。
亜由美は、うんともすんとも言わない。
自身の生まれが、法龍院家のクローンの内の一人である可能性。
長光の推測と亜由美の様子は、恐ろしいほどに符合してる。
「そんなわけで時田くんには、彼女のメンタルケアを一任する」
「俺が……ですか?」
「少なくとも彼女は君に、自分の出生を話すくらいには心を開いてるからね」
「……まあ、いいですけど」
「いやあ、助かるよ。僕たちは『サムライ』なんて仰々しい役職で呼ばれてるけど、言ってしまえば、ただの有期雇用労働者。誰も彼もがプライベートには立ち入らない、ビジネスライクな関係だからさ」
「俺は、ビジネスライクには慣れてるから大丈夫です。ただ面と向かってハッキリ言われると、少し寂しい気もしますが……」
この言葉は、これまでの人生で培ってきた交友関係と自身の性分から弾きだした。
とりわけ、顔も本名も知らないゲームのフレンドと所属してる事務所の大人達との交流を通じて、自分にとって一番ストレスにならない本音と建て前の使い方を学んでいた。
「気を遣わせちゃったかな?」
「さっきぶん殴ろうとした、お詫びです」
「まあ、いいや。とにかく何でもいいから、空閑さんの事を頼んだよ。ボスの本格的な討伐は、まだ先だろうから、ひとまず時間は気にしなくていい」
「なるたけ早めに何とかします。俺のアイボーですから」
「それは頼もしいね。……うーん、いっそのこと、女性関係のメンタルケアは全部、君に押し付けるのもいいかもね」
「あのー、自分でも言うのも何ですが、俺は陽キャでもなければ女の子にモテませんよ?」
「少なくとも、この職場においては僕よりかは、適任だと思うけどね」




