九死に一生を得る高校生活
「――で、小学生のように、奇声をあげながら学校中を駆けずり回った理由。聞かせてもらえませんか? 今後の指導に活かすために」
俺と壱河は今、職員室で担任に詰められてる。
冷ややかな視線が痛い。
救いなのは、担任の視線には、蔑みや侮りと言った人を見下すような感情がないこと。
今の時点では一教師として、接してくれてるようだ。
問題は、担任を納得させる理由が思い浮かばないこと。
何せ、本当の事を言ったら信疑に関係なく、機密保持違反による士道不覚悟と見なされる可能性があるので、本当の事を言うわけにはいかない。
だから俺は今、必死に頭をぶん回して、それらしい理由を考えてる。
もう一人の当事者である壱河もだんまりを決め込んでる。
しびれを切らしたのか、担任は再び口を開いた。
「もう一度、言います。奇声をあげながら学校中を駆けずり回ったあげく、互いの体を抱きしめ合った理由。聞かせてもらえませんか? 今後の指導に活かすために」
一言余計だけど、ツッコミを入れる余裕はない。
それは壱河も同じようだ。
《あれは不慮の事故よ! 決して、抱き合ったわけじゃないわ》と何故か亜由美が割って入る。
「私は別に、あなた方の関係について、とやかく言うつもりは毛頭ありません。私があなた方の担任なので仕方がなく、貴重な昼休みの時間を割いて問い詰めてるのです。主任に言い訳をするために」
この担任、ひょっとして教師に向いてないのでは?
「……2人して、だんまりを決め込むつもりなら仕方がありません。言い訳は、先生の方で考えておきましたので、この件についてはもう結構です」
「あの先生、考えておきました、というのは、どういう意味ですか?」
担任は「こういう事です」と言ってから、わざとらしく咳払いをした。
「午前中、時田秀矢に熱烈な視線を送り続ける壱河葵は、欲求不満が続いたまま昼休みをむかえた瞬間、我慢の限界に達してしまい、時田秀矢と異性交遊を図るため執拗に追いかけまわした、という内容で主任に報告するつもりです」
他の先生たちがいる中で、担任は真顔のまま、淡々とした口調で言った。
本気で、その内容を偉い人に報告するつもりか?
「いかがですか?」
「随分と誇張してると言うか、多分に先生の主観が入ってると思います」
「い、生きてる人間、怖い……」と、長い沈黙を破った壱河がか細い声で言った。
きっと壱河なりに誤解を解いてるつもりなのだろう。
「はぁ……私は、見聞きした事実を言葉にしただけですが」
《どこから欲求不満とか異性交遊なんて言葉が出てくるのよ》と亜由美が小声で毒づく。
こういう時、あけすけに物を言える亜由美がうらやましい。
担任は考え事をしてるのか、顎に手を当てる。
命がかかってなければ、誤解を解くために色々と申し開きをするんだけどな。
「十塚先生、部室の鍵を持ってきました」
職員室の入口から聞き覚えのある男の声が聞こえた。
担任は考える仕草を解いた。
「百瀬。今、取込み中だから、先生の席まで持ってきて」
先生の名前、十塚って言うのか。
まあ名前を知らなくても先生は全員、先生って呼べば反応するから、名前を覚えなくても特に困る事は無い。
《秀矢、担任の名前くらい覚えておこうよ》
「何で、わかったんだよ」
《顔に出てたもん。油断してるから、そうなるのよ》
「気を付けるよ」
「そうね。名前、大事」
「壱河まで――」
「悪霊を祓うのに、名前、凄く大事」
《秀矢! 私の名前は絶対に伏せておいてよ! トップシークレットだからね!》
「……気を付けるよ」
俺達三人? が小声で話してる間に百瀬が近くにやってきた。
百瀬の手には、俺のカバンがある。
「おーおー、お二人さん。説教を食らってる最中か」
「でなければ、こんな所にいないよ」
「でも丁度良かった。時田、カバン返すよ」
俺は百瀬からカバンを受け取った。
「先生、鍵の返却、お願いします」
「百瀬。君は、時田と壱河とは顔見知りなのか?」
「ええ。さっきまで、3人で部室にいましたよ」
「ふーむ……それなら、丁度いいわね。時田、壱河……二人とも、映像作成部に入りなさい」
当然、2つ返事というわけにはいかない。
活動内容以前に、俺にはダンジョンの攻略という立派な副業がある。
無論、騒ぎを起こした負い目があるので、無慈悲に断るのも気が引ける。
俺はチラリと壱河の方を見る。
壱河も似たような感じだった。
本当は拒否したいのに、周囲の顔色を気にして押し黙ってるように思える。
「時田、壱河。もし、二人が入部したなら今回の騒動、担任として秘密裏に処理します」
「もし、断ったら?」
「言うまでも無く、学校中に拡散します。――君達2人は、先生の目の届かないところで抱き合っていた、と」
「それが担任のやることですか!?」
「覚えておきなさい。先生はね、先生の人生を脅かす不穏分子は徹底的に排除する方針なの」
この人、文句いいながら無難に仕事をこなすタイプだ。
問題は、倫理観が破綻してるので、絶望的に教師に向いてないところだけど。
「だから、私は高校教師を選択しました。保護者はいないし、邪魔な生徒は退学処分にできますので」
《先生! 退学処分は、壱河葵だけにしてください!》
「高校生活に、未練はないけど、悪霊にだけは言われたくない」
亜由美と壱河がヒートアップしてる。
つうか、ここ職員室だぞ?
昼休みとはいえ、他の先生方は、十塚先生に注意しないのか?
百瀬は俺達の様子を見てドン引きしてるし、他の先生方は――俺と目が合った瞬間、我関せずと言わんばかりに視線をそらす始末。
うちの学校、私立じゃないから、一介の教師の横暴はお国の偉い人が許さないはずなのに、一体何なんだ?
そんな中、十塚先生は、顔色ひとつ変えずに口を開いた。
「時田と壱河は、名前を書いて入部届を出すだけで構いません。目的は、部費ですので……構いませんね? 百瀬」
先生の声で正気を取り戻した百瀬が「あっ……そうですね。幽霊部員でも、3人以上いるなら部費が出ます」と取ってつけた感じで言った。
「それでも不服なら、お二人の部活動は、私の方で捏造しておきます。ガクチカの助けになりますよ」
十塚先生は俺達に、入部届の用紙を差し出す。
部費と内申点の交換。
悪くは、ないな。
少なくともマイナスにはならない。
そもそも、ここは何の特色もない平凡な公立高校。
口約束が守られる保障もないけど、約束を破られたところで、こっちに被害があるわけでもない。
「わかりました。入部しますよ」
俺は十塚先生から紙を受け取った。
そして、カバンからペンを取り出し、入部届に名前とクラスを記入してから十塚先生に提出した。
十塚先生は、涼しい顔で受け取ると「ありがと。決して悪いようにはしませんから」と淡々とした口調で言った。
「壱河も書くか?」
俺はボールペンを壱河に差し出した。
壱河は無言で、俺からボールペンを、十塚先生から入部届を、ひったくるような所作で持っていった。
そして、入部届に必要事項を記入すると、十塚先生に提出する。
その直後、俺にボールペンを突きつけてきたので、何も言わずに受け取った。
「まあ、その……紆余曲折あったけど、映像作成部へようこそ。お二人さん」
百瀬が歓迎の言葉を口にする。
「名義を貸しただけだ。多くは期待しないでくれ」
「つれないこと言うなよ~、俺達は同じメーカーの端末を持つ同士だろ? スケールシリーズはAIがいい感じに編集してくれるから、二馬力になると助かるんだよ」
そういや、偽プロモ動画もAIが編集をやってるとか言ってたな。
それなら、同系統のAIを積んでるクソバカデカスマホの編集能力は実用性あるのか?
今度、試しに家で使ってみるか。
「――というか百瀬は、まともに部活動する気あるのかよ?」
「当たり前だろ。学校の金が使えるなら、活動の幅が広がるじゃないか」
どおりで部費を欲しがるわけだ。
「その上、不要になった物は換金すればいいので」と十塚先生が補足する。
この人が言うと、買い替えの資金ではなく、ポケットに着服しそうな気がするんだよな。
まあ、俺に危害が及ばなければ、裏で何してようがどうでもいいけどさ。
「あのー、十塚先生。ちょっと彼……時田くんについて、お話があるんだけど、いいかな?」
「校長先生、どのようなご用件でしょうか?」
いつの間にか十塚先生の側に、肥え太った醜悪な中年男性――校長先生がいた。
テカテカの頭部にヌラヌラの顔面は入学式の時とは違い、病人のように青ざめてる。
「時田くんの事だけどさ、何が何でも便宜を図るように――って、つい今し方お達しがきてさ~」
「承知しました」
「後、部活動については、その……土曜日だけは空けるように、とのことを強く言われててさ~」
「ご安心ください。貴重な土曜日を仕事に費やしたくありませんので」
「……わかってくれたなら結構」
土曜日……という事は、もしかしてバキさんが根回ししてくれたのか?
てっきり職務放棄したのかと思ったけど、見直したぜ。
「それと校長、部員が3人になりましたので、あなたのポケットマネーから部費を都合していただきたいのですが――」
「あー、お金の件は大丈夫。時田が所属してる間は、別枠で予算を確保する、というお話があってね。もう、じゃんじゃん使っていいという話だよ。はい、これカードね」
「……プラチナのようですね」
「管理は十塚先生に一任するから、何があっても私の責任じゃないからね。それでは――」
職員室で情けないセリフを吐いた校長は、見た目に反して足早に去っていった。
「十塚先生! プラチナということは、上限額も期待していいってことですよね?」
「落ち着け、百瀬。まあ、一般的にプラチナの上限は1000万円のようだけど――」
「いやあ、俺ちょっと欲しいものがあって、相談いいですか?」
「構いませんが、部活の備品という建前はお忘れなく」
百瀬と十塚先生は早速、部費の用途で盛り上がってるようだ。
俺はと言うと、そんな二人の間に入る余力はないので、どうしたものかと考えを巡らせる。
すると突然、何者かが俺の制服の袖を軽い力で引っ張り始めた。
「時田くん、これを見て」
壱河はそう言いながら、スマホの画面を俺に向けた。
何だか久しぶりに普通のスマホを見た気がする。
そんなことより……文字? チャットかメールの類だろうか。
何々……『時田秀矢ならびに時田秀矢に随伴する霊魂には一切、手を出すな。これは命令である』と書いてある。
俺としてはありがたいけど、こっちはこっちで穏やかじゃないな。
「壱河家に、圧力がかけられた……」
「そ、そうみたいだね」
「あなた、法龍院家に縁があるのね」
「ホウリュウイン? 何の事だか、俺にはさっぱり――」
「命拾いしたわね、あなたの悪霊」
「だからAIだって――」
「ふふふ、今後の部活動が楽しみだわ」




