サムライの報酬
「トキヤの言いたい事も理解できる。俺も最初は、そうだった。だから、まずは最後まで目を通してくれ」
秀矢は渋々、目を通した。
最初は、貴殿は栄えあるサムライ候補生に選出されました云々とお祝いの定型文が書いてあったので、読み飛ばし、肝心の仕事の詳細に移った。
内容は要約すると、任期は3年、稼働日は原則毎週土曜日。
任務に支障が出ない範囲での個人活動は認めるが、部活動は禁止。
稼働日は如何なる事情があっても任務を最優先とし、身内の不幸、当人の傷病による欠席も認めない。
善悪に関わらず意図的に任務を放棄した場合、機密保持のため、生命活動を停止することもあり得る。
任務の内容は、怪異空間の探索。
目的は、空間内部の全容を明らかにすること。内部に存在する資源の調査ならびに採取するための安全な経路の確保。空間内部実在する敵対勢力の排除。
報酬は、前金で5千万円。任期満了時に生存してた場合、追加で5千万円。その他、成果手当有。
(……これは、悪い冗談か何かか?)
プロゲーマー活動を通して、企業案件の受けた経験のある秀矢からすれば、紙に記載されてる内容は悪ふざけにしか思えない。
仮にブラックな案件でも、もう少し現実的な体裁を整えてるだろう。
「その顔、信じてないだろ?」
「これを初見で信じる奴が居たら、病院に連絡しますよ」
「まあ無理もない。だから、案件の信憑性を高めてやろう」
アラハバキはビジネスバッグから一本の鉄パイプと紙の束を取り出した。
二つの物をテーブルの上に置く。紙の束は、薄茶色で日本銀行券壱万円と書いてある。どうやら1万円の札束のようだ。
「トキヤ。こいつを曲げたら、そこにある100万円をやるよ」
「曲げられなかったら?」
「何もしないよ。今なら期間限定、挑戦料はタダ。だから気楽やってみな」
「言質、取りましたからね」
鉄パイプを曲げる。
日常生活なら無価値な行動だが報酬があるなら話は違う。
腕力が秀でてるわけでもないが『物は試し』という感覚で挑戦することにした。
数分後、色々といじくり回したが自分の腕力では、どうにもならない、と判断し、鉄パイプをテーブルの上に戻した。
「バキさん。無理ですよ。何か仕掛けがあるのかと思いましたが、本当にただの鉄パイプじゃないですか」
「だろうな」
「これを曲げることに何か意味あるんですか?」
「その言い方。若者らしいねぇ」
「こればっかりは、大人も同意すると思います」
「空間内部実在する敵対勢力の排除」
「そんな事、書いてありましたね」
「敵対勢力ってのは、言わばモンスターのことを指す。ちなみに、怪異空間はダンジョンな」
「俺はバキさんの趣味にとやかく言うつもりはありませんが、さすがにそれは妄想が過ぎませんか?」
「それじゃ俺が今から、この鉄パイプを曲げたら、話を聞いてくれるかな?」
「いいですよ。やれるものならやってみてください」
「言質は取ったからな」
アラハバキはデカい端末を掴んだ。
「アイボー、リミッターを解除してくれ。理由は、サムライの採用活動の一環でな」
《わかりましたにゃん、ご主人様》
端末からは再びアニメ調のボイスが流れた後、数秒間の沈黙。
秒針を刻む時計の音が耳障りになるころ、再び端末から声がした。
《ご主人様、お許しがでたよ~。それじゃ、最強になる魔法をかけちゃうね》
「は~い」
《燃え~燃え~きゅんきゅん。この世界で一番の男にな~れ……はい、できました~》
「ご苦労様、アイボー」
《ありがとうございます~。お仕事がんばってくださいね。ご主人様》
(……これは、罰ゲームか何かか?)
感性の合わない茶番を二度も見せつけられたせいで疲弊する。
「トキヤ。よく見ておけよ、アイボーのおかげで最強になった俺の力を。――士道、開眼」
自信満々に、最強、と言ってのけるアラハバキ。
何等かのゲーム中に発したのなら頼もしいのだが、今は現実世界のため信用は無いも同然。
贔屓目に見ても、場を温めるための苦肉の策としか思えない。
一切の期待を寄せず、ただただ無為な時間が過ぎるのを待つほかはない。
諦観の境地に達した秀矢は、アラハバキに冷めた目を向けた。
「よっ、と」
アラハバキの軽い掛け声の直後、秀矢は驚愕した。
何故ならアラハバキは、その掛け声のように軽々と鉄パイプを二つに折ったからだ。
そして、パフォーマンスはそれだけに留まらなかった。
涼しい顔で針金のように、鉄パイプを一本に戻しては二つに折るを幾度か繰り返すと、鉄パイプが二つに割れた。
その後、片方はテーブルの上に置き、もう片方をバトンを渡すかのように、秀矢の目の前に突き出す。
秀矢が戸惑ってると、アラハバキは突き出した方の鉄パイプを握りしめた。
頑強な鉄パイプと握り拳が合体してるように見える不自然な構図。
アラハバキは、それをテーブルの上に置いた。手の平で隠されてた箇所は、柔らかいアルミ缶をようにひしゃげてる。
「化け物を相手にするんだ。こっちも相応の武器が要るだろ?」
秀矢はアラハバキの言う事を無視して、半分握りつぶされた鉄パイプを手に取った。
再び握力と腕力を加える。だが先ほどと同様、鉄パイプはビクともしない。
「これは、タネと仕掛けのあるトリックじゃあない。れっきとした人間の力だ。――どうだ。興味が沸かないかい?」
ゾクリとした。
一瞬の寒気の後、心臓の鼓動が早まり、肉体が昂る。
3年間、生き延びたら1億円が得られる、という夢物語に現実味が増す。




