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監視と護衛

「バキさん。後で返せ、って言わないですよね?」


「当たり前だろ。詐欺グループじゃあるまいし。――後、時田家に迷惑がかからないよう、税金はこっちでうまく処理しておくから安心してくれ。何なら今すぐにでも5千万円分のガチャを回してもいいぜ。推しに思う存分、スパチャを投げるのもいいだろう」


「インデックス投資に回そうと思ってます。――で、退職金は、大学の学費にあてます」


「若いのに堅実だねぇ。もっとこう……欲しいものとか叶えたい夢とかないのか?」


「無いです」


「うっうっ……お兄さんは、悲しい。ああ、初めて会った時の、目が眩むほどの夢と希望に満ち溢れてた純粋な少年は、いずこに――」


「昔の俺って、そんな子供っぽいですか? いや、まあ……バキさんと会ったのは小学生の時だから、子供と言えば子供ですけど――」


「別にいいけどな。それより、お前に紹介したい奴らがいる。窓を見てみな」


 アラハバキに言われるがまま窓に目をやる。


 そこには、言葉を失うほどのシュールな光景が映っていた。


「ここ、20階ですよ?」


「そうだな。eスポーツ事務所って景気いいのか? こんな立派なとこに構えちゃってさ。うちんところのチームは、自社ビルだから、わかるけどさ~」


 アラハバキは、さも当然のような軽い口調で言った。


 20階の窓の外は、絶壁と呼ぶに相応しい都内のビルの壁面。


 そこには、アラハバキと同様に、ビジネススーツとサングラスを着用した成人男性が3人、横並びで気を付けの姿勢で立っていた。


 窓の側に建物はない。それどころか清掃人が使用するロープとブランコもない。男達の後ろには、澄み切った青空と小さく見える建物が並んでるだけ。


「あの……窓に張り付いてる不審な人達は一体、何ですか?」


「あいつらは、俺の部下だ。リミッターを解除してるから、足の爪先が引っかかるくらいの足場があれば、あれくらい余裕よ」


「でも高層ビルですから、ここの窓は開きませんよ」


「いいよ。顔見せのためだし、いちいち名前を伝えても意味ないしな」


「どういうことですか?」


「俺達シノビ衆の仕事は、サムライの監視と護衛。リミッター解除を始め、これからも様々な超常現象を目の当たりにすると思うが、それらが外部に漏れると非常に困る。――だから、情報漏洩の防止、機密を守るための監視だ」


「監視は理解できますが、護衛とは?」


「サムライの任務は基本週1。つまり残りは、いつも通り過ごすわけだが、まあ人間生きてる間、理不尽な目に会う時がある。そんなことで貴重な人材を亡くすのは、こっちとしても痛手だ。事故、災害、大病に致命傷は言わずもがな、何かの事件に巻き込まれたり、学校生活だとイジメの標的にされたりな。そういった日常生活に潜む、ありとあらゆる脅威からサムライを護衛するのも、俺達シノビ衆の仕事ってわけよ。――そうそう、俺達は民間人だから僅かな疑念だけで動くぜ。警察を動かしたり裁判に勝つため悠長に証拠集め、なんてまどろっこしい真似はしねえぞ」


「動く、というのは?」


 返答に困る内容なのか、アラハバキは真顔になった。


 そして意味深に間を置いてから口を開く。


「あまり聞かない方がいいぜ? これでもシノビを名乗ってるのは、伊達じゃねえ」


 嫌に丁寧な口調だった。


 シノビ――忍者を指す言葉。


 忍者の仕事と言えば、諜報と暗殺。


 全身に悪寒が駆け巡る。


 今の秀矢には、大人の領域に踏み込む勇気はなかった。


 数秒、口をつぐんでると秀矢の心中を察したのか、アラハバキがニカッと笑った。


「いや~、悪い悪い。まあ極力、穏便に済ませるようにしてるからさ」


「そうですか、それはよかった」


 張り詰めた空気が緩み、一息つく。


 アラハバキは窓に向かって、キビキビと右手を動かす。


 何をしてるのだろう、と思い、再び窓に目を向けると三人のシノビの姿はなかった。


「頼もしいだろ。あんな連中が二十四時間年中無休で、サムライ一人一人を監視と護衛をしてる。ちなみに服装はTPOに合わせるから、普段は一般人と見分けがほぼつかない。今は、オフィス街だからスーツを着てるだけだ。公安みたいなもんだな」


「サムライ一人一人に、ですか……そういえばサムライって何人いるんですか?」


「基本的に6人だ。で、1期ごとに2人ずつ。つまり新人は、トキヤともう一人いるわけだ」


「基本的に、という言い回しが引っかかりますね」


「死んだら減るからな。実際、俺の任期中は2人殉職した」


 アラハバキは冗談みたいな口調で言った。


 しかし、秀矢にはどうしても、そんなノリで済ませられる言葉には聞こえなかった。


「まあ、たしかにサムライが危険な仕事なのは否定しないけど、危険と無縁の仕事だから命の保障があるわけでもないのが世の常だ。でも、俺が生き残れたんだ。お前が生き残れない道理はねえよ」


 アラハバキの言葉で、少しだけ気持ちが軽くなる。

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