士道不覚悟
昼休みの騒動は、俺と壱河が映像作成部に入ることでケリがついた。
その後は、何事もなく放課後まで過ごし、今は自室にいる。
《いやあ、散々だったね。せっかくの学校生活が……》
「ギフテッドの話は聞いてたけど、よりにもよって除霊師だもんな」
《しかも、私が狙われるなんて……ガチアンチは勘弁してよ》
という感じに、亜由美と学校生活の不安要素について話をしてると着信音が鳴りだした。
《さっきのシノビ衆からね、どうする?》
「バキさんか……繋いでくれ」
《わかった》
過程はどうであれ世話になったのは事実だから、ひとこと礼を言っておきたい。
「よう、時田。調子はどうだ?」
「おかげ様で、俺も亜由美も元気ですよ。ありがとうございます、バキさん」
「礼には及ばん。これが俺の仕事だからな」
「一時は、どうなるかと心配しましたけどね」
「はっはっはっ。知り合いが、真っ当な高校生活を送ってると思ったら、つい……な? よくあるだろう、そういうの――」
被害妄想で護衛対象を危険に晒すなよ。
「いやあ、しかしウケるなぁ、あれは……」
「何がですか?」
「時田とアイボーと壱河のお嬢のトリオが、絶叫しながら学校内を全速力で駆け回る動画」
「え!? あれ、拡散されてんの!?」
《今の時代、高校生イコールスマホ所有者だからね。十塚先生に見つかるまでの間に、主要SNSでバッチリ広まってたわよ》
額から頬、首筋、背中にかけて、血の気が引いてくのを感じる。
《私の声なんて、アイに似てない? なんて言われちゃうし》
「本人だしな……じゃなくて! 亜由美まで何、悠長なこと言ってんだよ!? 壱河ならともかく、俺はデジタルタトゥーなんてゴメンだ!」
「安心しろ時田。そこは、ちゃんと手を打ってるよ」
「本当ですか?」
《大丈夫よ、秀矢。私の方でも検索をかけたけど各種SNS、裏掲示板、深層ウェブ、闇サイトのいずれにも動画はヒットしなかったわ》
「当然、クラウド上にも無いぜ。何の前触れもなく突然、動画が消えたことで、ちょっと騒ぎになるかもしれんが、お前のアホ面が後世に伝わる心配はない。仮にローカル保存してる動画を上げたとしても、1秒後には削除されるから安心しな」
俺はデスクトップパソコンで、拡散された動画について検索をかけてみた。
バキさんのいう通り、SNSで『アップした動画が突然消えた』『クラウドと同期したらスマホ内の動画が全部飛んだ』みたいなポストを見かける。
見た感じ、顔出しデビューの取り下げはできたようだ。
「ひとまず安心しました」
「いいってことよ。俺はただ、関係各所と調整しただけさ」
「ありがとうございます」
校長の青ざめた顔と壱河の様子からして、それが普通の調整じゃないことは嫌でもわかる。
それでも、バキさんにはバキさんなりの苦労があったに違いない。
仕事とはいえ、悪役を買って出て、何の罪もない人達に圧力をかけるなんて相当なストレスだろう。
「俺は調整しただけ。費用は、お前持ちだ」
「……ん? あのー、言ってる意味が理解し難いというか、理解したくないというか――」
「あのなー。俺は所詮、一般民間企業に従属する一匹の社畜よ? 反社じゃあるまいし、何でもかんでも暴力ってわけにはいかんよ」
――俺の記憶が正しければ、サムライを守るために『警察を動かしたり裁判に勝つため悠長に証拠集め、なんてまどろっこしい真似はしねえ』とか言ってなかったか?
「そういう時はまず関係各所に『御用伺い』をするわけよ。――で、必要な金額を融通する対価として、こちらの要望を通すわけよ」
「暴力より財力ですか」
「残念ながら今回はこっちの過失だから、できるだけ穏便に済ませたかったんだよ」
「でも壱河に狙われたのは、不可抗力だと思いますが――」
「狙われたのは、お前のアイボーであって、お前じゃない」
「それはまあ……そうですね、としか言いようが無いですが――」
「だから今日の出来事は、一人のサムライが公共施設でバカをやらかした、という扱いなんだ」
《ちなみに普段の生活で、やらかすとボーナス査定にひびくからね》
「え!? 俺、命がけで頑張ったのに!? 理不尽じゃないか!?」
《大丈夫よ! 私も、やらかして多額の示談金を支払ったことあるわ》
「それは仕方ないだろ」
《ひどい! どうして、わかってくれないの!? 私、怖かったんだから!》
「――で、何をやったの?」
《燃え盛ってるガチ恋勢を真冬の川に沈めただけよ》
「そりゃあダメだろ! 誰がどう見ても殺意100パーセントじゃん。よく生きてたな、その人」
《失礼ね! 私だって、大事にならないよう気を使ってるわよ》
「真冬の川ってだけで一発アウトだろ」
《沈めたのは、顔だけだもん。1分経ったら息を吸わせたもん》
「ただの拷問じゃねえか! 完全に水責めじゃん! 弁解の余地ないだろ!」
「――とまあ何でもかんでも、こっちでケツ持ってたら、こんな感じに悪用するバカが出るんだよ。わかったか? 時田」
「はい! 心の底から強く、これでもかというほど理解しました!」
《ひどい! 私だって、ちゃんと反省してますー》
「空閑の嬢ちゃんの件、俺の後輩が泣いてたぞ。警察からの印象がマイナススタートだったから、示談の手筈と記憶の操作に手間取ったって――」
《その説は、大変お世話になりました》
「――というわけで時田。付け届けの費用は、死神の討伐と知的生命体の証跡。この2つの報奨金から天引きしておくからな」
「……わかりました」
どうやら、とばっちりを受けた場合は1から10まで面倒見てくれるけど、こちらに非がある場合は、お膳立てはするけど制裁は受けろってことらしい。
「安心しろ、スキルポイントまでは取らねえからよ。だから、それで強くなって稼げばいいじゃないか。まだ1年目だろ? まだまだ稼げるチャンスはいくらでもあるさ」
「せいぜい頑張ります」
「あとな、お前が入ったクラブの部費もお前持ちだからな」
「……は?」
「お前んところの校長に渡したプラチナカードな、あれ中身デビットだから。決済終わった瞬間、口座から引き落とされるから」
「何、勝手にやってんですか!?」
「仕方ないだろ……公立なんて、どこも金欠なんだから」
《秀矢! 大変よ! 既に120万円程、引き落とされてるわ》
亜由美がスマホに、普通預金取引明細の画面を映した。
直近の取引は、有名PCショップから約120万円の引き落としがあった。
「あいつら、何に使ったんだよ」
「ちなみに内訳は、ハイエンドモデルのPCが80万とスケールシリーズ最新型が1台の40万。――合わせて120万ってところだな。まあ動画編集するなら、スペックはあるに越したことはないからな」
「それより購入したものを把握してるんですね」
「部費という名目だからな。部活動と無関係のものに使われたら嫌だろ?」
「それ以前に、俺個人のお金を部費に当てられるのが嫌ですけど」
しかも文字通り、命がけで稼いだお金だからな。
1生徒の金で活動するクラブなんて前代未聞だろ……多分。
「大丈夫だって、上限は通しで1000万円って定めてるから、契約金まで使い込まれる心配はないよ……今のところはな」
「何ですか、最後の不吉なフレーズは――」
「お前がまた何かやらかしたら、上限の緩和も視野に入れてるってことだ」
「……」
「ああ、そうだそうだ。お前今、どこにいる? 周りに人いるか?」
「自分の部屋です。俺以外に人はいません」
「そうか――」
バキさんが意味深なトーンで会話を切った次の瞬間、胸に強い衝撃が走った。
呼吸が止まる。
溺れてもないのに、息ができない。
心臓と肺をまとめて握りつぶされたような感覚に陥る。
暴れだしたい衝動に駆られるも、身体が思うように動かない。
《この反応、士道不覚悟ね》
胸の奧がスッとする。
肺に空気を詰め込むように、呼吸に勤しむ。
「ハァ、ハァ、やっと落ち着いてきた。俺の体、どうなっちまったんだ?」
「ほんの数秒だけ、時田の心臓麻痺させた」
「バキさんが?」
「ああ。サムライがやらかした時、俺達はいつでも士道不覚悟と見なし、処刑を執行できる」
「預金を取られたうえに、死ねって言うんですか?」
「今回のは、躾けだ。ほら刑罰にも重いものと軽いものがあるだろ?」
「そっすね」
「そこで、同じ過ちを繰り返させないためにも、サムライにも軽い罰のように、士道不覚悟をちょっとだけ体験してもらおうってわけよ。キツかっただろ? 俺も何度か食らった事あるからな」
「とりあえず、人前でみだりに力を使ったり、悪目立ちしたら、、痛い目に会うことは理解しました。以後、気を付けます」
「よろしい。――という訳で、学校も任務もしっかり励めよ、時田」
ピッ!
《通話、切れたわよ》
「……がぁぁぁあああああ! やってられっかああああああああああああああああああああああああああああ!」
《あっはっはっはっはっ!》
「はぁ……この先の学校生活が憂鬱だ」
法龍院家の圧力があるとはいえ、壱河葵の脅威が完全に無くなったわけじゃない。
亜由美の様子を見る限り、除霊師の力は本物っぽいからな。
それに、一部とはいえ現状、俺の財布は十塚先生に握られてる。
……物凄く不本意だが、将来の資産のためにも、可能な限り部活動に参加した方がよさそうだ。
ハイスペ高額PCを躊躇なく購入するガジェットオタクの百瀬を放置したら、破産しちまう。
《まあ、何とかなるでしょ》




