第45話 第2陣
「長光さん、下の階のモンスターが上に来ることってあるんですか?」
「4階辺りからは、結構あるよ。階層が深くなるにつれて、モンスターの狡猾さが増すんだ。だから戦闘に時間をかけすぎると、モンスターが騒ぎを嗅ぎつけて、やってくるのさ」
そうですか――と、相槌を打とうとした時、4階では受けた事のない圧迫感が全身に降りかかる。
(俺のせいか……こいつらと戦う事になったのは)
増援の原因は、戦闘が長引いた時。先ほど聞いたばかりだ。
秀矢は、身勝手な行動が招いた事態に罪悪感を覚える。
だが、すぐさま気持ちを切り替え、目の前の障害を乗り越えることに注力する。
これは、プロゲーマー活動を通じて会得したセルフマネジメント。
精神の乱れは思った以上にプレイに支障が出る。
公式大会で先に一本取られ出鼻をくじかれた時、もしくは次を落としたら敗北を喫する正念場こそ、冷静になることの大切さを学んだ。
では、どうすれば冷静になれるのか。
秀矢は、公式非公式問わずの多くの大会の出場を経て、独自の手法を確立した。
それは、反省と落胆を切り分ける事。
反省は、負け筋を洗い出し、次の試合までに改善すること。
落ち込むのは、敗者になった後でも遅くはない。
という風に、反省と落胆を分割することで、試合中のパフォーマンスを落とさないように努めた。
刃機を構え、モンスターの群れを真っ直ぐ見据える。
視界の中央部にWARNINGの英字が踊り、警告音が耳をつんざく。
深呼吸をして、脈拍を落ち着かせる。全身の震えがおさまる。
《まずいね、相手が悪いかも》
珍しく弱気な態度の亜由美に、気持ちがわずかに揺れる。
暗がりから姿を現すモンスターの大部分は4階に生息するものだが、それらに紛れて異彩を放つモンスターが散見される。
人間のような手足を持ち、悪魔を彷彿とさせる異形の頭部と羽を備えた石像。
《石像の悪魔!? 嘘でしょ!? 何で6階のモンスターが!》
亜由美の声には、焦りと驚きが顕著に出てる。
それは定型の警告音よりも緊張感を高めた。
「亜由美。ガーゴイルは、死神より強いのか?」
《1匹だけなら、どうとにでもなるけど、問題は数ね。見ての通り、多勢に無勢。その上、4階のモンスターとは比べ物にならないほど強いのよ》
「それでも、戦うしかなさそうだな」
《そうね。任務達成の通知は来てないし……長光先輩、どうします?》
「時田くんに同意見だ。よりにもよって増援が、ガーゴイルだから文句の一つでも言いたくなるけど、幸いにも他は雑魚だから、僕たちの優勢だよ」
長光の言葉にあてられたかのように、荒川が自分自身の頬をバチンを叩く。
「そいつを聞いて安心したぜ。敵に背を向けるのは性に合わねえからよ」
日下部がハンマーを握りしめる。
「そうねえ。さっさと倒しちゃいましょ」
獣人の群れが怒気を孕む雄叫びを上げた。ジャイアントスパイダーが糸を吐き、ガーゴイルは両手を前に突き出す。
戦いの火蓋が切って落とされた。
――英雄叙事詩、起動。
秀矢は間髪入れずにウルトを発動させた。ゲージの残量から導き出した稼働時間は、約2分20秒。
《お、おお……ウルトが発動すると、こんな感じになるんだ》
「亜由美、何か問題でもあるのか?」
《ううん。むしろ、無敵って感じ》
「なら、よかった。さっさと片付けるぞ」
《オーケー、秀矢》
秀矢がウルトを発動させた理由は2つある。
一つは、早めに排除して戦闘時間を短くするため。もう一つは、自身がガーゴイルとの戦闘経験を積むこと。
いずれも第三陣への布石を打つため。
ウルトにより、全てのスキルを解放した秀矢にとって、目の前のモンスターの群れは、有象無象に過ぎない。
飛躍的に向上した身体能力と洞察力によって、ガーゴイルを始めとするモンスター達の習性、攻撃の予兆、前隙、軌道、後隙の全てが手に取る様にわかる。
無論、モンスター達の情報は事前に把握はしてるし、歴代のサムライ達が積み上げてきた戦闘経験はアイボーから、ナノマシンを経て、肉体と刃機に反映される。
しかし、先人の知恵の活用方法を見出すのは、あくまで自分自身なのだ。
仕入れた知識を躊躇いなく出力し、多くの試行回数を重ねて、初めて戦術と成る。
入力と出力の繰り返し――全ての学習に通ずる手法を、秀矢は対戦ゲームを通じて学んでいた。
自身のウルトの特性である、短時間の自己最大強化を利用して、敵の殲滅だけでなく学習時間の短縮させた。
ガーゴイルの基本戦術は二つ。
一つは、石像特有の重量と硬さに生き物を彷彿とさせる素早い所作から繰り出される物理攻撃。
もう一つは、魔法。両手を前に突き出した時、手の先にバスケットボール程の火の球を作ってから、対象に向けて放つ。
軌道は直線だが、人間と同様に動きを予測する。所謂、偏差撃ちを使用してくるので、状況に応じて回避方法を定めておくのが無難。
難点は、魔法耐性が高いこと。
ウルト中の出力ならエーテル弾と斬撃、どちらでも容易に致命傷を与えられる。
だが平常時の出力では、一太刀で致命傷を負わせることは叶わず、エーテル弾に至っては、かすり傷すら怪しい。
(十分な収穫だ。決して、今の俺が勝てない相手じゃない)
「降魔斬!!」
ウルトによって解放されたスキルで、格上のモンスターであるガーゴイルを撃破する。
秀矢は、この戦いを通じて、ガーゴイルの負け筋を潰した。
2分が経過する頃、第二陣のモンスターは全て地に伏していた。
こちらに大きな損害はない。多少の息の乱れはあるが、満身創痍とは程遠い。
第三陣と戦う余力がある事に違いないだろう。
辺りからモンスターの気配はない。
マップを確認する。第三陣の赤い円は自分達との直線上にあるけど、場所は遠く離れている。
(ん? こいつら、動いてないのか?)
嫌な予感がした。




