第141話 アイまみえる
見覚えのある素顔が目に入る。
(アイ――亜由美だ。いや、落ち着け)
法龍院家は、亜由美のクローン体を所有してる。
現にサムライの任務で同行してる。
しかし、目の前の亜由美の顔には、確かに表情がある。
真夜中だというのに、太陽のように明るく輝いてる。
「1か月ぶりだね。秀矢」
情感のこもった声に愛嬌たっぷりの朗らかな表情。
それは、魂のないクローンではありえない顔。
ライブ配信で見慣れた顔だ。
見間違うものか。
「身バレ防止のために仮面かぶってきたんだけど――って、どうしたの!? なんで固まってるの!?」
「半信半疑という感じね。大方、ストーカーと青侍の判別がついてないのね。ひどい別れ方だったし」
「失礼ね、エロガキ! これから始まるのよ!」
《時田様、お疑いでしたら今一度、パーティのステータスを開いてください》
恐る恐るステータス画面を開く。
そこには、自分を含めて3人の名前があった。
法龍院巳月、時田秀矢、そして……空閑亜由美の名前が。
「そんな、だってアイは――」
亜由美が凄まじい形相で睨みつけてきた。
「亜由美は、1か月前の戦いで、俺が勝って……記憶が消えたはずじゃ――」
「いやー、話すと長くなるから――」
亜由美が目を反らす。
その所作で、今はモンスター達と戦ってる最中であることを思い出す。
聞きたいことは山積みだけど、今はモンスターの駆除が最優先。
「打ち漏らしてるじゃない。修業から逃げだしたのかしら」
「いちいち、うっさいわね。秀矢のために、あえて残したのよ。――試し切り、やりたいでしょ?」
「当然だ。新型は早めに慣らしておきたい」
「ぐへへ。やっぱり私たち、気が合うわね」
「時田秀矢。新型の仕様、頭に入ってるかしら?」
新型刃機は認証が終えると、携帯モードから戦闘モードへと変化する。
秀矢の場合は、西洋の剣が生成される。
それを実現してるのは、スマホの中に錬成魔法の力が込められた魔法石が搭載されてるためだ。
そして武器の形態を維持するためには魔力を要する。
魔力の供給源はバッテリーのように専用の魔法石が搭載されており、魔法石の魔力が尽きたら、オモチャに戻る仕様である。
魔力が尽きるまでの時間は、約10分。
「時間制限なら大丈夫だ。今の俺なら、こいつらを倒するのに3分も要らねえよ」
「威勢がいいのは結構。だけど、派手にやりすぎないようにね」
「わかってる」
秀矢は意気揚々とモンスターの群れに斬りかかった。
身の丈を大きく上回る体躯のモンスターどもを物ともせず、斬り伏せる。
素手ではビクともしなかった化け物が、刃機を手にしただけで赤子同然。
亜由美の魔法、巳月の陰陽術の助力もあり、3分もかからずに残りのモンスターを駆逐した。
《周囲からモンスターの気配が消えました。任務完了です。皆様、お疲れ様でした》
任務終了の報せを受けて、緊張を解く。
刃機の刀身が消える。
亜由美の棒状――杖型刃機の支柱も同じように消えた。
亜由美の新型刃機の携帯モードもご多聞に漏れず、チープなオモチャの模様。
任務が終わり、ひと心地つく。
頭が冷えてから、改めて亜由美が居ることを認識し、複雑な感情が胸中に渦巻く。
どんな顔をすればいいのか。
何を話せばいいのか。
考えれば考える程、答えが遠のいてく気がした。
「秀矢! 大丈夫!? 襲われてない!?」
「襲われ……ああ、見ての通り、怪我は無いけど」
「あんな雑魚共じゃないわよ。エロガキに襲われてない!? 穢されてない!?」
「……うん。大丈夫」
「ああ、よかった。修業、頑張った甲斐があるわー。この1か月間、あんた達が二人っきりでいるって聞いたから、もう気が気じゃなくて」
今のやりとりで、目の前の女性が自分の知る亜由美――つまりアイと同一人物という確信に至る。
故に、この1か月の間に何があったのか、記憶がどうなったのか、言及する必要性が出てきた。
「それにしても予定より1か月ほど早いわね。ちゃんとカリキュラムは終わってるんでしょうね」
「当たり前でしょうが! そうでなきゃ、刃機の使用許可が下りるわけないでしょ」
「それもそうね……ハァ、仕方ない。これからホテル行くんだけど、ストーカーもついてくる?」
「はああああああ!? 何、言ってんの!?」
「時田秀矢と私の二人きりダメなら、あんたを加えればいいのかなって――」
「行く訳ないでしょうが! つうか、何であんたと彼ピをシェアしなきゃいけないわけ?」
「大丈夫。私の最優先事項は、懐柔ではなく懐妊だから……もちろん恋仲というのも、やぶさかではないけど――」
「だーかーらー、私と秀矢が『恋人同士』って言ってるの! 意味わかってる!?」
(え!? そうなの!?)
「もちろん承知してるわ」
「へえ、話がわかるのね」
「仕方ないわね、一番槍は譲ってあげるわ。だから早く済ませなさい」
「なッ!? ど、ど、ど、どういう意味よ!?」
「後がつかえてるのよ。早くしてくれないかしら」
「こういうのは、その……心の準備とか色々と――」
「それじゃあ私が一番槍を――」
「ダメに決まってるでしょ! いくら世間知らずのあんたでも、こういう時は諦めて身を引くのが社会のルールなのはわかるでしょ?」
「失礼ね。確かに私は世間知らずだけど、ちゃんと流行も抑えてるわよ。最近は『NTR』なるものが流行ってるんでしょ? ねえ、ポチ」
《左様でございます。恋人または籍を入れた夫婦等、特別な関係にある男女から異性を奪うのが昨今の流行り。幅広い年齢層からの関心が高く、根強いファンが多いですジャンルです》
「そういう訳で、彼が如何なる女性と特別な関係であろうとも、私の最優先事項が時田秀矢の子を身籠ることに変わりないわ」
「どうやら、あんたに道徳を求めるのは無駄なようね」
「こちらとしては、彼のお相手があんたの分、一切の手心を加えなくて済むわ」
「手ェ出したら承知しないわよ!」
亜由美と巳月が睨み合ってる。
このまま放っておいたら、ここで夜を明かしそうだ。
ひとまず、どこか落ち着ける場所に移動するべきだろう。
「なあ二人とも。続きは、涼しい場所に移動してからにしないか?」
「時田秀矢のいう通りね。8月の夜は暑い。ひとまず手近なホテルにでも――」
「私の目の黒いうちは、秀矢と二人っきりにさせないわよ、エロガキ」
「こんな夜更けに、この3人で落ち着いて話が出来て、快適に過ごせそうな場所と言えば――」
◇◇◇
「確かに、ここが妥当かもね。色んな意味で」
亜由美が椅子に腰をかける。
「ふーん、時田秀矢が屋敷を指定するなんて――ようやく、その気になってくれたのかしら」
「んなわけねェだろ。エロガキがァ」
巳月は微笑を浮かべてから、椅子に座る。
「いがみ合うなよ。真夜中でエアコンが効いてて、亜由美がいても落ち着つける場所は、ここしか思い浮かばなくてさ」
秀矢も椅子に座る。
3人は現在、法龍院家の屋敷にあるラウンジにいる。
屋敷を選んだ理由の大部分は、大人気ストリーマーアイを連れて、深夜営業してる店に入るのは危険と判断したためだ。
「まあ私としては今、居候の身だから帰りの手間が省けて助かるわ」
「え? 亜由美、今ここに住んでるの?」
「そうよ。ちなみに、ここ1か月間の配信は、屋敷からしてたわ」
「そういや修業がどうとか言ってたな――」
「なーんかさ、余所余所しくない? 恋人同士なのに」
「う゛っ! そ、そう言われても実感、沸かなくて――」
「えーっ!? だって秀矢、私に告白してくれたじゃん」
「う、うん」
「それで私、オッケーしたでしょ?」
「うん……それはもう昨日のことのように覚えておりますです、はい」
「ああー、よかったー。まさか秀矢の記憶が消えてるのかと思ったわよ」
亜由美は安堵したようだ。
(やっぱり亜由美の記憶は消えてない、よな)
巳月に目をやる。
「ん? 私の準備はいつでも大丈夫よ」
「ふーん、へー、エロガキに家族が沢山いるこの場で、そんな事をする度胸あるんだ」
亜由美は勝ちを確信してるかのような不敵な笑みを浮かべてる。
巳月の方はと言うと亜由美の言葉が効いたのか、めずらしく狼狽えてる模様。
「そ、それは……も、目的のためなら――」
冷静さを欠くどころか、顔を真っ赤にして目を伏せてる。
反対に亜由美は、余裕が顔に出てる。
「ハイハイ。エロガキにそんな度胸があるなら、わざわざ人目がつかないホテルに誘わないでしょ」
「……きょ、今日は、お話をするために来たんでしょ」
巳月は誤魔化す様にティーカップを口元に運ぶ。
「そうね。うーん、どこから話そうかしら」
「俺がシュミレーションで勝った直後から頼む」
「あの勝負、ね。――くぅー、あの勝負は今思い出しても悔しいわ」
実力伯仲。
今、思い返しても、どちらが勝ってもおかしくない試合内容だった。
あの勝負、秀矢の読みが的中した。
――というより、それ以外に致命傷を与える隙が思い浮かばなかった、と言う他ない。
亜由美の狙いは、英雄叙事詩が切れてから疑似英雄詩に切り替わる時に発生する、1秒にも満たないわずかなディレイ。
亜由美とアイボーとして一緒に行動を共にしてたからこそ、見出すことの出来た勝機。
秀矢は英雄叙事詩の時間が切れる直前、側にあった瓦礫を巻き上げて、急所を隠した。
人事は尽くした。
あとは天命に委ねるのみ。
亜由美の射撃によって、多少のダメージは負ったものの、無事に疑似英雄詩を作動させ、気が付いた時には勝利を手にしていた。
「最後は、運ゲーだけどな。――あれ? 今更、聞くのも変だけど、亜由美、さっき魔法使ってたよな? 刃機もショットガンじゃなくて杖だし」
「ふっふーん。そこが、この1か月の修業の成果ってわけよ」
亜由美は誇らし気に胸を張る。
「試合の話は、既知の事実でしょ。早く本題に入りなさい」
冷静さを取り戻したのか、巳月がいつもの無愛想な口調に戻ったようだ。
「そうね。試合が終わって訓練室を出て、秀矢と別れてからさ――」




