第28話 法龍院家の庇護下
「秀矢、話声が聞こえるけど、誰かいるの?」
秀矢は小声で「母さんだ」と言った。
次の瞬間、ホログラムの亜由美が忽然と消えた。
《私自身は、スマホにあるからね》
「助かる」
亜由美に小声で礼をしてから「母さん、友達とビデオ通話してるだけだよ」と言った。
「そう。スマホ、壊さないように気を付けなさいよ」
その直後、脱衣所のドアの開く音が再び聞こえた。
どうやら母親は出て行ったようだ。
《秀矢。私の声、大きかった?》
「いいや。鉄筋コンクリートだから、ちょっとやそっとの音なら問題無いと思ったんだけど。さすがに、ドア一枚しかない脱衣所まで来られると少し漏れるかもな。でも勝手に風呂場に入ってくることは無いから、亜由美の事がバレる心配は無いと思う」
《ふーん、そうなんだ》
「いくら家族でも、風呂場に先客が居たら――」
誰も入ろうとは思わないよ、と言葉を紡ごうとした途端、ある事に気が付いた。
今まで気づけなかったのは、そのことを誰も気に留めなかったためとも言える話題。
普通なら、いの一番に伝えなければならない相手のこと。
「どうしたの? 急に考えこんじゃって」
秀矢は、聞くべきか否か迷っていた。
人のプライベートに土足で踏み込む趣味はない。
しかし、こればかりは放っておいて良い問題でもない。
少し検討した後、放っておくことはできない、と判断した。
ただ話が長くなりそうなので、仕切り直しも兼ねて風呂から上がることにした。
「ちょっとのぼせそうだから、風呂から上がるよ」
《はいはーい》
脱衣所で部屋着に着替えてから自室に戻る。
ドアを閉めると、スマホを適当なところに立てかけてから切り出した。
「なあ亜由美、一つ聞いていいか?」
《どしたの? そんな、かしこまっちゃって》
「家族には、連絡をしたのか? その――」
《家族? あー、そのこと》
秀矢の思いとは裏腹に、亜由美の反応は軽い。
《秀矢は知らないんだっけ。私、家族いないよ》
「へ? あっ、ああ」
あまりに呆気なく返答する亜由美に対し、秀矢はバツが悪くなる。
《私ね。物心ついた時には施設に居たから、両親の事を知らないの。家族とか兄弟姉妹と呼べる人はたくさんいるけどね》
望郷の思いなのか、それとも気配りなのか、定かではないが亜由美は明るく振舞っている。
しかし、そんな亜由美の境遇は、秀矢の中に新たな疑問を呼び起こした。
生前の亜由美は、大人気ストリーマー兼プロゲーマー。
当然、ストリーマーになるためには必要な設備がある。
――ゲーム機本体。
――ゲームの画面を取り込むためのキャプチャーボード。
――画面を配信するためのパソコン。
――高速で安定してるインターネット回線。
ざっと上げた4つの要素だけでも、軽く10万円以上はかかる。
仮に、金額面をクリアしたとしても、児童養護施設にお世話になってる児童に、そんな身勝手な真似が許されるとは到底思えない。
もし身勝手な真似が許されたとしても、登録者100万人を越えるチャンネルを有する大人気ストリーマーなら金銭面で困窮することはあり得ない。
思考は巡りに巡って、ある一つの質問に帰結する。
秀矢は意を決して、訊ねることにした。
「亜由美は、何でサムライになったんだ?」
《思いつめた顔してるから、何を考えてるのかなぁとは思ってたけど、そっちかぁ。てっきり、彼氏いるの? とか聞かれるかと思ったんだけど》
「生前なら彼氏の存在は、気にかけてたと思う」
《ちなみに、彼氏はいないよ。彼氏いない歴イコール年齢です。安心した?》
「……うん」
亜由美の屈託のない笑顔に心臓が跳ねる。
《でね、私がサムライになった理由なんだけどさ》
「あ、ちゃんと答えてくれるんだ」
《別に隠し立てする必要ないもん。それに、マジにはマジレスするのが私流よ》
「そうなのか」
《ということで、何で私がサムライになったのか。その理由の一つは、自衛よ。人気者は辛いからね~》
「護衛がいるのに?」
《振りかかる火の粉を払う力が欲しかったから。それに、護衛が何時までいるのかわからなかったし……結果的にサムライになったら、監視の目が厳しくなったけどさ》
「二つ目は?」
《もうちょっと優しい言葉をかけてくれてもいいんじゃない!? 自衛なのよ、じ・え・い。ストーカーとか、無敵の人とか、SNSモンスターに日々、付け狙われてるのよ!?》
「ゴメン、死んだことすら気にして無さそうだったから、つい――」
《念押しするけど一つ目については、サムライになって身体能力を爆上げしたり、法龍院家に身辺警護させた方が安心だからよ。で、二つ目なんだけど……私自身が何者なのかを知るため、かな。――って、ちょっと!? 何で、頭抱えてるのよ!?》
「いや、急に哲学が飛び出してきたから――」
《さすがに、それは失礼じゃない!? いくら私でも傷付くわよ!》
「それにさ、サムライになる人達の大半は『お金』だと思うんだよ。少なくとも俺はそうだし、長光さんだって同じだと思う」
《補足すると、秀矢が面識のない二人もお金が目的よ》
「だから哲学が異常に思えるだろ?」
《まあまあ話は、最後まで聞いてよ》
「続き、あったのか」
《いくら私でも哲学に命をかけないわよ》
「よかった。亜由美が普通の人で……あ、アバターとか魂とか、そういう所じゃないからな。考え方とか思想とかの話で――」
《うーん……普通の人、と言われると、ちょっと自信が無いかも》
「え?」
《私さ、生まれてからずっと法龍院家の庇護下にあったのよ》




