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足るを知る

 秀矢は、思案を巡らせた。


 プロゲーマーの収入とサムライの報酬について。


 この先の活動で収入が増える見込みは、ゼロに等しい。


 それは、自分自身にエンターテイナーの才能が欠落してること――華がないためだ。


 しかし、サムライは前金で五千万。


 任期満了で追加五千万。


 さらに成果報酬もある。


 但し、任務中は常に命が危険に晒される。


 冷静に、無慈悲な現実を目を向けて、答えを手繰る。


 命が危険――生きるという事は、必ず死が伴う。


 秀矢は早い内に多くの大人達との交流したため、その現実を間接的に受けた事がある。


 それは事務所に務めてる社員の身内の不幸だったり、昨日まで一緒にゲームをプレイしてた仲間が事故や災害等の不可抗力に巻き込まれたり、はたまた不摂生が祟って帰らぬ人となることなど多岐に渡る。


 遅かれ早かれ人は死ぬ。


 秀矢にとって死は、対岸の火事ではない。


 不慮の事故、不可抗力の災害、不意に患う大病のように、身近なものとして認識してる。


 しかし、その認識は、死に対する恐怖が無いことと別物で、脅威を前にすれば恐れおののくことは必至。


 それらを加味した上で、契約金と任期満了に伴う報酬の計、1億円が魅力的に思えた。


 無論、闇バイトの可能性を疑った。


 しかし、その疑念はすぐに払拭された。


 そもそも闇バイトなら、わざわざ公の場で、しかも対面で話をすることはあり得ない。


 秘匿性の高いアプリで、甘い誘い文句の求人という網を張り、引っかかった者から個人情報を集め、恐怖という糸で操れる人形を集め、犯罪行為で金品を収集し、最終的には姿を隠してる主犯格の総どり。


 サムライは違う。


 収入だけでなく、事前にリスクを提示し、その信憑性を高めたこと。


(闇バイトではないことは確かだ。――だとすると本当に割のいい案件か……警察が手出しできない恐ろしい組織が絡んでるかの二つに一つ。でもバキさんは、今もなおストリーマーとして活動してる。痩せた後の配信頻度は多い時で週に3回はある。……試してみるか。どうせ、このまま生きてても好転する未来が見えないしな)


 秀矢は、早い段階で夢から醒めてしまった男である。


 大抵の人間は、小学校で将来の夢を抱き、中学校で夢に現実味が帯びて、高校や大学で将来を定め、学生生活の卒業を経て、厳しい社会の現実を目の当たりにして夢から醒める。


 夢から醒めることは、決して悪い事ではない。


 ただ学生の頃とは違い、夢を叶えるために、現実的なプロセスを踏むことが求められるだけに過ぎない。


 そして夢を諦めた者は、長い学生生活の中で身に着けた、努力をして難局を乗り越えた経験を糧に、社会と折り合いをつけることとなる。


 問題は、学生生活の途中で現実を目の当たりにすることで、早々(はやばや)と人生に見切りをつけて努力を怠ること。


 この時の秀矢は既に、自分の人生のピークアウトしていて、残された時間は余暇みたいなものとしか考えてなかった。


 慌てて勉強して高校に進学したのも、配信活動の収入が目減りしたことが要因だ。


 秀矢の未来は、既に暗闇に覆われていた。


 その一端は、秀矢の周りにいる大人達から受けた影響なのは否めない。


 彼らは皆、口を揃えてこう言った。


 自分一人の人生すらままならない、と。


 それは、社会経験が無い秀矢に衝撃を与えた。


 独り立ちをした立派な大人に見える彼らですら、未だに社会の荒波の渦中で、もがき苦しんでいるのだと。


 だからこそ、秀矢は腹を括った。


「バキさん。サムライの件、引き受けるよ」


 アラハバキは、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「言ったな? 言質は取ったぜ。なあアイボー」


《はい。時田秀矢様のお返事、確かに記録しましたよ。ご主人様~》


「後は、お館様とサムライ衆への周知もよろしく頼む」


《承りました~》


 アイボーへの指示を出した後、アラハバキは胸元から革製の小物を取り出した。


 小物を開き、1枚のカードを抜き、秀矢に差し出した。カードに見えた物は、名刺のようだ。


 秀矢は自分の名刺を取り出すためカバンに手を振れた瞬間、アラハバキから「トキヤの事は把握してるから、大丈夫だ」と言って、名刺を断られた。


「改めて、自己紹介だ」


 秀矢は、差し出された名刺を両手で受け取り、表の記載情報に目を通した。


 ――株式会社ミズチ電機 管理本部内部監査室第5課長 奥村雄介


 他は定型文であるメール、直通の電話番号、会社のホームページアドレスと住所と至って普通の名刺だった。


 実名も見覚えがある。リアルで会って連絡先を交換した時に教えてもらった名前と一致してる。


「立派な肩書ですね」


「うちは民間組織だから、見栄えのいいポストを用意してくれるんだよ。ただ、俺が所属してる部署は、ちょっと特殊だけどな」


 この場合『特殊』という言葉は文字通りの事を意味するのだろう、と思い詮索するのを止めた。


「それにしても名刺があるなら、すぐに渡すのがビジネスマナーじゃないですか?」


「手間を省いたんだよ。最初に渡したら、勧誘を蹴られた時、記憶だけでなく名刺を回収しなきゃいけなくなるからな」


「そういう事ですか」


 秀矢は、なんとなく名刺の裏面を眺めた。


「バキさん、ダブルワーカーなんですね。サムライの務めが終わってるなら、相当な預貯金があるはずなのに――」


「億り人になったのはいいけど、暇を持て余してな。FIREして、細々と趣味で配信活動して生活費を稼ぐのもいいけど、ちょっと物足りなくてな」


「俺なら悠々自適なニート生活を堪能するのに」


「人間は、どこまでいっても無い物ねだりをするんだなって痛感したよ。だからシノビの勧誘は、二つ返事で引き受けた」


「過去の配信ではしきりに、働かずに金が欲しいって公言してたバキさんがねぇ」


「ははは」


 信じ難いと思いながら、受け取った名刺を丁重にテーブルの上に置く。


「それじゃ前金の振込と行こうか。トキヤ、口座番号を教えてくれ」


「ならスマホを使わせてください」


「いいぜ」


 秀矢はテーブルの上にある自分のスマホを操作して、口座番号をアラハバキに見せた。


「アイボー、この口座に契約金を振り込んでくれ」


《わかりました。ご主人様~……はい、指定の口座へのお振込みが終わりました~》


「今、前金を振り込んだから確認してくれ」


 残高の画面を再読み込みする。


 預金残高が1桁増えてることを確認した瞬間、驚きと共にテンションが上がった。

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