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日常に潜む死亡フラグ

 ホラーゲームの実況ばりにとどろく亜由美の絶叫をまき散らしながら、学校中の至る所を走り回る。


 階段を上がる時は、三段飛ばし。


 下る時は、五段飛ばし。


 とにかく全速力で逃げ回る。


 ――が、壱河を振り切ることは、かなわなかった。


《あー、こんなんだから命の心配しなくてラッキーって、余裕ぶってたのに、どうしてピンチになってるのよおおおお!》


「そんな風に思ってたの!?」


 亜由美の叫びは、とどまるところを知らない。


 オフなのに、リスナーがよろこぶ栄養分をまき散らしてる。


 もはや形振り構ってられない。


 昼休みのため、学校中に生徒と先生の姿が散見されるなか、俺はアイと通話することにした。


 絶叫と同様、イヤホンがないため音声は周囲に駄々洩れなので、仕事関連のワードは極力、回避するように注意する。


「アイ、何か手はないか?」


《私なら、こういう時、学校の外に出てサボるかな。お手軽だし》


「却下だ。同じ学校ってだけでも危ないのに、クラスメイト相手に、その場しのぎは賢明な判断とは言い難い。何より俺には、成績という不安要素があるのに、内心まで下げるのは自殺行為だ」


《そこはほら、配信活動を頑張るしか――》


「頑張れるなら、最初からバイトしてねえよ」


《――となると、学校みたいな閉鎖空間の場合、護衛に助けを求めるのがセオリーかな》


「そうか! こういう時のためのあいつらか! それじゃ、今すぐ繋いでくれ」


《オッケー》


 通話といっても、直接的な表現は回避するに越したことはない。


 前もって打合せをしないで、それを察してくれたのは、さすがは1年先輩で超人気顔出し配信者。


 トラブルの対処は、俺より精通してるようだ。


 俺はクソバカデカスマホを右耳に当てた。


「こちら、ミズチ電機サポートセンター、担当の奥村でございます」


 マニュアルじみてるけど、聞き覚えのある男の声がした。


 それにしても、サポートセンター?


 ――いや、そういう事か。


「もしもし、お客様。ご用件をどうぞ」


「時田です。学校でヤバい女に追いかけられてるんですが――」


「女に追いかけられてるだぁ? 時田、人の勤務中に自慢話たぁ、いいご身分じゃねえか! 何? 灰色の青春時代を送った俺に対する当てつけか?」


「ちげえよ! バキさん! そんな」


「アイボー、後輩が俺の事をいじめるよぉ……『よしよし、ご主人様~』うう、いつだって俺の味方は、アイボーだけだよ」


「だから、バキさん! 話を聞いてくださいよ。その女、除霊師らしくて、俺の……アイボーがピンチなんですよ!」


「時田のアイボーは確か、先月末に殉職した美人の――」


「そうそう! ――で、今、除霊師に付きまとわれてて――」


「ああん!? リア充アピールだけでなく、アイボーの自慢話もあんのか!?」


「だから、ちげえよ! ちゃんと話を聞けよ! 変なところだけ切り抜くな!」


「お前、あれだろ……ガチャで爆死した廃課金勢に向かって『ざまぁ! 俺なんて無償チケットで人権キャラGETしたぜ!』って、SNSでドヤる無課金勢だろ? ああ、やだやだ。無課金勢(おまえたち)には、廃課金勢(おれたち)を敬う気持ちってのがないのかねぇ……ううっ」


「泣きたいのは、こっちなんだよ! 何で、護衛(あんた)の愚痴と被害妄想を聞かされなきゃいけねえんだよ!」


「いいもん、いいもん。俺にはお前と違って、手間と暇と金と愛と手塩と心血を惜しげもなく注いだアイボーがいるもん、「『ねー』」」


 ピッ!


 埒があかないと思い、通話を切った。


 話にならねえ!


 つうか、亜由美は一人の立派な人間だ。


 ソシャゲーのキャラなんかと一緒にするな!


 ――ったく、汚れ仕事のやりすぎで倫理が真っ黒になったんか、あの人。


《秀矢……無課金で人権キャラを手に入れたなら、少しは課金した方がいいよ? そんで動画でバカみたいに持ち上げれば、案件にも繋がるし――》


「ありがたい助言だけど、今欲しいのはそれじゃない」


 ――そう。


 バキさんと無駄話してる間も、俺は懸命に走ってた。


 だけど、恐ろしいことに壱河は俺にくらいついてるのだ。


 冗談抜きで、壱河が化け物に見えてきた。


 俺はある意味、チート使ってるようなものだけど、壱河は違う。


 ナノマシンの施術なしで、あの身体能力は常軌を逸してる。


《あの女、本当に何なのよ! 何で、私たちについてこれるの!》


「待って、悪霊」


《しかも、走りながらトークも欠かさないのに、何でへばらないの!? あれこそ化け物じゃない!》


「初回サービス、あるよ」


「悪いな、持ち合わせがないんだ」


「学割も、あるわ」


「金ねえんだよ。バイトだって、これから探すところなんだよ」


「学生ローン、あるよ」


「俺まで地獄に引きずりこもうとするな!」


《秀矢! 私も地獄は嫌よ! 絶対、天国がいい!》


「そんな不吉なことリクエストするんじゃない!」


 ――などと、意味不明な会話に付き合ってると、着信音が鳴った。


「誰だ、こんな時に!」


《秀矢、さっきの人からよ。どうする?》


「……繋いでくれ」


 愚痴と被害妄想なら即切ろう。


 俺は、クソバカデカスマホを再び右耳に当てた。


「おう時田、元気か? 壱河の件で伝えたいことがあってな」


「おかげさまで……って壱河!?」


「除霊師がどうたらこうたらって言ってただろ? それで思い出したことがあってな」


 思い出した――という事は、バキさんと壱河は面識があるのか?


「壱河葵は、お前のご近所さんでは、名の知れた除霊師の名家のご息女でな」


「そんな、お隣さんみたいなノリで言われても、俺は聞いたことないですよ」


「はっはっはっ。まあ社会を混乱させないよう表沙汰にできない稼業だしな」


「それで、壱河の弱点とか対策とか何かないですか? 俺のアイボーの命が狙われてるんですよ」


「俺から言えることは、ただ一つ……壱河家と法龍院家は仲がいいから事を荒立てるな」


「でもでも、その壱河家のお嬢さんがキラーばりに追ってくるんですよ?」


「キラー相手には、逃げる一択だろうが」


「そうじゃなくて、俺の追跡を諦めさせる方法とかないですか?」


「ちょっと難しいかもな。何せ彼女、小さいころから除霊というギフテッドで、悪霊達をヒーヒー言わせてたみたいだぜ」


「あの、現在進行形でうちのアイボーがヒーヒー言ってるんですが――」


《悪霊扱いするな!》


「今だから言うけどさ。バイトの件、お前に断られたら彼女を誘う予定だったんだ」


「今、言われても非常に困るんですが――」


「つまり、サムライ候補者に挙がるほどの逸材ってことなんだよ、壱河葵は」


 ひょっとして、絶望の深みにハマってるのでは?


「そうそう。現状、お前さんのアイボーの扱いは、結構微妙でな」


「まだ日も浅いですからね」


「それに加えて、スマホに人の魂が乗り移る、という事実が周囲に漏れる事が、機密保持に該当するかどうか、俺の立場では判断ができない」


「課長のくせに、裁量がショボいですね」


「うっせ。――で現場の判断でできることは、ただ一つ」


「何でしょうか?」


「壱河葵に捕まるな……わかったか?」


「捕まったら、どうなりますか?」


「捕まって彼女が除霊された場合、機密情報の漏洩と見なし、士道不覚悟でぶっ殺す!」


 どうやら、両足が深みにハマってるようだ。


「あの! あの! バキさんの裁量で何とかなりませんか!?」


「悪いな、俺の裁量がショボくて」


「悪気があったわけじゃないんです! あの、気に障ったのなら謝罪しますから!」


「冗談は、おいといて」


「もー、勘弁してくださいよ。心臓に悪い……」


「気ぃ抜くな。士道不覚悟はマジだ。いいか? スマホに悪霊がとりつく、という事実が明るみになること。それに伴い、アイボーイコール悪霊という悪評が世界中に拡散される懸念が生じる。以上の2点が機密保持義務に違反する恐れがある。何せ前代未聞のアイボーだからな。冗談抜きで、現場の裁量でどうこうできる範疇を超えてるんだ」


「……」


「だから俺にできることは、もしもの時は機密保持を優先し、お前のことを介錯して、その骨を拾ってやることだ」


「ならせめてリミッター解除の承認だけでも――」


「却下だ。今は、機密保持を最優先とする」


 最悪だ。


 こいつ、保身のために俺を絶望の沼に沈めやがった!


「というわけで、逃げのびろ。じ――」


 これ以上は無駄だと判断して、通話を切った。


「地獄に堕ちろ! 秋葉原のメイドに身包み剥がされてから、地獄に堕ちろ!」


《秀矢……やっぱり人間の敵は、人間なのよ》


「何、達観してんだよ! あー! 学校だから命の心配しなくてラッキーって、余裕ぶっこいてたのに、何で絶体絶命のピンチになってんだよおおおおおおおお! おかしいだろ!? 安心安全安息のスクールライフのはずだったのに、どうして命の危険に脅かされなきゃいけないんだよ!?」


《あっはっはっは。そういう時もあるよ。私もオフの時、よく狙われるし》


「――というか何で、そんなに落ち着いてんだ? 壱河に捕まったら、共倒れなのに」


《いやぁ、秀矢が死んだら、もしかして一緒のスマホに居られるかもしれないし……それがだめだったら私も成仏してもらえば、一緒になれるかなって》


「冗談じゃねえ! 死んでたまるか! そんでもって、絶対に生き返らせてやるからな!」


《ねえねえ》


「ん?」


《私が生き返った後は、どうするの?》


 亜由美が生き返った後……か。


 うーん、そもそも助けてもらった借りを返すだけだしなあ。


 まあガチ勢としては、1日でも早い復帰以上に望むことはありえない。


「……考えてない。とにかく生き返らせないことには、何にも始まらないからな」


《それじゃあさ、生き返った後のことは、私が考えておいてあげる。だから楽しみにしててね》


「わかった」


 お楽しみのためにも、ここで捕まるわけにはいかないな。


 俺は壱河に捕まらぬよう、懸命に学校中を走り回った。


 長い長い逃走の末、ようやく好機が訪れた。


 壱河の声が小さくなったのだ。


 姿を確認するため、後方に目をやる。


 壱河の姿が小さくなってる。俺との距離が開いたのだろう。


 この調子なら引き離すことができそうだ。


 5段飛びで階段を下る。


 踊り場に到達。


 階段を下る前に壱河の様子をうかがうため、上の廊下の方に目を向ける。


 壱河の姿は見えない。


 しかし、地の底から悍ましい叫びは、小さいながらも廊下中に鳴り響く。


 追跡は諦めて無いようだ。


 俺は下り階段に足をかけた。


 そして、階段を駆け下ろうした時、耳をつんざくような女性の悲鳴が上から聞こえた。


 上に目が向く。


 そこには、前のめりの姿勢で宙に浮いた壱河の姿があった。


 見るからに、頭から落ちるのは明白の体勢。


 きっと、俺に追いつくために焦って足を踏み外したのだろう。


 ――くそ!


 俺は、逃げるのを止めた。


 踊り場に引き返してから、落ちてくる壱河を受け止めた。


 想像より軽い、と思った。


 2階から落ちてくる、教科書やノートが詰め込まれたカバンをキャッチしたような感覚。


 まともに受け止めれば体勢が少し崩れるけど、決して受け止められない物ではない。


 おそらく壱河を受け止められたのは、施術のおかげだろう。


 それにしても、異性と密着してるというのに、俺自身はとても落ち着いてる。


 自分自身の心拍数と体温の上昇はない。


 壱河の体温を微妙に感じ取ってることは自覚してる。


 これで、わかったことが一つある。


 それは、ファンミで握手した『あの子』は特別のようだ。


 てっきり女性慣れしてない陰キャ特有の反応と考えてたけど違うらしい。


 不慮の事故みたいなものだけど、今こうして女性がゼロ距離にいるのに平静を保ってるからな。


《いつまでくっついてるのよ!》


 亜由美の恨みがましい声と共に腕を緩めた。


 すると、壱河が怖いものから逃げるかのように、素早い所作で身を引いた。


 さて、どうしたものかと考えてると「時田、壱河」と俺達二人を呼ぶ冷淡な女性の声が上から聞こえた。


 そこには、レディススーツをピシッと決めた見覚えのある女性教師――つまり担任の先生がいた。


「校内の生徒ならびに教員から、あなた達2人に苦情が届いてます。お楽しみのところ悪いけど詳細をうかがいたいので、このまま職員室までついてきてください」

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