第56話 長丁場
「そういうこと。――しかし、本番で任務を放棄されるのも困る」
「まあ、確かにそういう事は、思いつきましたけど、さすがに実践しませんよ――」
「ちなみに過去の記録には、番人の目を盗んで下の階層に行った、というものがある」
「前例があるんですか」
「時期は、二十一世紀をむかえた直後の、人の命が空気より軽い時代」
「そうちゃん、それはさすがに言い過ぎかと……」
「パーティは大体40人前後。軍隊で言えば小隊規模で、今と違って大所帯。さらにスマホもナノマシンもないから監視も緩い。ひとたびパニックに陥れば烏合の衆と化すのは想像に難くない世代。ボスを倒す力もない連中が、命からがら下の階層に行ったところで、結果は火を見るよりも明らか。――時田くんなら、わかるだろ?」
モンスターの強さは、階層の深さに比例する。
これまでの任務で戦った1階から4階までのモンスターとの実戦経験が物語ってる。
既知のモンスターですら数で攻めてこられては無事では済まないことも。
そして、ボスを素通りした先にあるのは、未開拓の階層。
モンスターの強さが増すだけでなく、情報が何一つないフロアを一人で探索するのは、自殺行為そのもの。
「そうですね」
秀矢は、覇気のない声で答えた。
「それでも尚、本番で心変わりしたなら、士道不覚悟と見なし、お館様の承認を得た上で、皆の命を預かるリーダーとしての責務を果たす」
「……」
「わかってくれたみたいだね」
「おかげ様で、邪念が消えましたよ」
身勝手な行動が招く災難。
前回の任務で直面した、敵の増援と日下部の両碗欠損という事実が秀矢の心に突き刺さる。
「リーダー。今回は、どんなスケジュール感で進めるつもりだ?」
荒川が長光に訊ねる。
「そうだな。現在の戦力に、5階のボス討伐の期間を加味して……大体、4か月ってところかな」
「4か月!?」
想像の遥か上を行く予測に衝撃を受け、思わず声を上げた。
しかし、荒川と日下部は、長光のスケジュールが妥当と言わんばかりに納得してる様子。
「師匠は、JRPGはプレイする?」
「体験版で挫折。ありとあらゆる進行が遅すぎて投げた」
「それなら無理もないかな……」
「サクナ、5階のボスは、どのくらい時間かかったんだ?」
「3か月くらいよ」
嘘を吐いてるようには見えない。
一刻も早く、推しを蘇らせたい、という想いのおかげで焦りが募る。
《時間かかるのは、仕方ないわよ》
「そう言われてもなぁ……」
《私も最初は時間かけすぎ、って思ったんだけど、実際にやってみたら3か月でもギリ勝利って感じよ》
「マジかよ」
これが『探索のノウハウが無い』ということなのだろう。
いくら戦闘能力で賞賛を浴びたところで、ダンジョンの探索において、戦闘は一つの手段に過ぎないのだ。
「ボスを倒すためには、途方もない準備が必要なの。さっき、あみちゃんが言った『探り』はその一つね」
「ボスの情報以外にも、あるの?」
「そうよ。ボスと戦ってみて、今の実力だと勝ち目がない、としたら師匠ならどうする?」
「勝てるようになるまで、地道に実力を伸ばす。これ以外に無いだろ」
「よくできました~、さすが師匠」
「師匠という呼ぶわりに、尊敬の念を感じないんだけど――」
「では、ダンジョンで実力をつける方法は、何でしょうか?」
「レベル上げとスキルの習得――JRPGはやらないけど、アクションRPGはたまにやるから、それくらいはわかる」
「正解。つまり『ボスを倒す』というのはね、一人の犠牲者も出さずにボスを倒せる戦力を整えるまで、レベル上げと情報収集を繰り返す必要があるの」
「石橋を叩いて渡るって感じなんだな」
「姐さんが言ってるのは、そんなものじゃないぞ。時田」
(姐さん?)
聞き慣れない呼び方に、引っかかるものを感じた。
だが、日下部からは、気にする素振りが見られないので、二人はそう言う間柄なのだと納得した。
「荒川さん」
「どこの誰が作ったのか分からない橋は、決して渡らない。それが例え、頑丈に見える石橋でもな。――代わりに、俺達が十分なリソースを使って、なるたけ丈夫な橋を作る。事故を減らすためには、自分達で作るのが一番確実だからな」
(うーん、橋を作ったことが無いから今一つ、わからない)
《おまけに、任務は毎週土曜日のみ。時間かかる理由、わかったでしょ?》
「ああ」
《手負いの獣は怖いからね。準備しすぎて困る事はないわよ》
「わかってるよ」
油断と慢心が死を招く。
前回の任務で、自身の驕りが引き起こした惨事が鮮明によみがえる。
消失した両腕。
おびただしい血だまり。
(……あんな思いは、二度とゴメンだ)
心に深く刻み込まれた惨劇は戒めとなり、秀矢の驕りを払拭した。




