第62話 憂さ晴らし
6階のベースキャンプに最短ルートで進む中、WARNINGの文字が映し出された。
この先にモンスターがいるようだ。
奧は暗がりのため、敵影が見えない。
「こんな時に敵か」
秀矢は、ぼやきながら刃機を構える。
(ん? どうしたんだ? 亜由美)
戦闘が始まるというのに、亜由美は一言も発しない。
気になって、声をかけようとしたとき《ゴメン、秀矢》と亜由美が申し訳なさそうに言った。
「どうした? らしくないな」
《ん? そう?》
「リスナーの耳は、誤魔化せないよ」
《あははは……ちょっと、ね》
明らかに、心ここにあらず、と言った感じの作り笑い。
(クローンの事を引きずってるのか?)
AIが動かしてるとはいえ、体は本物の人間。
人間が死ぬ様子を目の当たりにして、動揺するのは人間として必然と言えよう。
ましてや、それが、自分と同じ顔を持つ体なら尚の事。
《うん、私なら大丈夫。さあ、モンスターをやっつけるわよ!》
わかりやすいカラ元気。
でも今は、それで十分だ。
日下部と荒川が刃機を構える。
「みんな、この場は僕に任せてくれないか」
長光が言った。
いつもの知的で冷静な声音には、わずかばかりの凄味が含まれてる。
「らしくねえなあ、リーダー。どういう風の吹きまわ――」
荒川が絶句する。
今の長光は、何か悪いものに憑りつかれたような、恐ろしく冷たい目してる。
「憂さ晴らし」
長光は、囁くように言ってから、前を向いた。
日下部がハンマー型刃機を握りしめる。
「そうちゃん、助けはいる?」
「ありがと。でも、手出しは無用だ」
「わかったわ」
長光が前に出る。
「亜由美、前方にいるモンスターの情報を教えてくれ」
《……》
返事がない。
先のボス戦で、何か思うところがあるのだろう。
(……そっとしておこう)
クローンが亜由美なのは間違いない。
顔を一目見ただけでも断定できるが、何よりスマホの顔認証でも『空閑亜由美』と認識したことが決定打となった。
別人と割り切ったとしても、死に目を見て動揺しないわけがない。
秀矢は、自分自身の手でモンスターの情報を収集した。
虎人間、獰猛な狂犬、石像の悪魔が一体ずつ。
四人でかかれば、取るに足らない相手だが、ソロとなれば話は変わる。
今の秀矢のレベルとスキルでも、ゲージがなければソロで倒すのは至難。
ましてや、戦闘は不得意、と公言する長光では心許ない。
――そう思っていた。
だが、心配は杞憂だった。
その戦いは、長光の一方的な蹂躙。
モンスター達が長光に襲い掛かろうとした瞬間、動きが止まったのだ。
身動きがとれないモンスターに対し、容赦なく巨腕を叩きつける。
「荒れてるなあ、リーダー」
巨腕を何度も叩きつけられたガーゴイルの体に亀裂が入る。
「あんな長光さん、初めてだよ」
「いつも平然としてて余計な感情は極力、表に出さないって感じだよな」
「そうですね。距離を感じるというか壁があるというか、本音を知られたくない、隠したい……みたいな」
「二人とも、そうちゃんの事、何だと思ってるのよ。そうちゃんだって、超能力者である前に、一人の人間なのよ。……一応」
「何だよ一応って、フォローしたいのか貶めたいのか、よくわからねえよ。姐さん」
「そういえばサクナは、長光さんと同期だよね?」
「うん」
「昔は、どうだったの?」
「私の目から見た感じだと、2年前と変わらないわ」
「あんな狂暴化して、モンスターをタコ殴りにしてるのに?」
「あはは、さすがにヤンチャするのは、今日で2回目よ」
「リーダーのアレはヤンチャで済むのか?」
長光の巨腕がガーゴイルを打ち砕く。
大小、無数の破片になると同時に、ガーゴイル討伐を示すメッセージが表示された。
残りはワータイガーとアタックドッグ。
長光は、躊躇なく巨腕でアタックドッグを殴り飛ばした。
壁に叩きつけられたアタックドッグは、すぐさま立ち上がると長光に飛び掛かる。
ワータイガーは依然、身動ぎしない。
拘束が解けてるのはアタックドッグだけのようだ。
襲い掛かるアタックドッグを左巨腕の盾で防ぎ、すぐさま右の巨腕でやり返す。
救いなのは、ダメージを負ってるモンスターに悲愴感がないこと。
いくら殴られても、一切の悲鳴をあげずに、威圧的な唸り声と凄まじい剣幕を見せる。
「サクナ、1回目はどんな時だったの?」
「今日と同じよ。あれは、先輩が殉職したから、その穴埋めとして青侍がきたんだけど全滅したの。その直後の戦闘で、今のように荒れてたわね」
「そうなんだ」
秀矢は荒川に目をやる。
「おい、時田。何だ、その目は?」
「まあまあ師匠。……気持ちは何となくわかるけど――」
「姐さんまで!?」
「ほら、久理田さんが……ねえ」
「空手バカ、とか言ってた話か」
(スキル的にもビジュアル的にも、荒川さんは脳筋というイメージがピッタリなんだよな)
口に出したら、手が出てきそうなので、喉元までせり上がってきた言葉を飲み込む。
「――ったく。お前はバカか。武道を習ってるからこそ、素人には無闇に手出ししないんだよ。ましてや弱い者いじめなんて論外だ」
「……何か、すみません。荒川さん」
「おう、わかったなら、それでいい。……ん? 謝罪をするってことは――」
「だいちゃんから、理路整然とした反論が飛んでくるとは思わなかったわ」
「姐さん!?」
「これが俗にいう正論パンチね」
「……何だ、この、物凄い敗北感は」
荒川は悔しそうに奥歯を噛み締め、拳をわなわなと震わせてる。
秀矢は、長光の方に視線を移す。
歓談に興じてる間に、相手がワータイガーに変わっていた。
ログには、アタックドッグ討伐を示すメッセージがあった。
「それにしても、長光さんのワンサイドゲームだな」
「そうね。でも、こんな時だからこそ油断はしないでね、師匠」
よく見ると日下部はハンマー型刃機を握りしめてる。
何時でも加勢できるように警戒をしてるようだ。
「忠告ありがとう。次からは、そうするよ……これじゃ師匠って肩書も形無しだな」
「ここでは、私が先輩だからね」
「頼もしいよ、サクナ」
「戦局は優勢に見えても、呆気なく崩れる時ってよくあるでしょ?」
「そうだね」
「それに、そうちゃんのあの戦い方って、長く続かないのよ」
「そういえば超能力は、燃費が悪いって言ってましたね――」
話をしてる間に、ワータイガー討伐を示すメッセージが表示された。
戦闘を終えた長光の両肩が上下に激しく動いてる
「今日のところは取り越し苦労だったね、師匠」




