お先真っ暗な高校デビュー
「秋芳中学から来ました千葉菜月です。趣味は読書。中学の部活は文芸部で、市のコンクールに入賞したこともあります。1年間、よろしくお願いします」
隣の席にいる眼鏡をかけた文学系っぽい女子が自己紹介を終えると着席した。
すると担任の女性教師が冷淡に「次は、時田」と単に出席番号である俺を指名したので渋々、立ち上がる。
ちなみに担任は、レディススーツがビシッと決まったシゴデキって感じの若い大人の女性で、とっつきにくそうだ。
――余計なことを口走るなよ。亜由美
校門をくぐる直前、俺は亜由美に学校内では一言も声を発するなと釘を刺した。
人目を惹くこともあるが、何より『そういう目』で見られたくないからだ。
高校生活を平穏にやり過ごすには、敵を作らないように心掛けるのが大事なのだ。
「鳴沢中学から来ました時田秀矢です。これといった趣味はありませんが、運動不足を解消するために筋トレを嗜む程度にやってます。その代わりに中学は帰宅部でした。い――」
《あー、よかったー、お仲間がいたー。いやー、学校は退屈だから心配だったよー》
俺の平穏な高校生活は、早くも崩れ去った。
予期せぬ女性の声に、クラス内が色めき立つ。
女子生徒からは白い目を向けられ、男子生徒からは怪訝そうな目を向けられる。
《しまった!? ゴメン、秀矢! えーっと、コホン。……ワタシハアイボーデス。コンナマスターデスガ――》
「1年間、よろしくお願いします!」
余計な言葉を口走る亜由美を黙らせるため、俺は強引に自己紹介を打ち切った。
俺の口調を察してくれたのか、亜由美は押し黙ったようだ。
「はーい、静かに。次は――」
担任は俺に無関心なのか、粛々と次の番にまわした。
ったく、黙ってろって言った側からこれかよ。
先が思いやられる。
これもう絶対に『オタク』のレッテルを貼られたよ。
肝心要の第一印象が最悪じゃねえかよ。
マイナススタートだよ、これ。
まあ俺自身はオタクという言葉に忌避感はないし、ネットの対戦ゲームと推し活なら相応に打ち込んでるので遅かれ早かれ、そう呼ばれるだろうとは思っていた。
しかし、偏見を持つ者がいる公共の場で、俺の趣味を最初から開示するのは、人間関係の構築にマイナス作用しかないことは明白。
その証拠に、他の生徒の自己紹介中だと言うのに、俺に対して熱烈な視線をいくつか感じる。
特に顕著なのは、お隣の席にいる千葉。
女子がしちゃだめな顔で俺を睨みつけながら、小声で何かを呟いてる。
「何であんたのカバンから、アイ様の声がしたのよ」
彼女の趣味の欄が1枠アンロックされたようだ。
何か気の利いたレスをしようと思ったけど、今はクラスメイトの自己紹介をする場。
色々と釈明したいところだけど、これ以上、注目を浴びたくないので、目をそらすことにした。
「次は、百瀬」
面聞き覚えのある名前だ。
せっかくなので、そいつの方に目をやる。
見覚えのあるイケメンだった。
同中だから間違いない。
頭髪は短く、顔は程々に整っており、自己肯定感が高いのか表情は生き生きとしてる。
赤の他人だらけの教室内でも、物怖じせずに堂々とした佇まいが眩しく映る。
まあ、こっちが一方的に知ってるだけの赤の他人だけど。
「鳴沢中学から来ました百瀬拓真です。趣味はスマホ、タブレット、スマートウォッチ等のガジェットの類を集めたり、いじくりまわすことです」
若干、奇怪な趣味ではあるものの、百瀬の自信に満ちた表情と声音と高い顔面偏差値のおかげか、ぽつぽつと女子の黄色い声が聞こえる。
「ちなみに今のマイブームは、アイボーの育成です」
『アイボー』という言葉を聞いて、ハッとなる。
百瀬は自己紹介という場にも関わらず、クソバカデカスマホを取り出した。
「この中にスケールシリーズを持ってる方が居たら、うちのアイボーと友達になってくれると嬉しいです。あ、時田のアイボーとはもう友達らしいから、今後ともよろしくな」
男からの熱烈な視線は受け付けてねェよ。
「人類の未来はAIと共にある――」
自己紹介からプレゼンに切り替わった模様。
自信に満ちた表情。
堂々たる姿勢。
抑揚と間の取り方が絶妙なプレゼンに、クラスメイト達は静かに聞き入ってる様子。
千葉は例外だけど。
「百瀬、演説は結構だが、せめて放課後にしなさい」
「――あ!? すみません、ついつい。それでは、1年間よろしくおねがいします」
担任の一声で百瀬のプレゼンが終わりを告げた。
そして、俺に集中してた奇異な目が綺麗さっぱりと無くなっていた。
ルッキズムは正義だな。
理不尽で不公平な世の中に不満もあるが、今回はおこぼれを頂いたので良しとしよう。
この調子なら、俺の平穏な高校生活はまだ間に合うだろう。
「声も姿もアイ様に寄せたアバターを作るなんて、キモイわ」
小さいながらも鋭い棘のある千葉の悪口が飛んできた。
俺は別に同担拒否ではないけど、お気持ちだけで行動する厄介ファンとは距離を置くスタンス。
こんな奴と絡んでたら、白い目を向けられるのは火を見るよりも明らか。
どうやら俺の高校生活は初日から暗雲が立ち込めてるようだ。




