第59話 ボス部屋の前
青侍達のみの戦闘テストが完了後、秀矢たちは6階に転移。
そして、ボス戦前の最終調整として、6階のモンスターとの戦闘を通じて、秀矢たちサムライ衆と青侍達の連携のブラッシュアップも済んだ。
6階のベースキャップで補給と作戦の周知を終え、いよいよ6階のボスと相対することに。
6階は、4階と変わらぬ景色と構造だが、ボスに挑む――つまり難敵と戦うことへの緊張と高揚が、心臓を強く打ち、血潮を滾らせる。
体の表面は熱帯びてるが、深部は氷の様に冷たい。
(久しぶりだな、この感覚……)
最初は、小学校の時に出場したペイントゥーン小学生部門の決勝トーナメント。
最後は、ランペイジの日本代表として挑んだ、世界大会のトーナメント。
ルールは普段と変わらないのに、公式を冠するだけで別物に様変わりするみたいだ。
ボスへの道中、普段と変わらない足取りのつもりだが、ぎこちない浮遊感を感じる。
《秀矢、緊張してる? 心拍数が凄いことになってるよ?》
「緊張するだろ、普通……」
《まあまあ、今日のところは様子見なんだし、もうちょっと落ち着いたら? 青侍との連携もいい感じだし》
「わかっては、いるけどな」
ただ、今までのゲームの試合と異なる点は、命がかかってること。
今日に至るまでの約2週間、命の危機に瀕した局面は多々あるが、いずれも想定外の事態が引き起こした副産物。
今回のように、難敵に打って出るのは初めての事。
自らの足で死刑台をのぼる死刑囚のような心情を抱く。
気を紛らわすように、他のサムライの顔色をうかがう。
個人差はあれど、表情が硬い。
無理もない。
今から死地に赴くのだから。
唯一、笑顔を振りまいてるのが、隣にいるアバターの亜由美。
荒川は嘆息を吐いてから「お前は、気楽でいいな」と滅入るような口調で言った。
《仕方ないでしょ、死んじゃってるんだもん。大体、緊張しすぎると動きが硬くなるだけよ》
亜由美の顔から笑みが消え、真顔に変わる。
《マジレスすると、このままだと本当に死んじゃうわよ》と落ち着いた声で言った。
荒川は意味深な間を置いてから、口を開いた。
「……そうなったら、そうなったで構わねえよ」
遠くを見るような表情だった。
悟り、諦め、達観、憂鬱が入り混じった大人の顔。
かける言葉が見つからない。
亜由美は、失言と思ったのか、顔をしかめる。
数秒間の沈黙の後、日下部が笑顔を浮かべる。
「まあまあ二人とも。そんなに重く考えないで」と、ぎこちない声音で言った。
後に続くように、長光が「ふう」と短い呼気を吐く。
「荒川くん、無理して強がる必要はない。適度な緊張感は、勝負どころではプラスに作用することが多い。それに今日は、空閑さんの言う通り、ちょっとボスの顔を拝みに行く程度だから、むしろ普段の戦闘よりも楽に終わるさ」
「それは、理解してるんだけどな」
《大体、ボス戦は初めてじゃないでしょ? 経験者がしょぼくれた顔してたら、秀矢が不安がるじゃない》
「亜由美、命がかかってるなら普通、緊張するだろ?」
「空閑は、緊張感が無さすぎるんだよ。心臓に育毛剤つけてんのか?」
「そうね。あみちゃんは生前から、いつも、そんな感じだったよね。……そこが頼もしいと思う反面、怖いと思う時もあったわ」
《命が惜しくて、顔出し配信なんてできないわよ》
「なるほど。だから亜由美は、大会でも真剣味が1ミリも無いのか」
《ひどい! みんなしてイジめる》
亜由美が泣く素振りをする。
臨場感のあるアバターのためか、良心に小さなトゲが刺さる。
「着いたよ。この扉を開けた先にボスがいる」
一同が止まる。
目の前には、いかにも中世ファンタジーにありそうな粗末な木材と金属で加工された扉がある。
扉の中央部、目の高さの位置には、9枚の文字と思しき印が刻まれた金属の板が縦横3つずつ設置されてる。
看板だろうか。
そこに刻まれた印は、英語、日本語、ロシア語のように1枚1枚、形が異なる。
「長光さん、この文字、読めますか?」
「読めない。少なくとも、僕たちの世界の文字ではないようだ。解読できたならボス攻略の糸口になるかもしれないけど……空閑さんは、読める?」
《無理無理無理! ア、ア、アイキャンノットスピークイングリッシュ!》
「亜由美、アイボーとして、この看板の文字を解読できるのか? ってことだと思う」
「少なくとも、空閑さんに英語を教わるつもりはないよ」
《そうだった!? 私自身、アイボーという自覚がないから、つい――》
「あみちゃんの場合、それでいいと思う」
「ああ。変に小賢しいよりかはいい。空閑が秀才になったら調子が狂っちまう」
《ひどい! みんなして私をバカにする! 秀矢、助けて~》
亜由美が秀矢に抱きつく、というモーションを繰り出す。
見た目は接触してるが、ただの映像のため、感触はない。
「――で、空閑さん。解読はできる?」
亜由美は《はーい》と、不満そうに口を尖らせる。
そして、秀矢から離れて真顔になると、両手を宙にかざした。
《待ってください……うーん、やっぱりデータベースに検索をかけても、どの看板の文字も解読はできないわね。……でも、1行だけは読めるみたい。えっと……『9:00と17:00』。何これ。数字……というより時間ですかね?》
「空閑さんの答えも僕のアイボーと同じか」
《ひどーい。バトルならともかく、情報の取り扱いは他のアイボーと同じですよ》
「そこは承知してるさ。それでもAIが導き出した答えに、人間の見解を掛け合わせること自体に意味があると思ってるんだ」
《ふーん、よくわからないですけど、とりあえず私の答えは問題無いってことですか?》
「うん。ありがとう、空閑さん」
荒川の眉間に皺が寄る。
「9時5時って、ここのボスは、就業時間でもあんのかよ」
《しかもホワイト企業ね。私が所属してる事務所と違って》
このままだとキリがないと判断したのか、長光が割って入る。
「みんな。歓談はここまでだ」
長光が右コメカミを2回、右の人差し指で叩く。
亜由美の表示方法を切り替えたようだ。
それに呼応するように、他の三人も右コメカミを2回叩く。
視界の右上にナビゲーターモードの亜由美が表示された。
長光は扉に手をかけると「それじゃ、扉を開けるよ」と言った。
三人はそれぞれ、コクリとうなずいた。
秀矢は固唾を飲んだ。
動悸が激しくなる。
覚悟を決め、刃機を握りしめた。




