第27話 お風呂という名の神イベント
「いい時間だな。そろそろ風呂に入ってくるか。亜由美は大人しく――」
《お、お風呂!? ちょっと、そんな神イベント、私が放っておくわけないじゃん!》
「神イベント? 普通のマンションの風呂だぞ? つうか、そもそも、アイボーって風呂に入る必要あるのか?」
《私が個人的にあるのよ!》
亜由美が食い気味に反応する。
異常に興奮してるようだ。
目は血走っていて、鼻息が粗く、肩が上下に動いてる。
「そう言われても、家族に見られたら面倒になるからさ」
《そんなの、知り合いとビデオ通話してるだけって言えばいいじゃん》
(これはもう、何を言っても聞いてくれなさそうだ)
そう判断した秀矢は、サムライの仕事による極度の疲労も相まって、折れる事にした。
「……わかった。でも、風呂場に入るまでは一言も話すなよ」
《わかってますって》
秀矢は、いかついスマホを手に自宅の風呂場に向かった。
幸いにも、家族に見られる事なく脱衣所に入ることができた。
脱衣所のドアを閉めると、スマホを適当な場所に置き、服を脱いだ。
《お、おぉぉ……秀矢って細身だけど引き締まってるのね》
「え?」
《痩せてるけど、やつれてはない程よく絞れた体。腹筋は、薄らだけどシックスパック。胸と肩も適度にバルクがあって、筋肉のカットがそそられちゃう。秀矢って、意外と気痩せするタイプなのね》
「待ってくれ……もしかして、見えてるの?」
《バッチリよ! もう余すところなく撮影したわ。お部屋にエアロバイクとダンベルがあったから、もしかすると……って思ってたけど想像以上だったわ。ああん! 私、もう死んでもいいわ》
「……」
秀矢は、言葉を失った。
ツッコミを入れたい気持ちよりも、推しに裸を見られたことによる羞恥心が大きく上回ってしまい動揺してる。
まだ湯船に浸かってないのに、体が温かい。
秀矢は、妙な居心地の悪さを感じてしまい、羞恥心を振り払うよう勢いよく脱衣を終えた。
そして、スマホを乱暴に掴んでから風呂場に入った。
《いやぁ、眼福眼福》
亜由美は、神社でお参りするかのように手合わせの所作をする。
「亜由美、一体どこまで見えてるんだ?」
《それは、もう頭のてっぺんから爪先まで、クッキリハッキリ高画質高解像度――》
「ゴメン、言葉が足りなかった。視認できる範囲は、カタログスペック通りなのかが知りたいんだけど」
《そっちのことね。うん、基本的にその認識でいいと思う。普段は、スマホの前面と背面のカメラ。外の様子を見るだけなら衛星カメラも使用可能。後は、他の端末に接続するとかかな》
「つまり普段は、俺の目線とリンクしない、って事でいいのか?」
《そうね。秀矢の許可が下りるか、リミッターを解除しない限り、私は秀矢と同じ視点を見ることはできないわ》
「わかった。一応、最低限のプライベートは保障されるわけか」
《そうそう。だから業務時間外は、こうやってじっくりと眺めることしかできないのよ》
「つうか、俺だけ見られるのは不公平だ」
《そう来ると思って、スマホをここに置いてもらったのよ》
「ん? 置き場所がそんなに大事なのか?」
頭に疑問符を浮かべると同時に、スマホが白く光った。
それはプロジェクションライトのように、薄い淡白色の光を放ち続けてる。
《秀矢、左側を見てみて》
言われるがまま、左側――洗い場の方に目を向ける。
そこには、等身大の亜由美の姿があった。
それも、ビキニにパレオという、とても魅力的な出で立ち。
唯一にして最大の問題は、風呂場のせいで雰囲気が俗っぽい。
《へへ~、どうよ。似合う?》
弾ける笑顔。
大胆に開いた胸元。
ほっそりとしたボディライン。
パレオから覗かせる美しい脚。
初めて見る、推しの水着姿に、胸の高まりと戸惑いを覚える。
「ああ、凄く似合ってるよ……って、どうなってんだよ!? 何で、亜由美の姿が――」
《これは、よくある投影技術よ》
「……ここは、一般家庭の、何の変哲もない風呂場だが」
《お風呂場だからよ》
「余計に意味がわからないんだが」
《私も今日、初めて知ったんだけどね。こういう技術って主に三種類あって、その中の一つに水蒸気型というのがあるの。――で、さっき秀矢がシャワーを使ったおかげで、お風呂場が水蒸気で満たされた。後は、サムライ用の特別なスマホを使って、水蒸気に向けてアバターを投影してるってわけ》
「虹みたいなものか。――俺はてっきり、法龍院家の謎技術かと思ってたよ」
《だからね、一緒にお風呂に入ることはできないの。姿が消えちゃうから》
「……」
《その顔、残念、って思ってるでしょ》
「ノーコメントで」
《あとね、露出はこれが限界なの。せっかくのお風呂場なのに》
「混浴は、そんなものだろ」
《変なところだけは、ちゃんとアバターなのよね。服を取り替えることは出来ても、脱ぐことはできないの》
「そ、そうか」
《しかもね。際どいアングルとか、レーティングに引っかかりそうな衣類を見せようとすると、どこからともかく謎の光が映り込むのよ》
「うん、わかった。俺が悪かったから! もう不公平なんて言わないから! この話題は、これで終わり!」
これ以上、話を続けると、推しに知られたくない恥部を引きずり出されるような気がしたので強引に打ち切る。
そこへ追い打ちをかけるように、背中に全身をねぶるような視線を感じる。
「そうマジマジ見られると、何と言うか……非常に困るんだけど」
《えー、カッコいい体してるじゃん》
「……そう言われると、悪い気はしないな」
《でも以外だね、プロゲーマーって運動と無縁だと思ってたのに》
「所属してるチームの先輩から言われたんだ。体力は、思考力と相関性が高いから、若い内から運動不足は解消しておけって。それで週に3回ほど、適当に自宅でトレーニングしてる。亜由美は活動において、何か気を付けてることとかある?」
《私はカロリーとPFCバランスくらいかな。運動は全然してない。体調管理は、個人の裁量に任せてるって感じね》
「普通は、そんなもんだよな」
《そうねぇ。だから、うちんところの男性陣は、ガリガリかブヨブヨのどっちかしかいないの》
「はは」
(考えたら俺達に共通の話題って、あまりないな)
こういう時、どんな話をすればいいのか。
秀矢の乏しい人生経験では正解どころか何等かの解答を提示することもできないのだ。
慣れない女子との会話にあれこれ思慮を巡らせてると、大人の女性の声が聞こえた。母親の声だ。




