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真昼の除霊

 亜由美のぼやきを尻目に、俺と百瀬は他愛もない話をしながら昼食を取る。


「百瀬、何部に所属してるんだ?」


「お!? 興味あるか?」


「話のネタだ」


「それでもいいさ。俺が立ち上げた部は――」


 半分ほど食べ進めた時、百瀬の言葉を遮るように、部室のドアが勢いよく開け放たれた。


 想像だにしなかった異音に箸が止まる。


 部室の入口には、女子生徒が一人。


 しかし、その女子生徒の様子は、どうもおかしい。


「君はたしか……同じクラスの壱河葵(いちかわあおい)さん、だよね?」


 女子生徒――壱河のただならぬ様子に、ひるむことなく百瀬が訊ねた。


 ちなみに、俺は彼女の事を恐れてる。


 知り合いだから、というわけではない。


 佇まいが怖いからだ。


 腰の辺りまで伸びた黒い前髪は左目を覆い隠し、白日に晒された右目は大きく見開かれてるのに、瞳孔は縮小されており、白目には血管がバチバチ走ってる。


 呼吸は荒く、春だと言うのに、今にも白い吐息が目に映りそうだ。


 小柄で野暮ったい彼女がまとう雰囲気は、獲物を狙う餓えた獣を彷彿とさせる。


 壱河は、何も言わずにずかずかと部室に入ってきた。


 百瀬には目もくれず、俺のスマホの側に立つと一言『悪霊』と言い放った。


「悪霊? たしかに、今の今まで教室を賑わせてると思うけど、アイはただのAIだよ」


 彼女が放った『悪霊』というワードに一瞬ひるんだが、俺はそれを否定した。


 ――すると、彼女の顔だけがフクロウみたいにギロリ、とこちらに向いた。


 首から下が1ミリも動いてるように見えないせいで、首だけが綺麗に180度回転してるように思えた。


 はっきり言って……怖い。


 彼女のキマった表情と、無駄に長い野暮ったい黒髪のせいで、ひとつひとつの動作が異様に感じる。


 申し訳ないが、壱河の方が『悪霊』にぴったりだ。


 非対称型対戦ゲームのヴィランがお似合いである。


「時田、秀矢くん」


 吃音とか細い声のコンボがホラーに拍車をかける。


 聞いてるだけで、悪い物に憑りつかれそうだ。


「わたし、ここ3日間ほど、あなたを見てた……」


 もしかして、教室に居る時に感じた、舐めるような視線は壱河なのか?


「お? 時田に、春の訪れか?」


「季節外れの怪談には、興味ねえよ」


「お前……本人を前にして、それを言うか?」


 百瀬の冷かしには、付き合ってられん。


「――で、壱河さん。人を悪霊呼ばわりするのは釈然としないんだけど」


「安心して。あなたは、日本全土、どこにでもいる、ごく普通の、何の、取り柄も、力も、ない……ただの人間」


《ちょっと! あんたに秀矢の何がわかるわけ?》


 亜由美が声を上げた瞬間、壱河は俺のスマホを掴んだ。


 そして「悪霊は、ここにいる」と言い放った。


「人のスマホに向かって、悪霊はないだろ?」


「わたしの目は、欺けない」


「穏やかじゃないなぁ。――というか、人のスマホを勝手に触るなんて、マナー違反だろ?」


「大丈夫。今、助けてあげる」


「助ける? さっきから何言ってんだ――」


「私、除霊師、なの」


 除霊師――色々な意味で、嫌な予感がした。


「はは、壱河葵さん。二十一世紀の現代で幽霊? 高校デビューするためのキャラ付けか何か?」


「時田くん。今なら、初回サービス、あるから、安心して」


 壱河は、百瀬の言葉をガン無視して、俺に向かって、お得感をアピールしてる。


「営業のつもりなら、まずはスマホを返し――」


 壱河は俺の事すら無視して、俺のスマホに対し、何やらブツブツ言ってる。


 この異様な事態に、百瀬はドン引きしてる。


 無理もない。


 妖怪じみた女が学校の一室で、スマホに呪詛を唱えてる絵面は相当なホラーだからな。


 問題は、そのスマホが俺の物だということ。


 許可なく俺のスマホに触れてるだけでも悍ましいのに、あまつさえ亜由美を悪霊呼ばわりする奴を黙って見過ごすほど、お人好しじゃない。


 俺は、スマホを取り返すため、壱河に近づいた。


《なっ、何これ!? 意識が……嫌!? 秀矢! 助けて!》


 壱河に声をかけようとした瞬間、亜由美から助けを求める悲痛な叫びが聞こえた。


 同時に、壱河がスマホを手放して、後ずさりした。


 その様子はまるで、うっかり熱した物に触れてしまい慌てて飛び退いた、という感じだ。


「え!? 何なの!? こんな悪霊、初めて」


 チャンスだ。


 そう思った俺は、一目散にスマホを拾い上げた。


 そして、部室の入口に移動すると、百瀬達に背を向けたまま「悪い百瀬。俺の荷物、教室まで運んでおいてくれ」と言って、部室を後にした。










 俺は今、学校のどこにいるかは、わからない。


 亜由美の声を聞いて体中に緊張が走り、壱河がスマホを手放した瞬間、壱河から離れるために部室を出て、とにかく学校の人気の無い場所を探して走り回った。


 そして、落ち着けそうな場所を見つけたので、一息ついたところ。


 リミッターがかかった状態でも身体能力がアスリート並にあることが幸いしたのか、体が羽のように軽く、息が切れない。


「大丈夫か、亜由美」


《今はね。――でも、さっきのは危なかったかも。突然、意識が遠のいて……あのままだったら、本当に……》


 亜由美の顔が青ざめてるように見える。


「参ったな……」


 除霊師か。


 おそらく彼女は、以前バキさんが言ってたギフテッドなのだろう。


 クソッ!


 よりにもよって、何でピンポイントで相性の悪い奴と同じクラスになっちまったんだよ!


 俺の前世、何か悪いことでもしてたのか?


 今はとにかく、壱河との距離をどうするかだ。


 ポケットを弄る……が、イヤホンは無かった。


 そういえば、イヤホンはカバンの中か。


 追跡から逃れるために、そして騒ぎを起こさないためにも、亜由美の声を周囲にバラまかないようにしようと思ったのにな。


「見つけた……」


 うっ!


 このゾンビみたいな、か細い呻き声は……。


 目を背けたい思いを堪えて、目をやる。


 そこには、亡者に勝るとも劣らない佇まいの壱河が居た。


 血走った右目は見開いてて、口端は異常なまでに吊り上がっており、左目を多い隠す黒い前髪と両腕は振り子のように左右に揺れてる。


《いやああああああああああああああああああああ!》


 逃げ出そうとした瞬間、絹を裂くような亜由美の悲鳴が鼓膜に突き刺さる。


 不快感で一瞬だけ足踏みするも、スマホを握りしめて、壱河の横を走って通り抜けた。

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