第3話 亜由美が何故ここにいる
「以上だ。何か質問はあるか?」
目の前で、あぐらをかいてる老齢の男性がやや圧のこもった声音で言った。
その男は、髭の白色の占有率が高いので老齢と判断できるが、体格はがっしりとしており、むき出しの頭皮も相まって顔つきが厳めしい。
当人はあぐらをかいてリラックスしてると思われるが、秀矢を見つめる眼光、ピンとのびた背筋、筋肉の張りから、精気が漲ってることがありありとわかる。
高校生活開始前の春休み最終日。
秀矢は金を稼ぐため、雇用主から一通り説明を受けたところだ。
口頭で長々と説明を受けたばかりで、頭の整理が追いついてない。
「じっちゃん。話、終わった? もうダンジョンに行っていいよね? こういうのは倣うより慣れろって言うし――」
秀矢の隣から、若い女性の声がする。
その声は、ここに来るまでの間、幾度となく聞いてるにも関わらず、まるで初めて聞いたかのように秀矢の心臓をドキリとさせ、目を見開かせた。
隣にいる女性は、目鼻立ちは整っており、表情も穏やか。
可愛らしさと大人っぽさを備えたミディアムヘアは、ベースの黒髪にハイライトのベージュの陰影によって立体感があり、非常におしゃれである。
スラリとした身形に、ひざ丈のスカートにジャケットとTシャツは、彼女の魅力を引き立ててる。
彼女の名前は、空閑亜由美。
だが秀矢は、彼女の名前を知る前から、彼女の素顔と声を知ってる。
それは、世界中で大人気のヒーローシューター「ランペイジ」の大人気ストリーマー兼プロゲーマーのアイとして。
彼女の常に前線を突っ切る、荒々しくも花のあるプレイスタイルと美しい容姿に抜群のトーク力は、多くの視聴者を魅了してる。
チャンネルの登録者数は100万人台。投稿する動画はいずれも6桁の再生数は当たり前。7桁の動画も珍しくない。
ライブ配信では、どのゲームジャンルでも同接は10万人を超え、スパチャは一度の配信で日本円にして10万円は優に超える。
アクション全般の腕前は高水準な反面、頭脳系はポンコツ。
得意なアクションゲームでは強気で自信家、決して弱みを見せないが、苦手なジャンルでは子供のように泣き言を喚く。
そんなギャップが人気の要因と言えるだろう。
秀矢は、アイの最初期からのリスナーであるが『個人的な事情』により、推しと同じくらい嫉妬心を抱いてる。
何故なら、空閑亜由美――アイは、秀矢が欲しいモノを全て持っているからだ。
(何で、アイがこんなところにいるんだ……)
喜びと妬みが複雑に絡まり、胸を締め付ける。
後ろめたさからか、アイから目を背けるような姿勢になる。
「おうおう、空閑。バカに張り切ってるじゃないか」
「へへ、まあね」
「新人を鍛えるには、1秒でも早い方がいいのはわかる。だが、落ち着け。まだ肝心のブツを渡してねえ」
老齢の男性は両手を二度合わせた。だだっ広い和室にパン、パンと手の平を打ち付ける音が鳴る。
程なくして、ふすまが開いた。
「失礼致します、蛟牙様」
そこには、正座してる地味目な和服――侍女のお仕着せをまとった女性がジュラルミンケースを抱えてやってきた。
そして「こちらになります」と言いながら、女性はケースを老齢の男――蛟牙と秀矢の間に置くと、パッチン錠を次々と外してから蓋を開けた。
中身は二つある。
一つは、アイスモナカのみたいに大きくて重い純国産スマホ。
正式名称Scaleシリーズの最新機種。
マニア向けスマホのため、ガジェット情報発信のサイトや動画では、一種の風物詩として取り上げられてるので、秀矢も存在自体は知ってる。
もう一つは、大人が持ち歩く大きさの、映画のセットを彷彿とさせる未来の世界で作った剣のようなもの。
柄の部分には、銃の引き金らしき部品があるので、持ち手の部分だけを見ると剣なのか銃なのかいまいちハッキリしない。
しかし、それの外観は、素人目で見ても非常にクオリティが高く、大抵の男子なら心惹かれるデザインをしてる。
「こっちのデカいのが先ほど、わしが話した現代のサムライの刀――刃機だ」
「へえ、これが俺の武器ですか」
「ああ、時田の適正に合わせて作った特注品だ」
秀矢は思わず固唾を飲んだ。今すぐにでも刃機に手を伸ばしたい衝動に駆られる。
「――で、もう一つは、わしが会長を務めているナーガグループのスマホ部門がOSから半導体、液晶、人工知能、はたまたネジの一つに至る全てのソフトとハードを現代技術の粋を結集して作った純国産のスマホ、スケールシリーズの最新型。どうだ凄いじゃろ?」
蛟牙は自慢げに話す。
秀矢は、それを見て、大きく落胆した。
「わかってると思うが、先ほどお前から取り上げたスマホは、こちらで処分したからな」
今まで使ってたスマホの代わりに、携帯に不向きな異常に大きく重いスマホで過ごす事を強いられてるためだ。
「……試しに刃機を持ってみな」
「わかりました」
堅苦しい返事をするも、秀矢は目の前の刃機に心を躍らせてる。
今にも駆け出しそうな勢いで立ち上がってから、前にかがみ、右手を素早く伸ばして柄を握る。
――が、刃機はピクリとも動かない。
仕方ないので両手で柄を掴み、両足をスクワットの要領で力を込めて、切っ先を支点にすることで、ようやく持ち上がった。
蛟牙は「おお、やるのう」と声を上げ、亜由美は「あはははは」とゲラ笑い。
秀矢は柄から手を離した。刃機は、ケースにスッポリと収まる。
「ふむ、リミッターがかかった状態で、あの刃機を持ち上げたんだ。その様子なら一週間前の施術の効果は、きちんと出てるようだな。今度は、ナーガグループ自慢の新機種に電源を入れてみな」
「これをですか?」
「説明しただろ。そいつの仕様を」
「外観は既製品と同じだけど、中身はダンジョン攻略に必要な機能が搭載。実生活においては既存の移動通信システムだけでなく、地球上ならどこでも繋がる衛星通信に対応。故意に紛失した場合、機密漏洩と見なしペナルティが課せられること。これくらいは覚えてます」
「上出来だ。つまるところ『大事な仕事道具だから肌身離さず持ち歩け』ってことだ。ちなみに、ペナルティの意味は聞いてるか?」
「は、はい……」
秀矢は電源を入れつつ答えた。
ペナルティというのは、所有者の始末――死である。
あくまで故意に紛失した場合なので、盗難等の部外者の意図による紛失なら法龍院家のお目付け役――シノビ衆が速やかに回収にあたるので、基本的には従来のスマホの扱いと遜色ない。
程なくして、液晶に光が灯ると同時にOSが起動し、ものの数秒でトップ画面に遷移する。
(こいつ、起動は早いんだよなぁ……)
トップ画面はいくつかのアイコンが並ぶだけの簡素な画面。
但し、カタログスペックは他のメーカーから販売されてる機種とは比べ物にならないほどのスペックを有してる。
問題は、値段も信じられないほ高いので一般消費者にはそっぽ向かれ、凄まじいスペックなのに癖が強いOSとCPUのためアプリ開発者はもとより開発ツールの対応もそっぽ向かれてること。
どんなにハイスペックなスマホでも、ユーザーが求めるアプリの動作と価格を提供できなければ、普及しないのは当然と言える。
一応、唯一無二の売りであるアイボーの存在が、一部のガジェットマニアと動画投稿者の受けがいい程度。
「こいつ、初回起動時の設定とか無いんですか?」
「必要最低限の設定は、既に済ませておる。通話も出来るし電話番号と連絡先も今までものが使えるぞ。アイボーの設定はまだだから、任務の前に済ませておけ」
「わかりました」




