第60話 探り
キイィ、と蝶番の擦れる音が鳴る。
扉が開け放たれた瞬間、脳に何かが流し込まれる感覚に襲われ、視界がモノクロに染まる。
崩壊の兆しが発動したようだ。
映像には、自分の背中があった。
周囲は天井と壁、どちらも遠くに見える。
とても大きな部屋のようだ。
自分の向かい側にいるのは、一人の老人。
立派な装飾が施されたローブを纏い、側らには魔除けと思しき、小さなオブジェクトがひとりでに浮いてる。
厳めしい表情に虹彩と瞳孔のない目。
無精髪と大腿部まで伸びた髭が目を惹く。
対峙する両者。
口火を切ったのは、秀矢。
刃機を振りかぶり、斬りかかる。
老人のチャームが変色した。
次の瞬間、秀矢の体が無数の肉片となった。
それを認識すると同時に映像が切り替わる。
意識を取り戻す。
視界が総天然色に染まる。
三人からの視線を感じた。
秀矢は三人の顔色を一瞥する。
皆、真剣な顔でコクリとうなずく。
《秀矢、映像は見えた?》
右上のウィンドウに映る亜由美がたずねてきた。
ウィンドウの下には、CLOSEと書いてある。
これは映像と音声を、他のスマホと共有してない事を意味する。
反対にOPENなら、共有してることとなる。
秀矢は思念で文字を入力し『ああ。バッチリとな』と返信した。
《それじゃ作戦は覚えてる?》
『当たり前だろ』
秀矢は6階のベースキャンプで長光から周知された作戦を振り返る。
崩壊の兆しの発動は予定通り。
次に、なにを目指すのか?
それは、ボスを倒せるまで強くなること。
では具体的に、どこまで強くなれば倒せるのか。
答えは、ボスと対峙した時に、崩壊の兆しが発動しなくなるまで。
――ボスの討伐に期限を設けない。
秀矢が最初に聞いた時、懸念したのが『どこまで強くなればボスが倒せるのか?』だった。
ゲームなら攻略サイトにレベルやスキルにビルド、習得するべきキャラコン等の明確な指針がある。
但し、それは、先行したプレイヤーによってもたらされた攻略情報に他ならない。
自分達がやるのは、前人未踏の難敵を攻略すること。
どれだけ修練を積み重ねても、憂いがつきまとうのは必至。
しかし、長光は言った。
『崩壊の兆しが発動する内は、レベル上げとボスの手札を探ることに専念。発動しなくなったら、ボスとサムライ衆の戦力差が埋まった証だ』と。
目から鱗とはこの事を指すのだろう、と思った。
秀矢は、長光のウルトを予知能力の一種として捉えていた。
しかし、長光はウルトの発動条件を彼我の戦力差を図る物差しに応用したのだ。
何より、5層のボス討伐で実証済み、という点が大きい。
この作戦を聞いた時、ボス討伐という難題を前に、長光と日下部が冷静でいられる理由を理解した。
(大丈夫だ。予知で、誰が死ぬかは大した問題じゃない)
ゲージを確認する。
大体、半分の量が埋まってる。
時間にして約1分30秒といったところだ。
『英雄叙事詩の制限時間をみんなに共有してください』
そうチャットに打ち込む。
――英雄叙事詩、起動。
ゲージの下にタイマーが表示された。
カウントダウンがはじまる。
今回の戦闘においてウルトの時間は、交戦時間を意味する。
そして、カウントダウンが0になれば戦線を離脱する。
尚、6階のボス戦は、退却が可能であることは事前調査によって判明してる。
調査方法は、青侍をリモートコントロールで操作して、ボスとの交戦中に退却行動の実施。
まず、複数の青侍を用意し、大半の人員をボスと交戦させる。
そして、逃走確認用に二名待機。
ボスと交戦中に、一人は突入口に後退、もう一人は下り階段に進行。
ここでボスが退却する青侍への関心の度合を確認。
さらに、戦闘する青侍が残り一人になった後、退却行動に移し、戦線を離脱可能か確認。
内容を聞いた時、安堵ではなく罪悪感に苛まれた。
なまじ青侍が人の姿をしてるためか、他人事で済ませることができなかった。
『制限時間を確認。これより作戦行動に移る』
長光からチャットが送られてきた。
一同は部屋の中に入る。
中は、崩壊の兆しで見た光景と酷使してる。
恐ろしいことに、天井が通路で見たものより高い位置にあり、両脇の壁は遠くに見える。
まるで、教室の扉を開けて中に入ったら体育館に出た、みたいに、外から見た印象と内から見た実際の体積に開きがある。
縦にも横にも広いので、動きに不自由を感じることはないだろう。
長光と青侍達が疾駆する。
日下部、荒川、秀矢の三人が後に続く。
前に進むたびに、プレッシャーが重くなる。
ボスの姿が見えないのに、赤いWARNINGの文字が映し出される。
程なくして、長光と青侍達が止まる。
そこには、一人の老人が立っていた。
ローブ、大きくて煌びやかな石がはめ込まれた魔除け、無精髪に大腿部まで伸びた髭はどちらも白く、薄暗いダンジョン内において際立ってる。
厳めしい表情に虹彩と瞳孔のない白目は、恐ろしさと不気味さを併せ持つ。
大体10メートルほどの距離を取ってるはずなのに、老人から放たれる気迫は、化け物と呼ぶに相応しい悍ましさを秘めてる。
各々、ボスとの距離を保ちつつ、横に展開。
但し、こちらから仕掛けることはない。
目的は、ボスの攻撃手段とパターンをつまびらかにすること。
仕掛ける時は、相手の出方が全て明らかになった後でいい。
息苦しい静寂が訪れる。
カウントダウンがやけに遅く感じる。
残り70秒を切る。
その時、老人の口が開いた。
言葉とは認識できない音声を吐き出す。
魔除けの石が緑に変色する。
次の瞬間、そよ風がほほをかすめた。
自身が細切れになったモノクロの映像が鮮明に浮かび上がる。
続けて、カミソリの刃を想起させる薄い板状の物体が魔除けから放たれた。
《ブリーフィングで周知されたカマイタチの一種ね。気を付けて!》
秀矢は、悠々と薄い板状の物体――カマイタチを回避した。
しかし、カマイタチはマシンガンの如く、間断なく無数に飛んできた。
難なく回避する。
亜由美の言う通り、この手札だけは事前に知らされてたので事なきを得る。
先行した青侍達の戦闘記録に残されてた唯一の手札。
長光はサイコキネシスとサイコアームズで凌ぎ、日下部はブーツ型刃機の機動力を活かし、荒川は持ち前の防御スキルで耐える。
しかし、青侍達はそうもいかない様子。
三名の内、二名はところどころ裂傷が見られる。
無数に迫りくるカマイタチに回避行動を試みるが避けきれずに掠めたのだろう。
そして、一名は頭部、手、足、指、腕等の人体を構成する部位が飛散。
鮮血が咲き乱れる。




