第29話 法龍院家の監視下
秀矢は言葉を失った。
法龍院家の財力と技術の片鱗に触れた者からすれば、亜由美の言葉に驚くには、当然と言えよう。
《最初に、おかしいと思ったのは職員の対応かな。他の子と比べて露骨に態度が違うの。人によってまちまちだけど、良くも悪くも特別扱いされてたわ。他の子には厳しいけど、私には妙に優しかったり、かしこまってたり、顔色を伺うような人もいた。反対に、面倒事を避けるかのように、無関心を装ってる人も居たわね。でも、他の入居者とは、うまくやってたと思う。少なくとも、嫌な思い出はないわ》
「亜由美みたいな子がいたら楽しいだろうな。少なくとも俺はそう思う」
《ふふ、ありがと。でね、小学校6年生の二月頃かな。施設の人に呼び出されて、何事かと思ったら法龍院家のドウボウ衆の人がいたの》
「ドウボウ衆? 初めて聞く役職だな」
《平たく言えば、雑務をこなす人達ね。で、その人からまず私名義の通帳を渡されたの。しかも、2千万円入ってたわ》
「は?」
秀矢は素っ頓狂な返事をした。自分でもわかるほど声が裏返ってる。
無理もない。小学生の時点で2千万円なんて、どう考えても普通じゃない。
貴族、上級国民、財閥令嬢等々、年相応の語彙の中からラグジュアリーを連想する言葉が次々と浮かんでは消える。
数秒の後、配信環境を整える財源の問題が、これで解消されることに気づいた。
《あっはっは。変な声》
「仕方ないだろ。前世でどんな徳を積んでも、中学進級のお祝いで2千万円はありえねえよ」
《さすがの私も驚いたわよ。通帳をもらった時、私も秀矢みたいな声を出したと思う》
2千万円。子供はおろか大の大人でも、心変わりしてもおかしくない金額。
真っ当な大人なら裏を勘繰って、受け取るのに躊躇しても不思議ではない。
両親がいない子供なら、その衝撃は計り知れないのは容易に想像できる。
《大金と一緒に、二択を迫られたの。施設に留まるか、一人暮らしをするか。当然、私は一人暮らしを選んだわ》
「でも、中学生で一人暮らしって色々と不安じゃないか?」
《住居や学校の手続きは、法龍院家が何とかしてくれたから、私は着の身着のままお気楽な一人暮らし生活を始められたわよ。おまけにシノビ衆の護衛付でね》
「いたれりつくせりだな」
《でね、ある時、質問をしたの。法龍院家が私を支援する理由は何ですか? って》
「当然、気になるよな。色んな意味で普通じゃないし」
《でも答えは、教えてくれなかった。ちなみに、金持ちによくある隠し子の線は、きっぱり否定されたわ。遺伝子も解析済みで血の繋がりは科学的にありえない。もし法龍院家の血筋なら有無を言わさず、屋敷に連れて行くって、キツくに言われたわ》
「それは何と言うか……余計に意味がわからないな」
《でしょ? 特に遺伝子検査なんて正気じゃないわ。……そこで気づいたの。法龍院家は、私を監視したいのかなって。それなら職員の態度が最初からおかしいのも説明がつくし》
「なるほど。確かに、哲学で笑い飛ばす問題じゃないな」
《そういうこと。それでね、ムカついたから徹底的に法龍院家を利用しようと思ったの。だって、監視するくせに、出自は教えてくれないんだよ? 酷くない?》
「そうだな」
《それで引っ越しを機に、ずっと憧れてたゲーム配信を始めたの。どうせ何かトラブっても法龍院家が守ってくれるしね》
(こういう、したたかさが人気の秘訣なのかもな)
底抜けに明るくて、リスクを厭わない前のめりの姿勢は、人間的な魅力に繋がる。
それはゲームのプレイスタイルも同様で、何度も敗北を味わっても決して醜態を晒さす、笑顔で再挑戦する姿は多くの視聴者を引き付ける。
秀矢も、そんな亜由美に惹かれた視聴者の一人なのだから。
《それで中学の3年間で、ストリーマーとプロゲーマーになったわけよ。その後は秀矢と同じく、シノビ衆からサムライの勧誘を受けたわけ》
「勧誘を受けた時、どう思った?」
《そうね。正直に言えば、お金には一切魅力を感じなかったわ。――でも、サムライになれば法龍院家の偉い人に会える。自分が何者なのかを知ることが出来る。そう思って、サムライになることを選択した》
「でもよ、ダンジョンの攻略は命がけという説明は受けただろ? 怖くなかったのか?」
《死ぬのは怖いけど、それより好奇心の方が勝ったわ。だって、私には血の繋がった家族はいないもの。……それならせめて、自分の出自くらいは知りたいじゃない。それに――》
亜由美から笑顔が消えた。
真顔とも放心とも言えない、何とも形容しがたい表情。
確かに精気は感じるが、どことなく薄暗い影を纏ってるようにも思える。
加えて、亜由美の境遇、生い立ち、動機。一般家庭という枠組みから大きく逸脱した亜由美の人生に、かける言葉が見つからない。
居心地の悪い静けさがもどかしい。
空気の淀みを察したのか、亜由美は急に笑顔を見せた。
《い、言っておくけど……こう見えて私は、悩み多き乙女なんだからね。ここまで、包み隠さず話をしてきたけど、まだまだ悩み事とか秘密がいっぱいあるんだから》
(若くして、将来の貯えは十分。配信業も順調。おまけに美人。これ以上、何を悩む事があるんだか)
《あー、酷い。私に、悩み事なんてありえないって、顔してる~》
「視聴者目線だと、そう見えるの」
《それじゃ教えてあげよう。私の悩み、その2。最近、体重が増えてきたこと》
「食べずに不健康になるよりかはいいと思う」
《私の悩み、その3。スターバッドの新作フラペチーノが味わえない事》
「えっと、頑張ります」
《私の悩み、その4。秀矢が私のために、無茶をするんじゃないかと心配で心配でたまらないこと》
「……善処します」
《いい? フローラの言葉を真に受けるのはいいけど、それで秀矢まで死んだらダメだよ。これ先輩からの忠告》
「ご忠告は重く受け止める。でも、最後に決めるのは、あくまで俺自身だ」
《うわぁ、聞いてやるもんか、って顔してる》
「いい時間だな。明日は、高校初日。遅刻したくないから、もう寝るよ」
《私、まともな高校行くの初めてだから楽しみ~》
「亜由美、頼むから、学校では静かにしててくれ」
《……私の悩み、その5。秀矢が学校で、私を除け者にすること》
体は疲労困憊なのにベッドに潜った瞬間、脳の血行が良くなり、眠気が吹き飛ぶ。
自室は、闇に満ちてる。
亜由美が気を使ってくれたのか、スマホのライトも消えてる。
アラームはセットした。
スマホに万が一のことがあった場合に備えて、目覚まし時計もセットしてある。
目を開けても、時計の蛍光塗料が淡く光ってるだけ。
これまでの人生で、寝付けない日は幾度もあった。
こういう時は適当に考え事してる内に、いつの間にか寝てるもの。
だから、敢えてサムライに勧誘された日のことを振り返ることにした。




