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第4話 ダンジョン攻略の支給品

「よし、それじゃ――アイボー、士道開眼(しどうかいげん)せよ」


「これ、俺のスマホでは――」


 秀矢の言葉を中断したのは、他でもなく秀矢の肉体だった。


 蛟牙が「士道開眼」と口にした瞬間、スマホの画面にリミッター解除という文言が現れた。


 同時に、全身の隅々、それこそ頭のてっぺんから足の爪先まで、無数の小さな虫が蠢いてるかのような感触がする。


 初めての感覚。あまりの不気味さに、嫌悪感を催し、背筋に悪寒が走る。


「そんな顔するな。直に慣れる。貴様の身体に投与したスマートナノマシンが活性化してる証拠よ」


 蛟牙の言葉通り、一週間前に仕事内容の最終確認と同時に、肉体を改造するためナノマシンを投与されてる。


「というか、俺のスマホなのに、あんたの言葉でも動くのかよ」


「うちで作ったスマホじゃ。わしにも管理者権限があるわい。――そんな事より、刃機を持ってみな」


 秀矢は再び、右手で柄を握った。


 すると、先ほどまで大木のように重かった刃機が棒切れのように持ち上がった。手首の負担は微塵も感じない。


(すごいな。身体能力が強化されてるってのは、本当みたいだな)


 秀矢の運動能力は体力不足を補う程度で、クラブ活動の類は小中合わせて一度も経験が無い。


 それにもかかわらず、こんな重い物を軽々しく持ち上げてる事に驚嘆する。


「スマホから、特別な周波の電波を発信することで、体内のナノマシンが活性化し、身体能力を飛躍的に向上させる。リミッターがかかった状態でもトップアスリートや格闘家並みだが、解除した今なら霊長類最強の動物ゴリラと同等だ」


 ゴリラと聞いて、気分がげんなりする。


「貴様の身体に投与したナノマシンとスマホはセットだ。だから可能な限り携帯しておけ。ダンジョンの攻略では身体能力だけでなく、数多くの先人が蓄積した膨大な戦闘データを元に、アイボーを通じてサポートする。実生活では、何よりも貴重なサムライである貴様の命を守る。免疫機能の向上、筋力と骨密度の強化、あらゆる傷病から生命維持を可能とし、障害を残さぬよう脳機能と神経の修復も備えておるし、サムライの特権で自己防衛による殺しは免責される。代わりに、故意による紛失や機密情報の漏洩に悪意をもって力を行使した場合は、速やかに士道不覚悟(キルコマンド)を実行する。それはスマホの機能停止と……その持ち主の生命活動を如何なる手段を用いてでも停止する。わかっておろうな?」


 あぐらの姿勢ですら圧のある蛟牙が語気を強める。


「わかってますよ。そういう事は心得てますので」


「じっちゃん、脅かさないでよ」


「念押しじゃよ。重要事項な何度伝えても損は無いからのう」


「秀矢、大丈夫だからね。変な事を考えなければ日常生活に支障はないし、それどころか変な奴に絡まれても実力行使で追っ払ってもお咎めなしと、いいことづくめよ――実力行使といっても、あれよ。物凄い足の速さで逃げるとか、ちょっと小突いて気絶させるくらいだからね」


「はは。俺は大人気女性配信者と違って、そういった輩とは無縁だから大丈夫だよ」


 秀矢は自虐気味に言った。


「これで貴様は、法龍院家に仕えるサムライ衆の一員だ。3年間、しっかり励めよ」


 蛟牙の言葉に、秀矢は緊張感で身体が震え、不安を募らせる。


「それと最後に一つ質問がある」


 先ほどまでとは打って変わって、蛟牙は神妙な顔つきだ。


 だだっ広い和室の空気が張り詰める。


「何で、うちのスマホが売れないかわかるか?」


「……は?」


「そのままの意味だ。ほら、スマホが売れた方がお前達も助かるだろ」


「そういえばシノビ衆の方が言ってましたね。俺達に貸与されるスマホが一般市場に流通してるものと同じ外観にしてる理由。木の葉を隠すなら森の中、ですよね」


「うむ。しかし、売上は非常に芳しくない。アイボーの収益は、普及率から見れば御の字らしいのじゃが――」


 貸与されたスマホは、命と等価値と言っても過言ではない。


 そんなスマホが一般流通してないデザインなら、良くも悪くも好奇の目に晒されるのは想像に難くない。


 外観が既製品と同じという事は、迷彩として機能するので、普通のスマホのように盗難と紛失に注意を払えばいいのも利点と言える。


「――で、時田よ。何やら考えてるようじゃな、売れない理由に心当たりはないか?」


 秀矢は、蛟牙の問いに即答することはできなかった。


 その理由は、売れない原因があまりに多いことと、今日初めて顔を合わせた雇用主である法龍院蛟牙の機嫌を損ねてしまうのでは? と危惧してるためだ。


 言葉を詰まらせてると、まるで秀矢の代わりにと、亜由美が口を開いた。


「じっちゃん、そんなの簡単よ」


「ほう」


「高い、重い、その上チェインを始めとする各種SNSに非対応のスマホなんて今の時代、売れるわけないじゃん。現役女子高校生の私が言うんだから間違いないわよ」


「よう言うわ。同世代の友人が一人もいないくせに」


「ぐっ……それは配信業のために、高校は通信制にしてるからであって――って、そんな所まで見てるの!?」


「人間関係はストレス要因の一つじゃからな。可愛い可愛いわしのサムライ衆の家族、友人、学校の交友関係は全て把握しておるわ」


(常にマークされてるとは聞いてたけど、そこまで把握してるのかよ)


「行こう、秀矢。こんなノンデリじいさんとお話してたら時間が勿体ないわ」


「ノンデリ!?」


 亜由美の言葉が刺さったのか、蛟牙はしょんぼりとうなだれた。


 空気を張り詰める圧は、すっかり消えてしまった。


 亜由美は勢いよく立ち上がると、秀矢の腕を引っ張り上げた。


 慌ててスマホをカバンに放り込み、刃機を手にした秀矢は、亜由美に引っ張られて、広い和室を後にした。

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