第140話 魔法
付近のモンスターの駆除を終えた秀矢は、巳月と合流し、休憩してた場所に戻った。
《4匹駆除したのを確認しました。ですが、衛星が捉えた総数には遠く及びません。時田様、引き続き、ご協力をお願いします》
「わかってるよ。俺達が現場に出向くくらいだからな」
活動の不満点が少ない理由の一つに、任務の頻度が想像してたよりも少ないことが挙げられる。
現に活動を開始して一か月余りの中で、出動要請は4回しかない。
何故、少ないのか。
それは、小規模なら青侍達だけで制圧できるためである。
逆に言えば、青侍では不可能と判断された場合、元サムライが駆り出される。
また事前情報と異なり、伏兵や強敵の存在によって、先発の青侍が全滅した場合も同様である。
「そろそろ本隊が出てくる頃合いね」
「あー、俺にも刃機があればな」
《時田様の刃機は完成次第、お手元に届きますので今しばらくお待ちください》
「刃機の代わり、これを――」
巳月が護符の束を秀矢に手渡す。
「世話をかけるな」
「どういたしまして」
《巳月お嬢様。モンスターが仕掛けにかかったようでございます》
秀矢はスマホで辺りのマップを開く。
自分達の居場所を取り囲むように、丸い円が描写されてる。
巳月が護符を仕掛けた位置だ。
そして円周には、虫食いのように黒い点がある。
モンスターが引っかかったことで、護符が消失したためだ。
つまり黒い点は、モンスターの位置を示してる。
秀矢たちは各個撃破するため、複数の黒い点の中の一か所に向かった。
巳月とポチ、そして秀矢が指揮する青侍達によって、難なく撃破する。
どうやら周辺にいるモンスターは大した強さではない。
しかし、問題は数だ。
仕掛けの減りが想定よりも早い。
それはつまり事前情報よりも、モンスターの規模がはるかに大きいことを示してる。
おまけに地上はダンジョンと異なり、制約がある。
それは、一般人の安全と地形に影響を及ぼすスキルの使用禁止。
そのため地上では、おいそれと長射程高火力の青龍が使えないのだ。
地上はダンジョンと違い広々としてるのに、戦術には重い制約をかけられてるのは、皮肉という他ない。
(このままじゃ、数で押し切られるかもな)
2つ、3つと各個撃破する中で、秀矢は圧倒的な物量で囲まれる可能性を念頭に置いた。
地形は木々と川はあっても、ダンジョンのような仕切りとなる壁はない。
つまり仕掛けが切れた瞬間、あらゆる方向からモンスターが一斉に押し寄せてくる。
そして今の秀矢には、モンスターに致命傷を与える術はない。
素手と護符は、あくまで護身。
モンスターを相手に、抵抗して逃げるくらいしか出来ない。
しばらくして、秀矢の予見が的中した。
とうとうモンスターの進行を阻む仕掛けが全て消えたのだ。
さらに青侍は3体とも機能不全。
それだけの労力と犠牲を払って駆除したのは、約半数。
最悪の事態が脳裏に浮かぶ。
背筋が凍り付き、臓腑が震える。
対抗手段が無い事に、強い憤りを覚える。
一方、巳月は超然としてる。
当たり前だ。
巳月の実力なら脅威でもなんでもない。
この程度のモンスター相手ならば、千に囲まれても難なく切り抜けるだろう。
「時田秀矢、私達の傍を離れないで」
「すまない」
「気にしないで。あなたは悪くないわ」
《敵の戦力を見誤ったのは、私共の落ち度です》
「覚悟はしてたさ。それに、この道を選んだのは俺自身だ。巳月が気に病むことはない」
敵襲に備えて、構える。
右手に護符、左手は空。
護符の投擲は数える程度だが実績がある。
ただ陰陽術が使えない秀矢では、その威力はたかが知れてる。
人間で言えば、軽いジャブで顔を小突く程度。
牽制にはなるが撃破には至らない。
全身に獰猛な気配を浴びる。
モンスターの姿は闇の隠れて見えない。
しかし、周辺を取り囲んでるようだ。
「来るわよ」
巳月の声を皮切りに、暗闇からモンスター達が襲い掛かってきた。
巳月とポチは手前のモンスターから順に駆除する。
囲まれてはいるが足並みは揃ってない模様。
秀矢は何も考えずに、近くに詰めてきてるモンスターに、護符を投げた。
護符がモンスターに張り付くと、一瞬だけ怯み、足が止まる。
威力がなくとも、一瞬だけなら動きを抑えられる。
その隙に、巳月とポチがモンスターを駆除する。
刃機が無い秀矢が出来る、唯一の戦法と言える。
そうして足止めと駆除を幾度か繰り返す。
しかし、モンスター達の勢いがおさまる気配がない。
未だ、モンスター共は暗闇から続々と姿を現す。
護符の束が薄い。
しかし、今の秀矢には出し惜しみをする余裕はない。
人の顔をしたライオンにコウモリの翼を生やした化け物が襲ってきた。
秀矢は臆せずに、護符を投げる。
札が額に張り付く。
だが、怯む様子がない。
化け物は鋭い爪の生えた前足を上げた。
すかさずに振り下ろす。
予兆の大きな動作。
秀矢は難なくかわす。
そして、化け物の前足に向けて回し蹴りを放つ。
腰の回転が生み出す遠心力に体重が掛け合わさった蹴りが化け物の前足の付け根にヒットする。
(くそっ!)
硬質のゴムの塊を想起させる重さと硬さが足から伝わる。
次の瞬間、攻撃範囲から逃れるため即座に距離を取る。
化け物が姿勢を低くして唸り声を上げる。
「刃機さえあれば」
次の攻撃に備えて、護符を取り出す。
化け物が飛び掛かってきた。
護符を投げて迎撃をしようとした瞬間、目の前が明滅した。
直後、耳を劈くような落雷の音が鳴り響く。
突然の光に目蓋を閉ざした。
音と光が消えると同時に、目を開ける。
化け物が黒こげになって横たわっている。
「魔法、か」
天気の状態からして、魔法以外に考えられなかった。
(一体、誰が――)
そう思った瞬間、秀矢の前方から黒い鉄板で顔を覆った人間――青侍が出てきた。
右手には、長い棒状の刃機。
左手には、フライパンのような大きくも小さくもない、よくわからないが物体を携えてる。
暗い上に距離が少し離れてるのも相まって、細かな形状が判別できない。
しかし、何かを持ってる。
通常、一体の青侍に刃機は1つ。
だが、あの青侍は2つ持ってる。
その事実が秀矢に高揚感をもたらす。
青侍がこちらに向けて、棒状じゃない方の『何か』を放る。
(らしくねえな)
青侍の所作に違和感を抱きつつ、秀矢は『何か』をキャッチする。
リュックやカバンで持ち運びできそうなサイズ感。
スマホを差し込むソケットと持ち手がある。
刀身と思しき短い突起物の厚みは、刃引きなんて生易しいものではない。
見た目は完全にオモチャ。
これを武器と判定する大人は皆無だろう。
むしろ何等かのギミックで、役者のセリフが飛び出てきそうだ。
(これ本当に刃機なのか?)
モンスターはまだまだいる。
考えてる余裕はない。
ソケットにスマホを差し込む。
「刃機、抜刀!」
音声認証を終えると、オモチャの突起物から金属製の刀身が生えた。
真っ直ぐに伸びた剣の両刃は鋭利で切っ先は鋭く、確かな重みがある。
拡張現実のようにウィンドウを表示し、使用可能なスキルにざっと目を通す。
(……よし。事前に割り振ったスキルが使えるな)
義勇兵の参加特典として、リミッター解除の権限の他に、レベルのカンストがある。
それに伴い、平常時に使用可能なスキルはサムライの頃に比べて、格段に増えてる。
但し、秀矢のスキルツリーは多彩で多岐に渡るためオンラインゲームのように、保有してるスキルポイントだけでは全てのスキルを習得できない。
そのため、全てのスキルを使うには、これまで通り英雄叙事詩の発動させなければならない。
「思ったより早いのね」
巳月が言った。
「早いに越したことはねえよ。でも、心臓に悪いよな。今日もらえるなら事前に教えてくれればよかったのに――」
そこまで言ってから巳月の視線が青侍に向いてることに気づいた。
「何にせよ、助かったよ。ありがとな」
青侍――AIに言っても、馬の耳に念仏というもの。
しかし、今の秀矢は、感謝と興奮が止め処なく溢れてるため、言わずにはいられなかった。
「どういたしまして」
秀矢は、耳を疑った。
聞き馴染みのある声が青侍から聞こえたから。
心臓がドクンと強く跳ねた。
青侍が自らの意志で黒い鉄板を外す。




