第39話 ヘイトコントロール
秀矢の視線は、荒川の背中を捉えてる。
モンスター達の視線が荒川に向いてる。
しかし、全てではないようだ。
刺すような敵意を感じる。
もしものために、と地面で横倒しになってる刃機に手を伸ばした。
「はぁぁああああ!!」
その瞬間、大気が震えた。耳の奥に鋭い痛みが走る。
そして、自分に向けられた敵意が消えた。
全てのモンスターの視線が荒川に集まる。
敵意を一身に受ける荒川の後ろ姿は、先ほどよりも大きく見えた。
「荒川さんは、MMORPGで言うタンクか」
タンク――敵のヘイトを稼ぐことで、味方の損害を最小限に抑える役割。
主にRPGでは、攻撃に弱い味方を守るための壁、味方が受けたダメージを肩代わり、今の荒川のように敵のヘイトを自分に仕向けることで味方の負担を減らす等、パーティの継戦能力の要である。
《そうそう。ちなみに、さっき叫び声は荒川のスキルだからね。秀矢が真似したら、うるさいってクレームが来るわよ》
「真似しねえよ。そういうキャラじゃないし」
《ちなみに私は、真似したよ》
「体験談かよ!?」
《クレームは、別の理由だったけどね》
「どういうことだ?」
《敵の注目を集めるには、条件が二つあるわ。一つは、目立つこと。もう一つは、他に目立つものがないこと》
「荒川さんが俺に休めって言ったのは、そういう事か」
《秀矢が刃機をもって警戒を強めると、気をそらす奴が出てくるかもしれないからね》
話を聞いた秀矢は、意識的に神経を緩めた。
荒川とモンスター達との対峙に注目すると同時に、戦いの火蓋が切って落とされた。
最初に動いたのは、ローグとコボルド。
荒川は迫りくるモンスター達の攻撃をかわす。すれ違い様に拳を繰り出す。
ローグはその場で倒れ込み、コボルドは頭部があらぬ方向に曲がった。
息絶えたコボルドの体が地面につく前に、ヴォーパルバニーの群れが荒川に襲い掛かる。
先頭にいるものは大きく跳躍し、口を開いた。
そして鋭い二本の前歯で噛みつかんばかりに飛び掛かる。
それを左腕の刃機で防ぐ。
噛みついて離れないヴォーパルバニーを、荒川は左腕を前に突き出すことで剥がす。
荒川が飛ばしたヴォーパルバニーが後続と衝突。
隙を見出したのか、この戦闘で初めて荒川が攻勢に転じる。
先ほど衝突した二匹のヴォーパルバニーに詰め寄り、鋭い蹴りを放つ。
太い足がモンスターの体にめり込む。
蹴りをまともに受けたヴォーパルバニーの血のように赤い目がぐるんと回って黒くなる。
もう一匹の方にも同じように、鋭い蹴りを放つ。
先ほどと同じように、足が体にめり込み、目がぐるんと回り黒くなる。まるでリピート再生をしてるみたいだ。
地面横たわる二匹の白兎から起き上がる気配はない。
直後、上方から黒い影が凄まじいスピードを伴って、荒川の頭部に直撃する。
「そんなんで、俺の首はとれねえぞ」
荒川は、無事のようだ。
地面に降りた黒い影の方を見る。
それは先ほど荒川に襲い掛かったヴォーパルバニーの群れの最後の一匹だった。
次の瞬間、白い球がモンスターの群れに向かって飛んだ。
荒川が足元に居たヴォーパルバニーをサッカーボールのように蹴り飛ばしたのだ。
そこからの荒川は、無双と呼ぶに相応しい戦いぶりを見せた。
蹴り飛ばした白兎を追いかけるように、モンスターの群れに飛び込む。
そして、手あたり次第、モンスターを叩きのめした。
オーク、コボルド、バブリースライムはおろか、毒を吐き出すゾンビすら、太い手足から繰り出されるパンチとキックによって次々と地に伏せていく。
その動きは非常に洗練されており、一挙手一投足が機敏で的確にモンスターを捉える。
素人目でも戦い慣れしてることがわかる。
これまでの戦いぶりと体の作りから見て、格闘技の経験者なのだろう、と秀矢は推察した。
ただ最後の相手は、そうもいかないようだ。
ガスクラウド――物理攻撃が効かない霧状のモンスター。意思を持った霧が雲のような形を成してる外観。
そんなモンスターと対峙しても尚、荒川は助けを求めてこなかった。
だから、秀矢は見届けることにした。
荒川は腰を深く落とし、右肘を引いた。
正拳突きの構えなのだろう。
そして、荒川の全身に淡い光が帯びた。
「ハァッ!」
気合がこもった掛け声とともに、右肘が消えた。
同時に、雲状にまとまってたガスクラウドの体が、突風に吹かれたかのように消し飛んだ。
荒川の全身を包む薄膜の光も消える。
「休憩は、終いだ」
荒川が振り返る。
大きなな怪我や毒にかかった様子はない。
念のためパーティメンバーのコンディションを確認するも、特に何も書かれてない。
「敵は全部、荒川さんの方に向かってたな」
《でしょ? 結構、楽させてもらったのよ》
「亜由美がやたら潜伏系のスキルを推した理由は、これか」
《そうそう。荒川が引き付けてる間、秀矢が攻撃スキルで倒す。おそらく今後の雑魚戦は、それが主軸になるはずよ》
秀矢のスキルラインは豊富で多岐に渡るが、その中でも突出して多いのが斬撃スキルと聖属性スキル。
次点で火と雷属性スキル、力と器用さと魔力を向上するパッシブ。
他と比較して少ないのが射撃の命中精度と速さ向上のパッシブ。
潜伏系に関わる気配断ち、高速化は人並み程度にはあるが、透明化、ヘイト減少等の主力となる潜伏系スキルはなかった。
以上を踏まえると、秀矢のメインは近接、サブで中遠距離を属性弾で応戦するアタッカータイプ。
ヘイトコントロールができる味方と組むなら亜由美の言う通り、潜伏系とヘイト減少系スキルを先に取得しておくのがベターと言える。
「さすが荒川くん。念のため、うっすらと警戒はしてたんだけど取り越し苦労だったようだね」
「2階のモンスターは、もう敵じゃねえ。それよりもリーダーは、本調子じゃないんだから、少しでも休んでおけよ」
「心配には及ばないよ。今日は、こいつもあるからね」
長光は、サイコアームズにある6本の腕をガチャガチャと動かした。
サイコアームズの滑らかで生々しい挙動と操者が生身の人間の姿のせいで、機械を操るという羨望より嫌悪感が上回る。
「それじゃ荒川くん。下り階段まで先導を頼むよ」
「あいよ」




